第541話 弓月の刻、ガーゴイルに案内される

 「やばっ!」

 「スノーさん! 早く隠して!」

 「わかった! シアとサンドラはユアンの相手をしてて!」

 「任せる」

 「もぉ無理だと思うけどなー……」


 僕が大きな声を出すと、慌てたようにみんなはそれぞれ行動を開始しました。

 だけど手遅れです。

 僕はしっかりとこの目で見てしまいましたね。


 「ユアン。お帰り」

 「お疲れ様なー」

 「はい。戻りました……それで?」

 「何が?」

 「何がじゃないですよ。あれはどういう事ですか?」

 「なんでもないぞー?」

 「本当ですね? 僕はサンドラちゃんを信じていますが、本当に信じていいのですね?」

 「なー……スノーが言い始めたぞー」


 サンドラちゃんを怯えさせないように出来る限り笑顔で詰め寄ると、観念したかのようにサンドラちゃんは僕から視線を逸らしながら本当の事を教えてくれました。

 なるほど。

 あんなことをしていたのはスノーさんが原因なのですね。


 「わかりました。サンドラちゃんはガーゴイルを見張っててください。こちらに危害を加えるつもりはないと言っていましたが、もし変な事をするようであれば、遠慮なく灰にしていいですからね」

 「わ、わかったぞー!」

 「お願いします。シアさんはこっちですよ!」

 「でも、サンドラだけじゃ……」

 「大丈夫ですよ。フリーズで拘束していますからね」


 敵を拘束する為の光魔法を使っていますからね。

 高ランクの魔物であれば脱出できるかもしれませんが、ガーゴイルくらいでは逃げられない自信があります。

 なので、それを理由にさりげなくシアさんは逃げようとしましたが、そうはいきませんよ。

 シアさんも同罪ですからね。

 もちろんサンドラちゃんもですけどね。


 「ただいま、戻りました」

 「あ、うん。お帰り」

 「無事にガーゴイルを捕まえられたのですね」

 「はい。何事もありませんでしたよ。向こうでは」


 僕がシアさんを連れて戻ると、スノーさんとキアラちゃんが引き攣った笑顔で迎えてくれました。

 だからといって、この状況を許せるはずがありませんよね?


 「それで? 何をしようとしていたのですか?」

 「えっと、検査かな?」

 「何のですか?」

 「シアの影狼がどれくらい精巧に真似出来ているのかを確かめる為の?」

 「何の為にですか?」

 「ほら。この方法って色んな時に役に立ちそうだよね。影武者にも使えるのかなーって」


 む。

 確かに、それは使えそうではありますね。

 

 「でも、服まで脱がす理由はないですよね?」

 「そうだけどさ。気になるじゃん」

 「何にですか?」

 「何処まで本物に近いのかって」

 「見た目ならそっくりなので十分ですよね? これなら誰もわからないと思いますよ」


 自分でもそっくりだと思ったくらいですからね。


 「でも、スノーは直ぐに気づいた」

 「え? 本当ですか?」

 「本当だよ。だって、毛の質が全然違うし」


 むむむ?

 そう言われてみると、確かにそんな気がしますね?


 「だから、どこまで違うのか気になったんだよね」

 「理由はそれだけですか? 本当は僕の体が見たかったとかではないですよね?」

 「まぁ、それもあるかな。ユアンは可愛いし!」


 むー……最初こそ慌てていましたが、スノーさんは開き直りましたね。

 なんだかここまで言われてしまうと、逆に怒る気力がなくなってきました。


 「とりあえず、もう消して貰ってもいいですか?」

 「わかった」

 「良かった。ユアンさん思った以上に怒っていないのですね」

 「いえ。後で別の方法で仕返しするつもりでいるので、そこは覚悟してくださいね?」

 「私も?」

 「当然ですよ。シアさんならスノーさんの暴走を止めてくれると思いましたが、止めてくれませんでしたからね。ちょっと、ショックでした」

 「ごめん」


 一応は反省してくれているみたいですね。

 シアさんは出会った頃に比べて大分変りました。

 最初の頃はスノーさんとキアラちゃんにはそこまで心を開いていませんでしたが、今ではかなり打ち解けていると思います。

 本人も家族と言っているくらいですからね。

 ですが、これは悪い方の変化だと思います。みんなと何かを楽しむのはいいと思いますが、もうちょっと考えて欲しい所です。

 まぁ、僕もみんなの事は家族だと思っているので構いませんけどね。

 だけど、流石に今回はやり過ぎです。


 「まぁ、今の件は後にするとしてガーゴイルの件を先に終わらせましょう」


 もちろん、キアラちゃんにも言った通り、この件は水に流したわけではありません。

 後で必ず何かしらの形で仕返しつもりではいます!

 ですが、今はそれよりも先に進む事が大事だと思います。

 なんだかんだ言って、ダンジョンに潜ってからかなりの時間が経っていて、体感的にはそろそろ夕刻に差し掛かる頃だと思います。

 

 「では、改めまして。僕たちをつけていた用件をお聞きしてもよろしいですか?」

 

 僕たちから少し離れていた場所でガーゴイルを見張っていたサンドラちゃんに合流し、早速僕は理由を尋ねました。


 「主からの命令です」

 「主というと、このエリアのボスですか?」

 「いえ、もっと高貴なお方でございます」

 

 エリアボスよりも更に上の人ですか。

 となると、相手は限られていますね。


 「もしかして、ダンジョンマスターですかね?」

 「その通りでございます」


 やっぱりでしたか。

 だからといって、簡単に信じる訳にはいきませんね。

 この状況から逃れる為の罠の可能性だって十分にあり得ます。


 「それを証明する事はできますか?」

 「ありません。ですが、貴殿達をお連れする事は可能です」

 「何処にですか?」

 「主の元へと」


 むむむ?

 それは有難い提案ではありますね。

 本当ならですけどね。


 「ガーゴイルさん、それは貴方の独断ですか?」

 「いえ。全てが主の命によるものです。貴殿達の後をつけ、もしわたくしの存在が気付かれるようならばお通ししろと」

 「何の為にですか?」

 「主は貴殿達に興味が持ち、直ぐにでもお会いする事を望まれておるからです」


 ダンジョンマスターが僕たちに会いたい?

 

 「ダンジョンマスターは僕たちの事を知っているのですか?」

 「面識はないかと。しかし、ダンジョンの外で起きた事は、存じております」


 一方的に僕たちの事を知っているという事なのですね。


 「どうしますか?」


 ここで僕はみんなに尋ねました。

 ここでガーゴイルの誘いに乗って、ダンジョンマスターに会いにいくのか、それとも自分たちの力でダンジョンを突破するのかを決める事にしたのです。


 「どっちでもいいけど、折角のダンジョンだし攻略するのも楽しいと思うよ」

 「そうだね。鍛錬にもなると思いますし」

 「初めて遭遇する魔物戦えるのは貴重な経験」

 「私もみんなと戦う練習は必要だと思うなー」


 なるほど。

 みんなはダンジョンを自らの足で攻略したいみたいですね。

 正直な所、僕もみんなの気持ちと同じです。

 ですが、一つだけ聞いておきたい事はありますね。


 「ちなみにですけど、このダンジョンを攻略するのにはどれくらいかかりますか?」

 

 これはかなり大事な事ですからね!

 まぁ、流石に一か月もかかる事はないと思いますけど、それくらいになるとしたら考えを改める必要があると思います。


 「正確な日数はわかりませんが、半年ほど進み続ければ最深部に辿り着けるとは思います」

 「は、半年ですか!?」

 「えぇ。何せ現在このダンジョンは六十階層まで広がっておりますので」


 しかもまだ階層は増えているらしく、半年も経てば更に一階層増えているかもしれないとガーゴイルさんは言っていました。


 「流石にそんな時間はないと思うの」

 「うん。誘いに乗るべき」

 「罠でも打ち破ればいいだけだしね」

 「そうだなー」


 みんなも掌を一瞬で返しましたね。

 それもその筈です。

 僕たちにとって半年というのはあまりにも短い時間です。

 仮に半年かけてこのダンジョンを攻略したとしても、その後に光と闇の龍神様を探す旅が残っています。

 それだと魔力至上主義の人たちが復活するまでに間に合わないかもしれないのです。

 

 「でも、どうして僕達を招待してくれるのですか?」

 「このダンジョンに生息する魔物では貴殿達に損害を与えるどころか、足止めする事も事は難しいです。時間をかければいずれ貴殿達は最深部へとたどり着くでしょう」


 どうやら階層が長いだけで、出没する魔物は大したことはないみたいですね。

 なので、どうせいつかは辿り着くのならさっさと呼んでしまえというのがダンジョンマスターの考えみたいです。

 それに、ダンジョンマスターは何故か僕たちに興味があるみたいですしね。


 「わかりました。ガーゴイルさんの話を信じてみようと思います」

 「ありがとうございます」

 「ただし、もし僕たちを騙すような事があるようならば、その時は容赦しませんからね?」

 「はい。その時はご遠慮なくその武器でわたくしを切り捨ててください」

 「そうならない事を祈っています」

 「わたくしもです」


 完全に信じた訳ではありませんが、僕はガーゴイルさんを拘束していた魔法を解きました。

 

 「では、どうぞこちらからお入りください」

 「これは?」

 「これは、ダンジョン内を任意で移動できる扉です」

 「そんなものがあるのですね」

 「はい。広さだけは無駄にありますので、こういった物がなければ移動するだけで大変ですから」


 僕たちが転移魔法陣で移動するのと同じ感じですね。

 ガーゴイルさんが設置したのは通称ゲートと呼ばれる古代魔法道具アーティストでダンジョン内でのみ使える物のようです。

 見た目は普通の扉ですが、ガーゴイルさんが扉を開くと、そこには青色の世界が広がっていました。

 といっても、青色の光の壁があるように見えるだけですけどね。

 

 「どうなさいましたか?」

 「いえ、不思議だなと思いまして」

 「不安に思う気持ちはわかります。ですが、これは決して危険なものではありません。信じて頂けないとは思いますけど」

 「いえ、大丈夫ですよ。不思議な経験は何度もしてきましたので……では、案内をよろしくお願いします」

 「畏まりました。といいましても、これを潜った先に主はいますので、案内もありませんけどね」


 ゲートの先はいきなり最深部なのですね。


 「では、わたくしはお先に失礼致します。主への報告がございますので」

 「わかりました。僕たちも直ぐにいきます」

 「はい。お待ちしております」


 ガーゴイルさんは僕たちに深く頭を下げると、ゲートをくぐっていきました。

 本当にどこかに繋がっているみたいですね。


 「分断されたりしないかな?」

 「その可能性はありますね。なので、みんなで潜りましょう」


 扉は普通の扉ではなく、僕たちが横に並んでも通れるくらいの大きさがありました。

 ちなみにですけど、先がどうなっているのかを確認するためにシアさんの影狼でゲートを通ろうとしましたが、それは出来ないみたいです。

 なので、僕たちが行くしかないようですね。

 

 「では、せーのでいきますよ?」

 

 僕の言葉に万が一はぐれたりしないように、手を繋いだみんなが頷きます。

 準備はいいみたいですね。

 それでは、行きましょうか。


 「「「せーのっ!」」」


 僕たちは掛け声あわせ、ゲートに向かって足を踏み出し、ゲートを潜りました。

 それは一瞬でした。

 青い光に包まれたかと思うと、直ぐにその光は晴れ、その代わりに別の光に包まれました。

 そして、僕たちはゲートによる移動は成功したのだと実感しました。

 僕たちの目に映ったのは明らかに先ほどと違う場所だと直ぐにわかったからです。

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