第476話 弓月の刻、地上へ戻る

 「この話は内緒ですからね?」

 「うむ。それにしても、大変な事をしておるのぉ……」

 「本当ですよ。僕たちと変わってくれませんか?」

 「無理じゃな」

 

 地上へと戻ってきた僕たちは、そのままローゼさんのお家へと向かいました。

 その頃にはすっかりと日が暮れてしまい、そんな時間にお邪魔したらご迷惑かと思いましたが、暖かく迎え入れて頂けました。

 そして、そのまま食事にも誘われ、その場で今までの経緯を話させて頂いたのです。


 「それで、龍神様とはどうだったの?」

 「一応ですが、加護は頂けたと思いますよ?」

 「一応?」

 「はい。僕達も実感がいま一つ沸かないのですよね」


 目立った変化があったのはみぞれさんくらいですからね。

 僕達五人には目立った変化はないと思います。


 「そうかしら? その割にはスノーから重圧みたいなのを感じるけど」

 「そうなのですか?」

 「いつも一緒にいたら気付かないかもしれないがな。戦争を乗り越えたからという理由もあるかもしれぬが、以前に比べ芯が太くなったように思えるぞ」

 「それは貴女達全員に言える事だけどね」


 そうなのですかね?

 けど、そうだとしたら少し嬉しいかもしれません。

 あの戦争は何だかんだ大変でしたが、それを乗り越えた事により、僕も含めみんなが成長しているのだとしたら無駄ではなかったと思えます。

 戦争なんてないに越したことはありませんけどね。


 「しかし、今までの経緯を聞いてしまったからには、今度の付き合い方も変えて行かなければならぬな」

 「そうなのですか?」

 「うむ。トレンティアも公国なり、ナナシキも時期にココノエ公国となるからにはずっとこのままという訳にはいかぬじゃろう」


 そうなのですかね?

 その辺りの事は僕はよくわからないので、曖昧に僕は頷きました。

 でも、もしかしたらローゼさんと今まで通りの付き合いが出来なくなるというのは少し悲しいですね。

 政治が関わってくるとなると、こうやっていつでも会えたりする訳ではなくなってしまう可能性もあります。

 だって、ローゼさんは公国ですが、女王様なのです。

 こうやって普通に会えること自体がおかしいですからね。

 

 「なに。心配はいらぬ」

 「そうなのですか?」

 「うむ。儂としては正式に今のナナシキと国交を結びたいと思っておるぞ」

 「それはローゼさんだけの意見ですか?」

 「いや。トレンティアに住む国民の総意としてじゃ」

 「トレンティアの国民はユアン達の事を知っているし、ポーションの販売でも稼がせて貰ってるからね。ナナシキと国交を結ぶ意味はみんな理解しているわよ」


 良かったです。

 どうやら疎遠になる事はないみたいですね。

 ですが。ルード帝国で起きた侵攻で需要が高まっているのは知っていましたが、正直ここまで影響があるとは思いもしませんでしたね。

 

 「まぁ、これはナナシキがココノエ公国となってからの話じゃな。今から結んでも良いが、その余裕はお主らにはないじゃろう?」

 「いえ、その辺りは大丈夫だと思いますよ」

 「ふむ?」


 その辺りの事は伝えていいのでしょうか? ……大丈夫そうですね。

 スノーさんをちらりと見ると、スノーさんは小さく頷きました。


 「なるほどな。ユアンはお飾りか」

 「そういう事になりますね。あの街には僕よりも優秀な人が沢山いますからね」

 「じゃが、その者達が結託し、ユアンを王の座から引きずり落とす可能性もあるぞ?」

 「その可能性はありませんよ。いえ、実際にはあるかもしれませんね。ですが、それならそれで僕は構いません。王の座に拘りはありませんからね」


 その結果、ナナシキが、ココノエ公国がよりいい街や国になるのであれば、僕としてはそれでいいと思っています。

 僕たちは冒険者として生きる術もありますし、何よりもあの街の人が幸せでいられるのが一番ですからね。

 そうなったら色々と大変な事になると思いますけどね。

 特に僕の親衛隊の人が怒ったりしちゃいそうですし、影狼族の人達だってわかりませんよね。

 なので、そうなるのがわかっていて、僕を落とそうと思う人はいないと思うのです。

 

 「王の座に拘りはないか。羨ましいのぉ」

 「トレンティアではそうはいかないからね」

 「そうなのですか?」

 「うむ。ユアンの街ほど優秀な人物はトレンティアにはいないからな」

 「そんな事はないと思いますよ」

 

 これほど大きな街を維持するのにはローゼさんだけの力では厳しいと思います。

 色んな方面でローゼさんの目の届かない所を見てくれる人がいるからだと思います。

 娘のロール様だって居ますし、その旦那さんのフィリップ様だってトレンティアの為に頑張っていますし、ローラちゃんだって勉強を頑張っていると聞きます。

 何よりもローゼさんの隣にはフルールさんがいつも居ますしね。


 「そうかもしれぬが、王族の末裔や元王族が集まる街に比べれば遜色あるじゃろう」

 「まぁ、そうかもしれませんけどね」


 そこは否定は出来ませんよね。

 ここで否定をしてしまうと、ナナシキの代表者を請け負ってくれた人を否定する事になってしまいますからね。


 「それに、フルールの馬鹿は宛てにならぬしな」

 「え? どういう事ですか? もしかして、今日の戦いで……」


 力を失ってしまったとかですかね?

 そうだとしたら大問題です!


 「安心しなさい。私は変わっていないわよ。むしろローゼに虐められて、力は前よりも増した気分だから」

 「それならいいのですけど……」


 そうですよね。

 もし、フルールさんが力を失っていたらこうしてローゼさんの隣で姿を維持している訳がないですよね?

 みぞれさんも言っていましたが、人の姿を維持するのは大変みたいですので。

 

 「では、どういう事ですか?」

 「この馬鹿は気に入った者にしか興味を示さぬからな」

 「それの何処が問題なのですか?」

 「トレンティアの政治には一切関わって来ぬのじゃよ」

 「当たり前でしょ。この街はハーフエルフの街。精霊の街ではないのだから」

 

 そういう事でしたか。

 どうやらフルールさんはトレンティアの発展などには興味がないみたいですね。

 そういいつつも、色々と協力はしているみたいですが、基本的には口出しはしないみたいです。

 確かにそれは宛てに出来ませんね。

 

 「という訳で、儂はこうしてトレンティアの王として中々動く事は出来ぬな」

 「ローゼさんが今いなくなったら大変ですからね」

 「うむ。じゃから、一つだけお願いがある」

 「なんですか?」


 ローゼさんがにやりと笑いました。

 むむ?

 これは何か嫌な予感がしてきましたよ?

 そして、その嫌な予感はあたりました。


 「ローラを暫くの間、ナナシキで預かり勉強させて貰えぬか?」

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