第473話 弓月の刻、トレンティアの歴史を知る

 「痛っ! わ、わかったから、私の負けでいいからっ!」


 地面へと叩きつけられてもまだ諦めていなかったフルールさんを囲い、杖などでポコポコ叩いているとようやくフルールさんが負けを認めてくれました。

 まぁ、本気で叩いている訳ではありませんけどね。

 それでも、六人からポコポコと叩かれるのは流石にフルールさんでも堪えたようです。

 

 「痛いってば! 誰よ、いつまでも叩いているのは!」


 僕たちはフルールさんが負けを認めてくれたので叩くのはやめました。

 ですが、一人だけ未だにフルールさんを叩くのをやめない人がいますね。

 フルールさんを叩くのに参加した六人目の人が。


 「もう、いい加減にーーあっ……」


 フルールさんも我慢の限界が訪れたみたいですね。

 叩かれるのを嫌がったフルールさんが僕たちの囲いから逃げ出し、叩いている人を睨みつけ、そして固まりました。


 「何故、逃げるのじゃ? まだ仕置きは終わっておらぬぞ?」

 「えっと、本物だよね?」

 「そこを疑うか? まぁよい。そこに大人しく座れ」


 叩き足りないといった様子でローゼさんが杖を振っています。

 

 「い、嫌よ。これから本気で叩くでしょ」

 「当然じゃ…………私に黙ってこんな事をして、簡単に許せると思う?」


 あー……。

 ローゼさんが本気になってしまったみたいです。

 お婆さんの姿から、本来の若い姿へと戻りました。

 心なしか杖を振るうのにも力が入っているようにみえます。


 「ゆ、ユアン! どういう事なのよ!?」

 「えっと、僕の最終手段です?」

 「ローゼは関係ないじゃないっ!」

 「いえ、僕たちの武器は色んな繋がりですからね」


 実際にそうですからね。

 戦いというのは力が全てではないという事は色んな経験で学びました。

 戦わなくても勝つ方法というのも前の戦争で学びましたからね。

 まぁ、戦いが終わった後にローゼさんを呼んでしまったので、失敗といえば失敗ですがこれにだってちゃんと意味があります。


 「だけど、これは試練で……うっ」


 フルールさんがフラフラとし、片膝をつきました。


 「やっぱり、ローゼさんを呼んで正解でしたね」


 フルールさんの生命力といえばいいですか?

 何となくですけど、フルールさんと戦う前と今ではフルールさんがとても弱々しく見えたのです。

 正確には、フルールさんが僕たちを攻撃したあの魔法を使った直後からフルールさんは弱ったように見えました。


 「力の使い過ぎよ。このままでは危険ね」

 

 ローゼさんも流石にあそこまで弱ったフルールさんに追い打ちをかけるつもりはないみたいで、杖をしまうと、片膝をつき、呼吸を乱したフルールさんへと近づいていきます。


 「ローゼ……」

 「喋らないで。直ぐに済む」


 ローゼさんはフルールさんに合わせ、身を屈めると、フルールさんの顎をくいっと持ち上げました。

 そして……。


 「んっ……」


 迷うことなく、フルールさんへと口づけを交わしました。


 「あぁ……いい」

 

 スノーさんがそれを見て嬉しそうにしているのをスルーし、僕たちは成り行きを見守りました。

 

 「どう?」

 「うん、もう……大丈夫」

 「そうか。それじゃ……」


 ゴンッ!


 ローゼさんが拳を振り上げ、真っすぐにフルールさんの頭へと拳を振り落とすと、鈍い音が響き渡りました。

 

 「あれは痛い」

 「そうですね。絶対に痛いと思います」


 その証拠にフルールさんが頭を押さえて涙目になっています。


 「どうして、まだ殴るのよ!」

 「フルールが約束を破ったから当然よ」

 「だからって、殴る必要は……」

 「馬鹿っ! もう無理はしないって約束したでしょ! またあの時と同じことを繰り返す気なの!?」


 フルールさんの抗議をローゼさんが遮り、怒鳴り声をあげました。


 「あの時、どれだけ私が心配したのかわかってやってる?」

 「…………」

 

 ローゼさんの質問にフルールさんは答えられず、俯きました。

 もしかして、ローゼさんを連れてこなかった方が良かったのでしょうか?

 もし、二人がこのまま仲違いしてしまったら、僕の責任ですよね。


 「ごめん」

 「違うでしょ」

 「うん。ユアン、ローゼを連れて来てくれてありがとう」

 「あ、いえ……ややこしくしてごめんなさい」

 

 ですが、その心配は杞憂だったみたいです。

 フルールさんからお礼が告げられました。

 もちろん、僕も謝りますけどね。

 でも、どうしてそんなにローゼさんが怒ったのかは気になりますね。

 なので、僕はついその事について聞いてしまいました。


 「昔、フルールが同じような事をして、存在が消えそうになった事があったからよ」

 「存在が?」

 「そう。力を使い果たし、私との契約が途切れそうな程に存在が小さくなってしまった事があったの」

 「もしかして、それでフルールさんはずっとローゼさんに呼んでもらえなかったのですか?」

 「そういう事ね」

 

 そんな事になるほどの事がここであったのですね。

 

 「一体、何があったのですか?」

 「トレンティアに住む魔物の暴走よ」

 「魔物の暴走……もしかして、トレントですか?」

 「えぇ。ようやくトレンティアが村として機能し始めた頃にそれは起きたの」

 

 まだ、トレンティアがルード帝国に所属する前にそれは起きたみたいです。

 エルフ族に追放され、命からがらこの場所に辿り着いたローゼさん達ハーフエルフは、和解した精霊と共に、村を作ったみたいです。

 ですが、その頃はまだ湖の周りも森林に覆われ、開拓が進んでいなかったみたいです。

 

 「それでも徐々に開拓は進み、ようやく私達にも平穏が訪れる。そう思った矢先にそれは起きたの」


 今でこそトレンティアと呼ばれるほどに成長したトレンティアでしたが、その頃は名前の由来になったトレントは制御はできておらず、湖を挟んで反対側はトレントの巣窟だったみたいです。

 そして、とある日。

 それは起きました。


 「トレントの大移動ですか」

 「そう。湖の反対側からではなく、至る所からトレントが村に向かって移動を始めたの」


 それは偶然か、それとも誰かの意志なのかはわかりませんが、トレントが移動を開始し、村は危機へと陥ったみたいです。


 「よく無事でしたね」

 「無事じゃなかったけどね。主にフルールが」

 「うん。本当にあの時は終わったと思ったわね。まぁ、後悔はしなかったけど」


 三日三晩、ローゼさんとフルールさんが主となり、トレントを迎撃し続けましたが、流石に限界が訪れたようです。

 そして、ローゼさんとフルールさんは最終手段に乗り出したようです。


 「それがトレントの制御だったのですね」

 「ほぼ賭けに等しかったけどね」

 「ですが、成功したのですね?」

 「一応はね」


 最後の力を二人は振り絞り、大規模な魔法を二人は展開し、トレントの制御に成功したみたいです。


 「でも、どうして最初からその作戦を実行しなかったのですか?」

 「それは龍神様の許可がギリギリまで降りなかったからよ」

 「龍神様のですか?」

 「えぇ。この地は龍神様の支配下にある。精霊である私も、トレントも。全ては龍神様が握っているの」


 どうやら、その状態に陥るまで龍神様の説得が上手くいかなかったのが原因みたいですね。


 「よく龍神様が許してくれましたね」

 

 土壇場でよく説得出来たとも言えますね。


 「それがね? 最初から許可するつもりではいたみたいなの」

 「そうなのですか?」

 「えぇ、何でもハーフエルフの底力を見たかったと言うのよ。フルールの話ではね?」

 「そもそも、トレントの暴走も龍神様が引き起こした事だったしね」


 どうやら、ハーフエルフの人達がこの地で暮らす資格があるかどうかの龍神様の試練だったみたいですね。

 精霊達と共に共存できるか、トレントとも上手くやって行けるか、それを見極めたかったみたいです。

 僕たちが知らないだけでローゼさんは本当に苦労してきたのだとわかります。

 

 「それが、トレンティアの歴史ですか」

 「ざっくりと言えばね」

 「それが私がローゼにずっと呼んで貰えなかった理由に繋がる訳よ」


 正確には呼んで貰えなかったのではなく、力を失っていた為に、呼ぶに呼べなかったという状態みたいですね。

 

 「ん? という事はですよ? ローゼさんはこの地に龍神様が居る事は知っていたのですか?」

 「知っていたわ。だけど、それを伝えられるかどうかは別よ? 流石に信頼しているユアン達が相手だとしてもね」


 まぁ、そればかりは仕方ありませんね。

 僕達にだって内緒ごとはありますからね。

 龍人族の街があることは未だにローゼさんには伝えられませんから。


 「さて、私はフルールを連れて戻るわね」

 「わかりました……けど、僕たちはどうしたらいいですか?」

 「そのまま進みなさい。龍神様がお待ちよ」

 「という事は……」

 「えぇ。試練は合格でいいと思うわ? まぁ、その判断は龍神様にしかわからないけど。もう私に貴女達を止める術は残っていないから」


 通りたければ通れって事ですかね?

 ただし、その先の事はわからないと言われているみたいです。


 「やめるなら今のうちよ? もしかしたら、更に龍神様からの試練があるかもしれないから」

 「怖い事をいいますね」

 「ならやめる?」

 「いえ、ここまで来たのなら進みますよ」


 フルールさんが本気で相手をしてくれましたからね。

 それを無駄にする訳にはいきません。


 「そう。なら、気をつけてね」

 「ありがとうございます」

 「ユアン、戻って来たら家に来なさい。私もユアンがやろうとしている事は気になるから」

 「そうですね。一度詳しい事を話しておいた方がいいですよね」


 ローゼさんには龍神様を探している事は伝えてありますけど、その経緯は話していませんからね。


 「待ってるわね。それまでにフルールに力を与えておくから、こっちの心配はしなくていいわよ」

 「そうなのですね」


 けど、力を与えるってどうするのですかね?

 

 「あんまり激しくしないでね?」

 「無理。お仕置きも兼ねてるからね」

 

 ですが、その言葉で何となく察しました。

 まぁ、フルールさんは少し嬉しそうなので大丈夫そうですね。


 「では、また後で会える事を祈っているわ」

 「龍神様のご加護がありますように……ていうのは変ね。まぁ、頑張りなさい」


 そう言って、二人は消えていきました。

 

 「では、進みましょうか」


 ローゼさんの登場で、トレンティアの歴史を知り、みんなとそれについて色々と話したい事もありますが、今は先にやる事がありますからね。

 みんなもそれがわかっているみたいで、力強い返事が返ってきました。

 

 「いよいよ、龍神様と対面ですね」


 隊列を組み、緊張しながら僕たちは奥へと進みます。

 心なしか、みんなの足取りも重く見えますね。

 それも仕方ないです。

 この先に凄い存在がいるのだと、肌で感じる事が出来るのです。

 ですが、止まる事は出来ません。

 その畏怖とも恐怖とも捉えられる重い空気を感じながら、僕たちは奥へと歩みを進めました。

 そして、辿り着いた場所はフルールさんと戦ったよりも大きな空間。

 僕たちはそこに広がる光景にただただ、目を奪われる事になったのでした。

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