第68話 弓月の刻、見張りをする

 「ユアン、起きる」

 「んー?」


 まだ月が高く昇っているのに僕はシアさんに起こされました。


 「シアさん、まだ夜ですよー……」

 「うん。見張り、交代の時間」

 「あー……そうでした」


 伸びー!

 いつもならこれで目が覚めるのですが、夜のせいかあまり目が覚めた感じがしません。

 ぼーっとする頭を振り、のそのそと見張りの支度をします。

 といっても、野営をしているので部屋着は来ていませんので、ローブを羽織るくらいですけどね。


 「見張りは私がするから、ユアン寝ててもいい」

 「ダメですよ。見張りは2人でするって決まりですから」


 今日の見張りの順番はカリーナさんとフィオナから始まり、僕とシアさん、スノーさんとキアラちゃんの順番となっています。

 のそのそとテントを出ると、焚火を囲むように二人が見張りをしていました。

 

 「交代しますね」

 「助かります」


 僕たちは馬車での移動でしたので、馬車の中でもゆっくりと過ごす事ができましたが、二人は馬に乗って移動をしているため、僕たちよりも疲れているかもしれません。

 二人の負担を減らす為に、僕たち4人で分ける事も考えないとダメですね。

 二人は、僕たちにお礼を言うと、馬車の横に張ったテントの中に入っていきます。

それを見届け、僕たちは見張りを開始します。


 「暇……ですね」

 「仕方ない」


 見張りといっても実は特にやる事はなかったりします。

 僕が探知魔法を張っていますので、魔物や盗賊が入っても直ぐにわかりますし、キアラちゃんが召喚したラディくんが配下を連れて目視での監視を行っているので、これを抜けてくるのはほぼ不可能だと思います。

 

 「でも、二人でこうするのも久しぶりですね」

 「うん、タンザに着く前が最後」


 最後に見張りをしながら野営をしたのはタリスの村からタンザ街に行く時でしたので、かれこれ1か月以上前になりますね。

 

 「あっという間でしたね」

 「充実してた」


 ある意味、充実していましたね。

 シアさんと出会い、森で盗賊を倒し、カバイさんと出会い、タンザで領主を倒し……。


 「それで2か月後には犯罪者ですか……」

 「人生何があるかわからない」

 「そうですね。シアさんとも出会えましたし」

 「うん。ユアンに出会えた」


 シアさんはそう言うと、僕を引き寄せ、僕をシアさんの足の間に座らせ、後ろから抱きしめてきました。


 「もぉ……見張り中ですよー」


 僕はそれに一応抗議をしておきます。


 「その割には嫌そうじゃない」

 「そうですかね?」

 「うん」


 実際には嫌ではないですからね。むしろ、安心できる気がして悪くないです。

 本当ならば二人で見張りする場合は、お互いが反対を監視する必要があります。一方方向を二人で見ても、反対から来た敵を見つけられませんからね。

 だけど、僕たちは大丈夫です。だからこそこんな事もできますね。

 そもそも、探知魔法とラディくん達が居れば見張りも必要ないくらいですし。

 どちらかというと、見張りというよりは、敵が来た場合に最初に対処する役目ですからね。


 「シアさん、辛くないですか?」

 「平気」


 僕はシアさんに寄りかかるように座っています。シアさんの後ろにはシアさんが寄りかかる壁のような物はないので、僕の重さを支えるのに負担になっていないか少し心配でしたが大丈夫のようです。


 「きつくなったら言ってくださいね?離れますので」

 「平気。だからこのままでいい」


 最近はパーティーメンバーも増え、シアさんと2人きりという事がなかったので、この際なので僕はシアさんとの時間を大事にしようと思います。

 

 「代わりに後で膝枕しましょうか?」

 

 見張りを2人つけるのは片方が寝てしまっても大丈夫なようにですからね、シアさんが横になるくらい問題ありません。

 なので、僕がそう提案すると。


 「うん!」


 嬉しそうな声が返ってきました。


 「それじゃ、今のうちにユアン補充する」

 「わっ、ちょっと匂いは嗅がないでください」

 「平気。ユアンの匂い」


 シアさんが平気でも僕が平気じゃないです。

 シアさんは僕の髪に顔を埋め、クンカクンカと鼻を鳴らします。

 うぅ……鼻息がくすぐったいです。


 「ユアンちょっと、汗かいた」

 「そういえば、浄化魔法クリーンウォッシュしてなかったですね……」

 「うん。だけど、このままでいい」

 

 模擬戦をやった2人には汗や埃がついたのでやりましたが、僕たちはすっかり忘れていました。

 こんな事なら、シアさんにもかけなければ良かったです!

 そうすれば僕もシアさんの匂いを……じゃなくて僕だけ恥ずかしい思いしなくてすみましたからね。

 決して、僕もくんくんしたかった訳じゃないです!


 「ユアン、変な事考えてる」

 「ふぇ、そんな事ないですよ?」


 まだ寝起きで頭が回っていないみたいで、変な事を考えてしまったようです。

 一応は見張りなのでしっかりしないとダメですね!

 でも……。


 「暇ですねー……」


 まだ街からさほど離れていないので、魔物を出ませんし、盗賊もこの辺りにはいないので当たり前といえば当たり前なのですが、思わず言わずにいられない程に暇です。


 「そうでもない」

 「そうなのですか?」

 「この時間も愛おしい」

 「そ、そうですか」


 シアさんは恥ずかし気もなくいつも言ってくるので僕の方が照れます。

 僕もシアさんは大事な仲間なので好きですが、シアさんの方向が違う方へ向いている気がしますが気のせいですよね?

 僕達は女の子同士ですからね。気のせいですよね?

 ちょっと、スキンシップが多いだけですよね?

 そんな事を考えていると、僕の魔力が引き抜かれる感覚が突然起こりました?

 それは一瞬ではなく、今も抜かれているのがわかります。


 「ふぇ!?」

 「どうしたの?」


 僕が変な声を上げた為に、シアさんは首を傾げました。


 「いえ、ちょっと変な感覚がありまして」

 「そう」


 シアさんは何も感じていないようです。

 ですが、僕は何が起きたのかを知る為に、抜かれた魔力の行方を探る事にします。

 まずは、探知魔法を再確認……感知魔法に反応はなし。

 特に魔物とかが接近したようではないみたいです。

 念の為に、周りの様子を見てみるも、テントから誰かが出た様子もなく、ローゼさんたちも馬車の中で寝ているみたいです。

 それじゃ、何が起きたのでしょう?

 次に僕は魔力の流れを追います。

 魔力の元となる魔素は目には見えませんが、空気中に漂っています。

 魔法を使う時はそれを利用するのですが、その時に必ず魔素の動きが乱れます。

 川の中に障害物があるとそこだけ流れが変わるのと同じ感じですね。

 なので魔素の流れを確かめれば、僕の魔力が何処に流れたのかもそれでわかる筈です。

 ですが、魔素の流れも特におかしな点はありませんでしたが……一つだけわかった事がありました。


 「わかりました……シアさん?」

 「……何?」

 「とぼけてもダメです。何をしたのですか?」


 魔力は僕を抱えているシアさんが直接吸っているような状態だとわかりました。

 

 「何もしてない」

 「嘘です。僕の魔力がシアさんに流れてます」

 「そう」

 「そう、じゃないですよ。びっくりしたのですからね?」

 「ごめん。だけど、私は何もしてない……ただ」

 「ただ?」


 シアさんはとぼけている様子はないですが、何か知っているみたいですね。

 なので、それを聞くために僕はシアさんをジッと見ます。


 「ただ、私とユアンの契約が強くなったのがわかる……それが原因だと思う」

 「え、契約がですか?」


 シアさんの言葉に僕は驚きました。

 だって、前兆もなくいきなりですからね。


 「うん。私も詳しくはわからない。ただ、段階があるとは聞いたことがある」


 つまりは、シアさんとの契約魔法の効果?で僕の魔力が流れたらしいです。


 「条件とかがあるのですかね?」

 「うん。親しくなればいいって聞いた」

 「親しく?」

 「たぶん、それは人によって違うと思う。ただ、久しぶりにユアンとこうしてゆっくりして、愛おしいと思ったのがきっかけ……かもしれない」

 「そ、そうですか」


 条件はわかりませんが、シアさんと仲良くすれば契約が強くなるみたいです。仲良くの条件がわかりませんけどね!


 「喜ぶこと……でいいのですよね?」

 「うん、私は嬉しい……ユアンはそうでもない?」

 「僕も嬉しいですよ。ですが、親しくなって別れが寂しくはならないのでしょうか?」

 「やだ、ユアンとは別れない」

 「あ、僕達の事じゃないですよ!えっと、他の影狼族の人たちがです。シアさんが望んでくれてますからね、離れるつもりはありませんよ」

 「嬉しい」


 シアさんは僕の返答に安堵の域を吐き、嬉しそうな顔をしました。というか珍しく顔が緩んでます。


 「僕もシアさんと一緒なら嬉しいですよ。ただ、他の影狼族の人は寂しくならないのかなと疑問に思っただけですからね」


 影狼族は強い血を残すためにいずれは村へと戻り、そこで強き血を持つ者同士が結ばれると聞きまし。

 村に戻るとなれば、当然別れる事になると思います。


 「それも人それぞれ。村に戻って主と結ばれる人もいる。長が認めれば結婚も許される」

 「それだと強い血が受け継がれないですよね?」

 「うん。だけど、男も女も結ばれた間の子には影狼族の血が強く引き継がれると言われている。強き血を残すのも大事だけど、影狼族から強き子を輩出するのも大事だから問題ない」


 血も大事ですが、影狼族出身という知名度も重視されるのですね。

 それに、その子供が影狼族と再び結ばれればまた強き血が戻ると言われているみたいですね。

 どこまでが本当かわかりませんけどね。もしかしたら迷信かもしれませんよね。

 

 「なるほどです」

 「だから、私は戻らない」

 「どうしてですか?」

 「主のユアンが女だから、戻ったら適当な男を紹介される……二人の間に子供が出来ないから」


 あ、そういう問題もあるのですね。

 男女間なら子供を作る方法がありますが、女性同士ではそうはいきませんからね。


 「残念ですねー……」

 「子供が出来ない事?」

 「ち、違います。シアさんがおじいさんに認められる事はないという事がですよ!」


 影狼族の村に戻るときは、長に認められる功績を残した時ですからね。

 ですが、認められるという事は同時に強き血を残すために結婚をさせられる事になりますからね。

 僕かシアさんのどちらかが男でしたら、僕たちが結ばれれば解決ー……って僕は何を考えているのでしょうか!

 まだ、頭が回っていないのかもしれませんね!


 「どうしたの?」

 「な、なんでもないですよ?それよりも、契約が強くなった事で変化はあったのですか?」


 最初の契約の時もシアさんは魔法を覚えましたからね。何かしらの恩恵があるかもしれません。

 当然、僕にも!


「うん……ユアンがもっと愛おしくなった」

 

 ぎゅーーっと力強く抱きしめられ、抱えられたままゴロゴロと転がります。


 「シアさん、目が回ります~」

 「つい」

 「もぉ……服が汚れちゃいましたよ!」

 「ごめん」


 シアさんは僕の想像以上に嬉しかったみたいで、嬉しさを抑えられなかったようです。


 「浄化魔法クリーンウォッシュ!」

 「あ……ユアンの匂い」


 問答無用で綺麗にしました。

 シアさんは残念そうにしていますが、汚れたままは嫌ですからね!

 改めて、今回得た恩恵聞くと意外と便利そうな恩恵が手に入ったようです。

 この場で試しても大して実感は得られない恩恵でしたので、明日以降にも有用性を確かめる事にしました。

 ちょっと、今から楽しみですね!

 ちなみに僕は、少し腕力が増えました!

 前は持っていられなかったシアさんの剣が5分から10分持っていられるようになりました!

 進歩ですよね!……たぶん。

 そんな事をしていると、スノーさん達が起きて見張りは交代となりました。

 

 「お楽しみのところ、ごめんね」


 スノーさんにそんな事を言われましたが、どういう意味なのでしょうか?

 特に謝られることはしていないと思います。

 僕達は気にせずに、スノーさんに見張りをお願いし、テントで休むことになりました。

 一度起きて眠れないかと思いましたが、意外な事にあっさりと眠る事ができたので良かったです。

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