第2話:Bパート
「ひゃっはー。汚物は消毒だぜ」
世紀末のモヒカンのような台詞を吐きながら、巨人は前進する。巨体が進むたびに、その足下ではヘリウム《首都》外苑部の住宅地が踏みつぶされていた。さすがに住民は皆避難しているのか、住宅から人が逃げたす様子はない。
巨人を操縦しているパイロット…恐らく十代後半から二十代前半と言った若い東洋人であろう…チャンは、今度は目の前に立ちふさがる5階建てのマンションを
もちろんチャンはそんな技術的なことは知らない。彼は言われたままに巨人のコクピット…といっても椅子もなく、外を見るモニターと奇妙な模様が描かれた床があるだけの物だが…に入って、自分の体のように操っているだけだった。
「(詳しいことなんてどうでも良いぜ)俺はこの力で革命王になる!」
巨人に乗り込んでからチャンのテンションは上がりっぱなしだった。
『おい、チャン! 馬鹿なことを言ってないで、足下に気を付けろ。一般市民の
そんなハイテンションなチャンに足下の重機からそんな音声通信が入る。
通信主は巨人と一緒に首都に進行してきた革命軍の一人で、サトシから首都侵攻部隊の指揮官として指名された人物だった。
「何言ってんだよ。
『同士・メガ…いやチーバから大通りを進めと言われていただろうが。なぜその指示に従わないんだ』
「だって、こっちの方が近いし。大きいから進路を変えるのも一苦労なんだよ。それに首都に住んでる連中とかマーズリアンと言っても地球連邦政府に尻尾を振っている連中だろ、そんな奴らの財産とか気にすんなよ」
チャンはそう言って足下の住宅を蹴り上げた。
『チャン、よさんか! どうして同士チーバは、こんなやつを巨人のパイロットに選んだんだ』
指揮官から抗議の声が上がるが、
「そりゃ、同士チーバが言うように、俺しかこれを動かせないからだろ? 巨人を動かせるのは俺みたいに
チャンは嘲るようにそういうと、巨人の歩みを急がせた。
◇
戦闘ヘリが市街地を縫うように低空飛行を行い、巨人に迫っていく。20世紀のヒューイコブラと言う戦闘ヘリに酷似したそれは、もちろん無人樹である。搭載されたAIは、オペレータの支持通り、マンションを遮蔽物として巨人の
今までの戦闘から赤外線誘導やレーダー誘導のミサイルは、何らかの妨害で命中率が極端に悪いことが分かってたので、カメラ画像による形状認識誘導を選択した。 回避不能な距離から発射された二発の対戦車ミサイルは、そのまま巨人の弱点と思われる頭部に向かっていった。
「甘いんだよ!」
しかしチャンはその攻撃を知っていたかのように、頭を下げて対戦車ミサイルをひょいと避けてしまった。これが胴体を狙ったのであれば、このような避け方はされなかったのだろうが、AIの狙いが賢すぎたのだ。目標を見失ったミサイルは、AIの判断で自爆させられた。
これが人間のパイロットであれば必中のミサイルを避けられて唖然とするところだろうが、AIにはそんな油断はない。戦闘ヘリは、対戦車ミサイルでの攻撃をあきらめると、30ミリ・レールガンによる攻撃に切り替え、巨人に向けて連射した。
本来30ミリ・レールガンにとって100メートルの距離は必中圏内である。狙いを外すことはない。しかし、
「そんな距離から当たるかよ」
チャンが気合いを入れると、彼の足下の模様が光り、レールガンの弾が巨人を
「お返しだ。これでも喰らえ」
チャンがそう叫ぶと、コクピットのモニターの前に床に描かれているのと似て異なる光の模様が浮かび上がり、巨人の口から巨大な炎弾が発射された。
戦闘ヘリは炎弾を避けようと進路を蛇行させながら後退するが、まるで生き物のように炎弾は戦闘ヘリを追尾する。戦闘機の二の舞と思われた戦闘ヘリだが、
ズガーン
「なにぃ~」
炎弾に向かって対戦車ミサイルを撃ち込むことで、戦闘ヘリは炎弾の魔の手から逃げおおせたのだった。
しかし逃げおおせたといっても被害がなかったわけではなく、レールガンはひしゃげてしまい、ミサイルポッドもどこかに飛ばされて満身創痍の状態であった。煙を噴きながら、戦闘ヘリは逃げ去るしかなかった。
◇
巨人が戦闘ヘリと戦っている時、革命軍の車両は、連邦軍の装輪戦車と多脚装甲ロボット達と遭遇し戦闘状態に入っていた。
「恐れるな、突撃だ!」
「おう、任しとけ」
「連邦軍何する物ぞ」
「ウラー!」
「ツム シュトゥルム - マルシュ!」
…何か変なかけ声があるが、革命軍の車両は、遮蔽物も利用せず大通りを文字通り突き進んでいった。それに対し、装輪戦車と多脚装甲ロボットは、地形を上手に利用して攻撃を行っていた。普通であれば革命軍は、戦車砲とレーザー機銃により蜂の巣となるのだが…。
「何だよ、ありゃ。革命軍はフォースバリアでも開発したのかよ」
指揮車両でマイケルが、革命軍が弾をはじきながら突進している映像をみて電子ペンを回し損ねて落としていた。
フォースバリア…某シューティングゲームでおなじみの無敵バリアであるが、革命軍はもちろんそんな物を持ってはいない。彼等が持っているのは奇妙な模様が描かれた奇妙な盾であった。
重機のボンネットやドアと言うような金属や合成樹脂の板に白い塗料で模様が描かれているだけの装甲とも言えない盾を掲げて、革命軍の車両は突撃してくる。
砲弾やレーザー機銃は、その盾の前に全てはじき飛ばされ、無効化されていた。
「接近してしまえば、こっちの物だぜ」
「オラのドリルを喰らえ」
「パイルバンカーで貫くのみ」
飛び道具が使えない状態で肉薄されてしまうと、装輪戦車と多脚装甲ロボット達は相打ちを恐れて攻撃ができなくなる。それに対して革命軍の車両は、採掘用の重機を改造した物なので、ドリルやらパイルバンカーやらパワーアームを駆使して、文字通り格闘戦をしかけるのだった。
装輪戦車5両にと多脚装甲ロボット16機に対して、革命軍は100両以上。大シルチス高原での連邦軍と革命軍の戦いが、門の前で再現された形となり、たこ殴りにあった装輪戦車と多脚装甲ロボットは瞬く間に破壊されてしまうのであった。
「あー、撤退だ撤退」
「こっちの攻撃が通じないんじゃな~。俺達じゃどうしようもないわ」
「「逃げようぜ」」
革命軍によって、装輪戦車と多脚装甲ロボットが全て破壊されたのを確認すると、指揮車両のオペレータ達はすぐに撤退の準備に取りかかった。
「(まて、徹底抗戦…)」
彼らの指揮官である中佐殿は、「ここで銃をとって徹底抗戦だ」と息巻いたのだが、四人によって素早く
この行為は立派な敵前逃亡で下手すれば軍事裁判にかかれば極刑物だが、五人はここで無駄死にしたくは無かった。
彼等が中佐殿を
「出すぞ」
ドライバーのケイイチの声とともに、指揮車両はリアタイヤをスリップさせながら猛スピードで門をくぐっていった。その背後には革命軍の重機がすぐ間近まで迫っていたが、それも門の巨大な扉が閉まることで、すぐに見えなくなるのだった。
◇
「
チャンは、門を破壊しようと奮闘する重機を尻目に、巨人には壁を乗り越えさせようと考えた。本当は門を破壊するのがサトシの指示だったが、大通りを通らなかったため、門まで移動するのが面倒だったのと、40メートルの身長を持つ巨人なら壁を乗り越えるのも簡単と気づいたからである。
「よっこらせと…」
壁に手を掛けて巨人はその巨体を引っ張り上げる。強化コンクリートで作られた全高50メートルの壁は、軋みながらも崩れることはなかった。
「おー、眺めが良いな~」
器用にバランスを取りながら、壁の上に立ち上がった巨人。そこから見える光景は、
ここで、チャンにもう少し注意力があれば、市街地を走る道路やビルの配置、水をたたえた運河の配置がある物に酷似していたことに気づいただろうが、それについては誰も気がつかず、事態は進行していくのである。
「さて、ぶちかましましょうか」
チャンはそう叫ぶと、非常識にも壁から巨人を市街地に飛び降りさせたのだった。少しでも物理学を学んでいれば、そのようなことをすれば巨人に乗り込んでいる自分がどんな目に遭うか分かったのに、底辺の鉱山労働者であったチャンにはそんな知識は無かった。
ずしーーーん
商業ビルを踏みつぶし、激しい土煙を立てて巨人は地面に降り立った。首都の地盤はそれなりに固く整地されていたが、さすがに40メートルの巨人が飛び降りる衝撃には耐えきれず、大きく陥没してしまった。
そして最悪なことに、彼が踏み抜いたのは地盤だけではなく、首都の市民が非難している地下シェルターの天井も踏み抜いていた。天井を踏み抜かれたシェルターにいた六十数名は、巨人の足と瓦礫に押しつぶされて圧死するのだった。
「…ん、何か嫌な感じがした…かな?」
チャンは、何となく居心地の悪さを感じたが、それが一般市民を踏みつぶした為と気づくことはなく、巨人は足を地面から引き抜くと空港に向かって歩き始めるのだった。
そして、チャンが市民を踏みつぶしたちょうどその瞬間にレイフが目覚めたのだが、そのことに気づくものは誰もいなかった。
◇
レイチェルが火星にやって来たのは、一月前の地球~火星の定期便でだった。
レイチェルの父ヴィクターは、ロボット兵器のAI研究では名の通った研究者であり、連邦軍の依頼で一年前から火星の研究所でロボット兵器の研究・開発を行っていた。
ヴィクターは生活能力が皆無ではないが、研究にのめり込むと身の回りがおろそかになる傾向があり、本来ならレイチェルの母が火星にまで着いていくはずだったが、母は宇宙恐怖症であり、地球から離れられないとう事情があった。
そこで、飛び級で地球の大学を卒業したレイチェルが、成人となる18歳までの一年間、火星に行ってヴィクターの身の回りの世話をすることになったのだ。
父の世話を母にお願いされたレイチェルだが、地球~火星までの定期便に一般市民が乗る事はかなり難しかった。普通に客席を取れば、数百万単位の
レイチェルの家は貧乏と言うよりセレブに近い経済状況だったが、さすがに一年間火星に向かうだけの為に数百万クレジットも出費するのは戸惑われた。
では地球連邦軍が旅費を出してくれるかというと、連邦軍の依頼で火星に向かった父のためと言っても、配偶者でもないレイチェルが火星に渡る旅費を軍が肩代わりする規則ががなかったのだ。
しかし、ヴィクターとしては、久しぶりにレイチェルに会いたいこともあり、何とかならないかと軍に掛け合った、
そこで軍の人事と総務が何とかならないかと知恵を絞り、規則の裏技を駆使して出した結論が、「レイチェル・エルゼレッドを士官候補生(仮)として火星に送る」とう裏技す」ぎる方法であった。
もう一つの方法として、学業優秀なレイチェルを研究員として送るという話もあったが、それでは就職先が火星となってしまうため、当然彼女の母の猛烈な反対にあった。
結局レイチェルは、軍人志願として火星に向かうことで、地球~火星の定期便に乗せて貰う事になったのだった。
三ヶ月に一度の定期便で、一ヶ月かけて火星に向かうレイチェルだが、船内で一応士官候補生として訓練を受けるのだった。そこで彼女は意外な適正を見いだされてしまった。レイチェルは、有人機動兵器のパイロットとして非常に優秀だったのだ。
名目としての軍人(仮)だったのに、宇宙軍に入らないかと勧誘されるレイチェルだったが、さすがに軍人になるつもりはなく断り続け、火星に降り立った
一ヶ月の宇宙旅行で火星に着いた彼女は、士官候補生(仮)として火星の研究所に出向という名目で常駐することになった。もちろん本業はヴィクターの身の回りの世話だが、軍隊からわずかとはいえ給料も出ているため、研究所で開発されている人型機動兵器…実はこの人型機動兵器が張りぼてで、ヴィクターの趣味の産物だとは彼女は気づいてなかったが…のテストパイロットを務めることになった。
◇
革命軍が大シルチス高原での連邦軍を打ち破り、首都に迫ってきている状況で、研究所長であるヴィクターは、革命軍に占領された時のことを考え、機密情報の破棄と研究員の脱出の手はずに奔走していた。
「お父様~」
格納庫で資料の整理を行っていたヴィクターにレイチェルは駆け寄ってきて、
「私もこの研究所に残って、戦いますわ~」
と彼が仰天するようなことを言い出すのだった。
「レイチェル、馬鹿なことを言うもんじゃない。お前は士官候補生という扱いになっているが、それは肩書きだけにすぎないのだ。空港には他の都市に向かう旅客機が準備されている。お前は他の研究所員と一緒にそれに乗って、宇宙ステーションに脱出しなさい」
ヴィクターは、娘の唐突な申し出に驚き、思わず天を仰ぎ見た。
大シルチス高原での連邦軍の敗退から、火星行政府は、政府要人、企業トップ、そして研究所の家族を別の都市や火星衛星軌道上にある宇宙ステーションに待避させるための行動を開始していた。
数機の大型旅客機と宇宙ステーションに向かうシャトルが一機確保され、既に乗船が開始されていた。ヴィクターは自分のコネを使い倒して、そのシャトルの席をレイチェルのために一つ確保しておいたのだ。
そして研究所の格納庫は、ロボット兵器の整備にも使われるため空港の滑走路に繋がっていた。今ならレイチェルは徒歩でシャトルにたどり付いて乗船することもできる。
「お父様は
しかし、レイチェルはそんな父の願いを断り研究所に残る…いや戦争に参加する決意すら抱いていた。
レイチェルが、このような決意をしているのは、別に戦争好きだからではない。彼女は革命軍に占領される首都に残る父の事が心配だったのだ。それにレイチェルは100年以上戦争がない世界で生まれた世代である。歴史としての戦争しか知らない彼女は、戦争の惨さを知らない。革命軍が首都を占領するといってもそこで何が行われるのか、その実感がわかないのだ。
正に平和ぼけの世代の見本のようなレイチェルだった。
「いい加減にしなさい、お前に戦争ができるわけがないだろ。それに研究所にあった
一方ヴィクターは、ロボット兵器AIの研究者として、戦争において占領地が略奪や民間人の殺害、強姦などが行われた歴史を良く学んでいた。そんな悲惨な目に自分の娘を遭わせたい親などいない。彼は
「ロボット兵器がない。…なら私は
レイチェルは、ここ一ヶ月の間乗り込んでいたアルテローゼに目をやると、それに向かって駆けだした。
「何を言っている、アルテローゼはAIが起動していないとお前も知っているはずだろう。戦闘に使えるわけがない」
「今なら、動かせるかもしれないでしょ。やれることは試してみたいの」
ヴィクターが止める間もなく、レイチェルは格納庫の片隅にカバーを掛けられて放置されていたアルテローゼに乗り込んでしまった。
「レイチェル、アルテローゼのコクピットをロックしたのか。ここからじゃ通信もできない」
ヴィクターは、格納庫の二階部分に設けられている、ロボット兵器のオペレート管制室に向かった。
そこからは、第一話で語られたとおり、レイフの意識が目覚め、そしてレイフ・アルテローゼが誕生したのだった。
◇
革命軍の重機部隊は、抵抗らしい抵抗もないまま空港に向かう道を突き進んでいた。当初の予定ではチャンの巨人が空港を押さえ、重機部隊は行政府ビルを押さえるはずだったのだが、チャンが進路を変えた為に、銃器部隊で先に空港を占拠することになってしまった。
「早くしないと、シャトルが出てしまうぞ」
重機部隊の指揮官は、部隊の速度を上げるように指示をだす。しかし、もともと鉱山で使うための重機であり、荒れ地を走るための無限軌道や多脚は、舗装された道で車輪のようにスピードを出せる物ではない。
重機部隊が空港に急ぐのは、そこに宇宙に上がるシャトルがあるからだけではなく、そのシャトルで人質とすべき政治家や企業人が逃げ出すのを阻止するためであった。今後地球連邦政府に対して革命政府が有利に交渉を進めるには人質の存在が大きな役割を果たす。何としても交渉に役立つ人質を確保しなければならないのだ。
「チャンの奴は、どこで道草を食っているんだ」
指揮官が遠くを見やると、巨人は街を破壊しながら空港に向かってきていた。チャンは建物の破壊を楽しんでいるのかその歩みは遅い。巨人が空港に到達するには後30分以上かかるだろうと思われた。
「チッ。巨人は当てにならないか」
指揮官は舌打ちすると、ようやくたどり着いた空港の滑走路に目をやった。そこで彼が目にしたのは、離陸のために滑走路に進もうとしているシャトルであった。
「直ぐにシャトルが向かっている滑走路を塞ぐんだ」
指揮官は無線にそう怒鳴りつけた。慌てて部隊の重機が離陸用滑走路に向かって走り出す。
「フゥ。ぎりぎり間に合うか?」
このまま行けば、シャトルが離陸を開始する前に、部下の重機が滑走路に入り込めそうだと安心する指揮官だったが、その安心は滑走路に併設する格納庫から光が漏れ、そこから機動兵器が飛び出してきたことで打ち破られるのだった。
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