第116話 最後の大魔法さ。以後……
果音は力いっぱい杖を見えない壁に叩きつける。
「このくそったれ。死ね、死ね、死ねえ」
ピシリという音が空中に響き渡った。それに伴いワッタールの表情から余裕が消える。
果音が何度か杖を叩きつけるとガシャンという音がして何かが崩れ落ちた。ワッタールは再び何かを叫ぶ。ワッタールの顔が苦痛に歪んだ。よし、いいぞ。あいつも無尽蔵に術を使えるわけでは無いらしい。それにこの防御の技は力の消耗も激しいようだ。
果音はここぞとばかりに攻撃を加えるがまた何かの壁に阻まれる。ピシリピシリという音が響き渡った。
「この野郎。何度だって、アタシがぶっ壊してやる。そしてお前もボッコボコにして玄関マットにしてやる」
ますます果音の攻撃の激しさが増した。本格的に焦りだしたワッタールは懐から黒い何かを取り出して地面に投げつける。ぱっと黒い煙が現れて消えたあとには、終焉のナズーロと呼ばれていた首無し騎士が立っていた。ゆっくりと剣を構えると果音に襲い掛かる。
随分前だったがナズーロを倒すのに苦労した。トルソーの神官が使う低速の魔法でないと鎧に傷がつけられず、そのための時間稼ぎをしたのだったが、ここにはあいにくと岸がない。あの時は自分の頭の冴えが素晴らしいと思ったが、今はただ自分の無力さが虚しい。せめて落石術を使おうとする俺だったがその必要は無かった。
「あともう少しなのに邪魔をするなっ!」
叫んだ果音はナズーロが切り付けてきた大剣を杖で横から打ち払い叩き折る。そのまま連続でナズーロの全身に杖を叩きこんだ。打ち込まれた端からナズーロの鎧は崩れ落ち、突き出した杖はナズーロの胸を貫通する。
果音が胴を蹴り飛ばしてナズーロは後ろ向きに倒れた。激しく息を切らしながらもワッタールに向き直った果音は杖を構えなおす。うわ、スーパー果音だよ。
「恐るべき女だな。異世界の戦士とはこれほどなのか。ふむ。これは厄介だが手がないわけでは無い」
果音の杖が見えない壁に当たり、シャーンという高音が響き渡る。
「もらった!」
果音が杖を突きだそうとするとワッタールは早口で何かを唱える。あと数センチでワッタールの顔に杖が届くという所で、パッと果音の姿が見えなくなった。
ワッタールは額の汗をぬぐうとニヤリと笑った。
「ふふ。お前の大切な仲間。一匹は切り刻み、一人は魂ごと消してやったぞ。さあ、どうする? 残るは治療しか出来ぬチビ女と矢を失ったガキ、それと出来損ないの魔導士だけだ」
ワッタールはシュターツ王の方に向かって歩きはじめる。たまらず腰の剣を抜き払ったシュターツ王を見てワッタールはせせら笑いながら、呪文を唱えた。たちまちのうちにシュターツ王はその剣で周囲の魔法士隊に切り付け始めた。
「わはは。これはいい。自分たちの主の手によって殺されるとはな」
幸か不幸かシュターツ王の剣の腕は未熟で、魔法士隊の生き残りはワンドで剣先を払いながら逃げまどっている。げらげら笑っていたワッタールが言った。
「いやいや。随分と楽しませてもらったよ」
ワッタールはナルフェン公爵に懸命に呪文を唱えていたティルミットの近くにいくと力いっぱいその小さな体を蹴り飛ばす。ティルミットは地面に倒れたが立ち上がり睨みつけた。
「いいねえ。その顔が私の慈悲を願って歪む姿を想像するとぞくぞくしてくるよ。しばらくは生かしておいてやる。そこで大人しく見物でもしていろ」
果音の姿が見えなくなってから俺の頭は、ワッタールへの憎しみで一杯だった。ひたすら憎悪の念だけが俺の頭の中を渦巻く。俺の呪文はその場に応じた同音異義語がなければ発動することができないが、憎しみの感情に支配されていては、そのような高度な知的活動をすることができない。
「こ、この……」
俺は声を震わせる。
「お前も私に似た技を使うようだが、所詮は超人的な戦士に支えられて初めて効果があるもの。私はまだまだ技を残しているぞ。ほれ」
弓から剣に武器を取り換えようとしていたサーティスの体が後ろに吹き飛んで身動きしなくなる。
「おやおや、力を入れすぎて殺してしまったかな。まあいい。この時期なら死後1週間ぐらいは体を楽しめそうだ」
怒りに我を忘れていた俺の心に恐怖が忍び寄る。このワッタールはマジでいかれてやがる。
「さて、随分と手を煩わせてくれたようだが、これで終わりのようだな。間抜けな近衛騎士団が戻って来る前に決着をつけるとしようか」
恐怖が俺の頭を一時的に冷静にする。頭の中が憎しみで沸き立ちそうだったのがほんのちょっとだけ思考ができるようになった。ワッタールが口を開け閉めするのが見える。ワッタールの鼻から一筋の鼻血が垂れて灰色の服に染みを作った。こいつも限界があるんだ、そしてやっぱり俺と同じ魔法なのかもしれない。
俺の心に希望が灯る。駄目で元々だ。果音が居なくなった今、もう生きる価値もない。ただ、この野郎にだけはつけを払わせてやる。俺は言葉をワッタールに叩きつけた。
「下手なシャレはやめなしゃれ」
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