第95話 さらっと攫われた過去

「マジックアロー!」

 サーティスが呪文を唱え、引き絞っていた弓の弦を放す。光をまとった矢が空中を走り、人の顔をした巨大な鳥に命中。適当な高度を保って、火炎だの雷撃だのを放ってきていた1頭がぐえっと鳴いて地面に落ちた。続けざまに矢を放つサーティスにより人面鳥は数を減らす。落ちた奴はシュトレーセが止めをさしていった。今までだったら苦戦したかもしれない。


「石が落ちる。ストーン!」

 数が減ったので余裕ができた俺も落石術で2頭仕留め、最後の1頭は空飛ぶスーパーガール果音が杖で叩き落とした。どうだろな、やっぱサーティスの呪文の方が俺のより派手だよな。


「さすがじゃの」

 ティルミットの称賛に矢を回収していたサーティスはほんのちょっとだけ笑みを漏らす。

「やっぱ、1回ごとにチャージ必要だと使いどころが難しいな。まあ、無いよりはましだけどさ」

 果音はぼやきながらティルミットにウィングドブーツへのチャージを頼んでいた。

「こいつら、殆ど食べるところが無い上に不味いんだよねえ」

 シュトレーセがつまらなそうに言う。


 明らかにサーティスが加わったことで俺達のパーティの戦力は底上げされていた。遠距離攻撃ができ、魔法も使え、果音やシュトレーセには遠く及ばないものの小剣の腕も確かだった。万能型でそれぞれの能力が高くて、しかもイケメンである。加わってすぐの間はぎこちなかったがすぐにパーティに溶け込んだ。今も先頭を歩く果音と何やら身振り手振りを交えて話をしている。


 そういう姿を見ながら、俺は心のうちに黒い感情が生まれるのを自覚した。今までと同じことの繰り返し。高校のときの美樹ちゃんも、大学のときの相沢先輩も、会社の同期の飯島さんも、俺が努力して距離を縮めている間に、カッコいい男が入り込んでさらっていった。胸が痛む。


 笑顔一つで爽やかにさらっと距離をつめてハートをがっちり掴んで去って行く。俺はそれを指を咥えて見ているだけだった。彼女達に選ぶ権利がある以上、俺なんかよりも相応しい相手だったのだとは思う。なにも好き好んでパッとしない俺を選ぶもの好きなんて……。


 自分のどす黒い感情に飲み込まれそうになったところで、俺の方を伺っていた果音と目が合った。その澄んだ瞳を見た瞬間にもやもやは消えて行く。果音は口角をちょっとだけ上げ、ほんの僅かに頷くとまたサーティスとの会話に戻っていった。この辺りに出没する怪物の話をしているようだ。


 ふう。危ない危ない。いい大人が見っともない姿を見せるところだった。サーティスがこのパーティにすぐに溶け込んだのは当たり前じゃないか。果音は男前だし、シュトレーセは人懐っこいし、ティルミットは腹黒いところもあるが懐も広い。よほど嫌な奴じゃなければ誰だって受け入れる連中なのだ。


 サーティスは年齢は分からないが、どうも立ち居振る舞いから考えると森の民としてはまだ大人とカウントされる年ではないようだ。そういう相手を受け入れずに仲間内で固まっているのは大人げない。それに果音が心移りするとしても仕方ない。以前は俺という存在を知ってもらうチャンスすら与えられなかったが果音は違う。元から不釣り合いなのは分かっていたことだ。


 それでも……。手に入りそうもないものを渇望し、それを一応手に入れたと思ったら失わないかと嫉妬する。ごく普通の感情なんだろうけど、俺もたいがいだな。ふふっと苦笑が漏れる。それを聞きとがめたのか、すっとティルミットが側に寄ってきた。


「なんじゃ、急に笑って気持ち悪い奴じゃな」

「なんだよ、いきなり」

「どうせ、昨夜のことを思い出したのであろう。このスケベめが」

「昨夜ってなんだよ?」


 ティルミットはふふんと鼻を鳴らす。

「昨夜はヤマザキの部屋で寝たのじゃろう」

「な、なんで、それを?」

「お主の部屋にちと用があって行ったがおらんかったからな。朝はヤマザキの部屋から出て来たし、そこから導き出される結論はゴブリンでも分かる程簡単じゃ」


 にやにや笑いを浮かべるティルミット。

「昨夜はそれほど激しくは無かったようじゃのう。周囲に配慮できるようになったとは大したものじゃ」

「確かに果音の部屋で寝たが何もしてねえよ」


「ほうほう。分かりやすい嘘をつくのう」

 俺は事情を説明しようとして口を開けかけてやめた。果音の話したことを説明するより、誤解されたままの方がいい。

「まあ、そなたは満足せんかったようじゃが」

 う、テントまで見られてたのかよ。


 ティルミットは声を潜めた。

「我で良ければいつでも相手をしてやるぞ」

「な、何を言ってるんだ?」

「こんな体つきじゃが、一応成人はしておる。だから、そなたさえ、その気になれば構わぬというておるのじゃ」


「ティルミット、正気か?」

「正気も正気じゃ。我もそなた達にあてられての。少し、人肌が恋しくなった」

「あのなあ、一度は俺を……」

「そう、そう、それそれ。その代償として、我を自由にすればよい」


 俺は思わず、ティルミットをまじまじと見る。俺を見上げる顔はもうニヤニヤ笑いを張り付けてなかった。

「大神官とは不便なものじゃ。そういう面での自由がなくての。我が抵抗できぬだけの理由と身分が必要ということじゃ」

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