第51話 蝋になるだろう

 巨漢は俺の逃げ場がないことを知っていて、ニヤニヤ笑っている。心の底からのサディストなのだろう。体を痛めつける前に精神的にもボロボロにしようというのだ。俺がこの先の運命を知って嘆き、狼狽えるさまを見て楽しもうという悪意が感じられる。


 よし、この隙に考えよう。相手の男は締まりの無い体つきをしているとはいえ、体格差ははっきりしている。力勝負では勝ち目はない。それにそれほど牢は広くないから、鍵が開いたところで、隙を見て逃げるという選択肢はない。とりあえず相手をして……。ぶるぶる。頭を振る。そんな体験はしたくない。


 ティルミットは俺の力でこの牢に力を及ぼすのは無理だと言っていた。はったりかもしれないが、ここは安全策を取ろう。巨漢は俺が怯えないことに不満を募らせたのか、鍵を持って、錠に近づく。今だ。

「開けようとすると、牢の鍵は蝋になるだろう」


 来ました。朗々たるロウ3連発。巨漢が鍵を差し込んで回すと錠の中でボキリと折れてしまい、巨漢の手の中には軸だけが残る。事態が理解できないのか、ポカーンとした顔で呆然としていた。次いで鉄格子に飛びつくと歯をむき出しにして喚く。

「何をしやがった?」


「別に何も」

 実にいい気分だった。薄暗い牢の中ではあったが、俺より圧倒的に強い相手の鼻をあかしてやったのだ。巨漢は、錠をゆすったり、格子を叩いたりしたが、そんなことでどうなるわけがない。俺はニヤニヤ笑ってやった。


 巨人はあたふたとどこかに出かけていく。俺はイメージするのを止める。近くに行ってみて見ると錠の中に入った鍵が根元から折れて埋まっていた。これではもう開錠することは難しいだろう。巨漢が戻ってきたので、俺は格子の所から飛びのく。巨漢が別の鍵を鍵穴に差し入れようとしたがうまくいかなかった。はっはっは。


 これで取りあえずは一安心だ。俺の大切なものは守られたのだ。魔導士山田の冒険。第一部完!


 とかやってる場合じゃねえや。この巨漢のせいで牢から出れなくなっちゃたじゃねーか。本当は鍵じゃなくて錠の方にかけて、着火するつもりだったんだがなあ。巨漢は錠をガチャガチャとやっているが、中で折れた鍵は取れないし、回すこともできない。


 諦めてどこかへ行けばいいのに、必死になって錠をいじくりまわしている。どんだけ俺に執着してるんだよ。男は隅の方に行って、がっしりとした木の椅子を引っ張ってくると牢の前に置いてドスンと腰掛ける。


「いい気になるなよ。どうせ、お前はここで死ぬんだ」

「どうかな。俺はこう見えても魔導士なんだぜ。そう簡単には死なねえ」

「お利口な魔導士様は、じゃあ、どうしてそこから出て行かないんだ?」

 巨漢は何本か欠けた歯を見せながら大笑いをする。


 ぐぐぐ。悔しい。

「男が居座っている椅子よ潰れろ」

 巨漢が座っていた椅子が潰れて床に尻もちをつく。中学の時、座ろうとした際にいたずらで椅子を引かれケツを強打したがあれは痛かった。体重がある分、巨漢はかなり辛そうだ。目じりに涙が浮かんでいる。


「俺は心が海のように広いんだ。だが、あまり俺のことを馬鹿にしていると尻をぶつけるだけじゃすまねえぜ」

「お前、本当に魔法が使えるのか」

「ああ。わざと小技を使ってやってるのが分からないみたいだな」

 こうなりゃ、はったりで切り抜けるしかねえ。


「さて、さっきは俺をどうするつもりだったんだ?」

「い、いや……」

「さてと、それじゃあ、どうしてやろうかね。こんがりと焼いてやろうか」

 俺は男の尻の下でバラバラになっている椅子と男の腰布に意識を差し伸べる。

「ちゃっかり着火!」


 ぼっと火が出て、油じみの浮いた腰布に火が付く。男はぎゃっと言いながら、腰布を外すと走って逃げて行った。おれは刹那の差で視線をそらすことに成功する。ふう、アブねえ。精神攻撃を受ける所だった。さてと邪魔者は居なくなったし、さっきの手はずで脱出するとしよう。


 廊下の先の方から複数の足音が聞こえてくる。あちゃー。だめだ。完全武装の兵士が3人やって来た。

「貴様、囚人の分際で牢番に危害を加えるとは」

「不思議な技で鍵を壊しやがって」


 俺はムッとした。なんで俺が非難されなきゃいけないんだ。

「あのさ。そういうセリフはちゃんと自分たちの牢番の監督をして言ってくれねえかな」

「なんだと?」


「あのおっさん、勝手に牢の中に入って来て、俺に危害を加えようとしたんだぜ」

「お前を制止しようとしたんだろう」

「いや、自分のお楽しみの為さ」

 兵士たちは意表をつかれた顔をする。そして、理解すると酸っぱそうな顔になった。


「いや、なんだ。それは確かに監督不行届きだった」

 一応、形だけの謝罪をする。だが、その後の仲間内での一言が余計だった。

「でもなあ。いくらなんでもアイツ相手に欲情するとか変態だな」

「ああ。まさに獣だな。可愛い男の子ならな、分からんでもないけどな」

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