第11話 ちゃっかり着火
「ふわああ」
大あくびをして涙が出た。昨夜は交互に寝ずの番をしながら過ごしたので少々眠い。それでも俺はまだ良く寝れた方だろう。果音が起きていれば、大抵の相手が来ても怖くない。
一方で俺が起きていてもまず役に立たない。手遅れにならないうちに果音を起こすことができるだけだ。幸いに何も起きなかったが、俺に任せて深いに眠りにつくことはできなかったんじゃないかと思う。俺が覗き込んだときは寝ていたと思うけど、寝たふりなのかは良く分からなかった。
起きているときは気づかなかったけど、目を閉じている果音のまつ毛の長さに驚く。エクステなしでこれだけの長さとボリュームがあるとはきっと同性の羨望の的だろう。普段は見た目の良さより、活発さや強さの方が目立ってしまう損な役回りなのかもしれない。
その果音は朝から筋トレに励んでいる。俺はその十分の一の回数も無理だろう。当人はケロリとした顔でこなしながらボヤいている。
「負荷が足りないから効かないなあ」
昨日は醜態をさらしたが、俺も一晩休んで落ち着いた。色々思うところはあるが、ポジティブに考えることにする。美人のボディガードが付いたと思えば、自分を卑下することもない。向こうはプロなのだ。俺が劣っていて当たり前。俺は俺のできることをすればいい。
その機会は意外と早くやってきた。果音が川でマスに似た魚を捕まえた。木の実しか食ってない俺達としては焼いて食おうぜ、という流れになったのだが、あいにくとライターやマッチなぞ持ってはいない。
果音は山賊から奪ってきた手斧で適当な大きさの木を切り、そこに別の枝をこすりつけるが、薄い煙こそ出るものの火が出ない。まあ、そこまでできるだけでも大したサバイバル術ではある。
「あと、もう少しなんだけどなあ」
杖で魚をぶん殴って捕まえられる女子高生もうまく火をおこせなかった。
「なあ、俺にやらせてみてくれないか?」
「いいけど、体力いるぞ」
まあやってみな、という感じで果音が場所を譲る。俺は渡された枝をこすりつけながら、そこから火が出るところを思い浮かべ言った。
「ちゃっかり着火」
やったぜ。赤い炎が枝の先端に灯る。
「山田。やるじゃない」
果音がすぐに細く裂いた枝などをくべて焚火にした。あとは、これまたパクったナイフで果音が魚の腹を裂き、川の水で洗って枝に刺し、火であぶった。
味付けもない焼いただけの魚だったが実に美味い。俺達は争うようにして1匹ずつ魚を食べ始める。
「しかし、山崎はすごいな。この世界でも不自由なく生きていけそうだ」
「そういう山田だって、あっさり火をおこせたじゃないか」
「実はズルをした」
「ズル?」
「ああ。また馬鹿にされるかもしれないけど、呪文を唱えてみた」
俺は性懲りもなくまたネタをばらす。
「マジかよ。それはもう病気じゃね?」
「そうかもしれない。でも役には立っただろ」
なんとも言えない表情をしていた果音だったが、手の中の魚を刺した串を見て頷く。
「まあ、そうだな。確かに」
そして、魚をまた一齧りしてから笑った。
「黙っときゃいいのに」
「なんでだよ」
「昨日あんだけダサいと言われて落ち込んでたのに」
「ダサくてもいい」
俺は胸を張った。そう、俺みたいなのが生きていくのに四の五の言ってられない。カッコ悪くても生き残った者が勝者だ。
「ふーん。また、すごい心境の変化じゃない」
「まあな。どうせ俺はカッコ良くない。いや僻みじゃないぞ。だから死んでも誰も褒めちゃくれないだろ。だから、生き延びるためにはダサかろうがなんだろうが俺は俺の魔法を使う」
「おー。いい覚悟だね。アタシがいうのもなんだけど、山田、今日は少しはマシになったね」
「よく考えたら、昨日の朝よりずっと状況は良くなってることに気づいたんだ。俺よりめちゃくちゃ強い連れがいるし」
しかも可愛いときている。これは言えないけど。
「メシも取ってくれるしな。ダサかろうが少しは敵を排除できる技も使えるようになった。昨日は恥ずかしいところ見せたけど、俺は生まれ変わったんだ」
そうだ。俺はいまここに大魔導士山田への第一歩を記したのだっ! 握りこぶしを作って盛り上がる俺を果音は珍獣でも見るような目で眺めた。
「そうか、そうか。まあ、とりあえず元気になったんで良かったよ。いじけたおっさん連れて歩くのは面倒だからね」
いや、だから、おっさん呼びはやめて欲しいんだけどな。
果音は立ち上がり、魚の串を投げ捨て、お気に入りの杖を手に取った。
「さてと。それじゃ、早速、生まれ変わったところを見せてくれないか?」
え? 何すればいいんだ?
果音はぐるぐると肩を回す。
「招かれざるお客さんだよ。ま、ちょっと食後の腹ごなしの運動をしようじゃないか」
気づくと凶悪なツラをした怪物が群れをなしてやってくるのが見えた。げっ。
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