第6話「3月14日」
ある鬼がつぶやいた。
「このままでは死んでしまう」と。
暗い洞穴の中、その鬼の周りにいた仲間の鬼たちは肯定するように首を縦に
動かした。
ここは鬼ヶ島。知る人ぞ知る人間を食らい財産を奪ってしまうという恐ろしい
鬼たちが支配する島、と言われている。だが実際は明日生きるための食料にすら困るような生活を彼らは強いられていた。
そもそも鬼が人を襲うというのは今生きている鬼たちの先祖も先祖、はるか昔を
生きた彼らのご先祖様が行っていたことである。先代が行っていたことを恥じ、
後継者たちは人間との交流を避けこの長い時間を生きてきた。現在では人間を襲わず畜産や農耕を行い、金品でのやり取りを行わず物々交換をすることで自分たちの社会を築いている。
しかしここ最近人間たちの航海技術が発達し、鬼でもないただの人間がこの島に
たどり着いてしまった。鬼たちは長い時間によってその性格が昔とはだいぶ変容していたため、たどり着いた者たちを襲うどころか暖かく迎え入れようとした。だが、
人間たちが持つ鬼に対するイメージはかつての彼らの先祖其のままであった。ゆえに鬼は問答無用で悪と断じ鬼ヶ島にいた大多数の鬼を持ち得る武力によって排除、
そして島全体を焼き鬼社会を根絶やしにしようと計画。その計画の途中生きるため
全力で抵抗してきた鬼たちに恐れを抱き島を去っていったが、島はもう生物が生きることは出来なくなってしまっていた。食料はほとんど底をつき飢え死にを待つばかりになってしまった。
「私たちが一体何をしたというのだ」
ひとりの赤鬼が口を開いた。その声は怒りと悲しみで満ち、震えていた。
「明日食うものもない。動物たちは人間との戦いで死ぬか逃げだしてしまった。翼もない我々には空へ飛び出すこともできない」
其の赤鬼の言葉に次々と別の鬼たちが肩を震わせた。人だけではない、生き物は皆、
受け入れがたい事実について認めざるを得なくなってしまったとき、涙を流すしか
ないのだ。
「生きるか死ぬか」
別の青鬼が静かに、ただ事実を述べる様に言葉を出した。
「問題は『どちらが』生きるか死ぬか、だ」
十人もいる鬼たちがその言葉にどよめいた。
正気か、できるのか、人間たちを襲うのか、と。
十人十色に出てくる言葉は違った。だが、
「誰も『やめろ』とはいはないな」
話し合いの場で中央に位置する黄色い鬼、鬼たちの頭領が突いた一つの真実に騒いでいた鬼たちが一斉に押し黙った。
「生きるために、理不尽を許さないために、そして何よりも」
一拍
「子供たちのために」
頭領の腕にはすやすやと眠る小鬼の姿があった。
「異論は」
静寂。
ひとりの赤鬼が、最初に話を切り出したあの鬼が手を挙げた。
「何か反論があるのか」
「いやない」
頭領の落ち着いた、それでいて鋭さがにじみ出る視線に真っ向から見返す。
「だが、俺たちが子供のために戦うことで、その戦いで人間の子供が傷つくかも
しれない。子供のために子供を傷つけるのか、俺たちが『理不尽』になるのでは」
その言葉に青鬼が我慢しきれず反論しようとする。それを黄色の鬼は差し留めた。
「つまり、どうしたい」
赤鬼は頭領が胸に抱える小鬼を指さす。
「人の村を襲った後、その子を人に任せる」
「なに」
「小鬼の魂を人間がいる近くの桃の木に宿し、その子の宿る桃を人間が見てどうする
のか、それに任せたい。小鬼がいる桃を見て憎しみで小鬼ごと切るのか、それとも
小鬼を捨てるのか、それとも小鬼であろうと大事に育てるのか」
一拍
「成長した子が我々の行いを知ってどうするのかそれが知りたい」
「この子を捨てるのか」
頭領が激昂した。当たり前だ。子供を守るために戦うのに子供を捨てろというの
だから。
「我々は人間と違い、ちょっとやそっとでは殺すことはできない。そこで人間が
小鬼を痛めつけ、道端に捨てているのかどうか確かめ、もしそうなら今度こそ人間を皆殺しにしよう。だがもし、生きるために殺すことを選択した我々と違い、愛のみで子供を育てていく人間がいるのであれば」
「我々の負けだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます