第21話 充実した異世界での日々・3
アドリアンは王城のほうに用事があるようだ。だからお礼を言って離れようとすると、彼は琴子を呼び止めた。
「待て。行く場所はわかっているのか?」
「え? あの洋館……」
「内容によって、受付の場所が違う。まずは犯罪に巻き込まれたかもしれないから、一階でその申請を。それから二階で移住申請。そしてまた一階に戻って、就労の許可を」
「……?」
一階で受付。そこまでしかわからずに、琴子は思わず首を傾げる。
そんな様子を見て、アドリアンは心配になったらしい。案内する、と言って先に歩き出した。
「中はいつも混雑しているから、はぐれないように」
「あ、いえ。そこまでして頂くわけには」
彼だって忙しいだろうに、建物の中の案内までしてもらうわけにはいかない。慌ててそう言ったのだが、アドリアンは首を振る。
「また君が迷子になっていないか、気になって仕方がない」
「はい……。すみません」
そう言われてしまえば、心配いりませんと力強く言えない琴子は、おとなしく彼に付き従って歩くしかない。
重厚そうな入り口の扉は開け放たれたままで、そこから入るとちょっとしたホールがあった。そこにはカウンターがいくつもあり、それぞれにたくさんの人が並んでいる。
(ああ、本当に市役所みたいね)
そんなことを思いながらキョロキョロと周囲を見渡していると、アドリアンが促した。
「こっちだ」
「あ、はい」
それにしてもこの人の多さ。案内してもらわなかったら、本当に迷っていたかもしれない。
並んだ人々の視線は颯爽と歩くアドリアンに向けられ、当然のようにそれに付き従う琴子もかなり注目されている。
恥ずかしくて俯いて歩いていると、目の前のアドリアンが立ち止まる。またぶつかりそうになり、慌てて足を止めた。
「ここだ」
「わざわざ案内して頂いて、ありがとうございました」
丁寧に礼を言って受付に並ぶが、彼は腕を組んで立ったままだ。どうやら琴子の申請が終わるまで待ってくれるらしい。
(さすがイケメン。こんな怪しい女にも親切。でも、あなたがいるとものすごく注目されちゃうんですけど……)
周囲の視線を集めたまま、琴子は列に並んだ。
受付にいたのは、アドリアンよりもかなり簡素な騎士服を着た若い男だった。荷物を盗まれた、食い逃げ犯に逃げられた、などという訴えを淡々と聞き、書きとっている。
「次の方、どうぞ」
時計がないのでどのくらい待ったかはっきりとわからなかったが、だいたい二十分くらいかもしれない。ようやく琴子の番になり、窓口に向かった。
「あの、実は……」
目が覚めたら町の近くにある森に倒れていて、ここがどこなのかまったくわからない。さらに、帰る方法もないことを告げる。琴子の話が終わると、受付の男性は深い溜息をついた。
「その黒髪。君はクスタニア王国の人間では? 今、内乱で荒れていて大変なのはわかるけど、犯罪をねつ造してまで移住するのは、違法行為だから」
「いえ、あの……」
「王都にはどうやって侵入した? 言っておくけど、嘘を言ってもすぐにわかるから。正直に答えて」
早口でそう言われ、口を挟もうとしても、早く言えと急かされるだけだ。
(だめだ、全然話を聞いてくれない)
思わず振り返り、助けを求めるようにアドリアンを見つめた。
「どうした?」
彼はすぐに琴子の視線に気が付き、そう声を掛けてくれた。
突然割り込んできた声に、不審そうに顔を上げた受付の騎士は、アドリアンの姿を見て慌てたように立ち上がる。
「え、あ、団長!」
(団長? もしかして彼って、騎士団長なの?)
騎士の中でも上位だろうと予想していたが、まさかそこまでの人だとは思わなかった。
(どうして騎士団長が町を回っているのかしら……)
驚く琴子を、アドリアンは先を促すように見つめた。
「あ、何だかわたしがクスタニア? という国の人だと思っているようで」
助けを求めたのに呆けていたことに気付いて、慌てて状況を説明する。
ここであまり強い言葉を使えば、受付の騎士が責任を問われるかもしれない。そう思った琴子は、言葉を選びながら話をする。
「その国の人達は、黒髪が特徴なのかな。それで、間違えられてしまったみたいです」
「そうか。だがクスタニア王国の人間は、浅黒い肌をしている。彼女を保護した者から色々と話を聞いてみたが、知識や常識がこの辺りの者とは違うことも確認している。他大陸の者となると確認する術がなく、完全に白とは言えないかもしれないが、今は犯罪被害者として扱ってほしい」
アドリアンがそう説明すると、受付の騎士は立ったまま何度も頷いた。
「失礼しました。こちらに、お名前と年齢をお願いします」
「はい」
読めるのか心配だったが、差し出された書類を覗き込むと、普通に日本語だった。そこに名前と年齢を書く。
(外国風にコトコ・カワシマのほうがいいかな。年齢は二十三歳っと)
書き終わった書類を渡すと、年齢のところを二度見された。何か言いたそうだったが、偽装なんてしていないと言いたいのはこちらのほうだ。
「これで受付終了です。滞在許可は二階で行ってください」
そう言われて、書類を手渡される。
「ありがとうございます。えっと、これは……」
「それを持って、次は二階だ」
答えてくれたのはアドリアンで、彼はまた先に立って歩き出した。
細かな彫刻が施された緩やかな階段を上がると、そこには一階よりもやや小さいホールがあった。同じように受付がたくさんあったが、こちらにはほぼ並んでいる人がいなかった。
(こっちは空いているのね)
そう思いながらその受付に向かって歩き出そうとすると、アドリアンが琴子を呼び止める。
「はい」
返事をして振り向くと、彼は憂い顔で告げた。
「この国には違法な奴隷取引に巻き込まれた人達の救済のために、保護して一時的な身分を与える法律がある。だが実際には、それを悪用する者も多い。だから彼も疑ってしまったのだ。それに、俺も完全に白ではないと言った。そのことに気を悪くしたらすまなかった」
「い、いえ。わたしが怪しいのは自分でも自覚しています」
あるのは琴子の証言だけで、明確な証拠は何もない。
さらに、それを確かめる術もない。アドリアンが完全に白とは言い切れないと言ったことも理解できる。
「むしろ、よく信用してもらえたなぁと思っているんですが」
「マリアが、お前の知識はどの大陸のものでもないと証言したからな。彼女はこの大陸なら、どの国の料理でも詳しく知っている。そんなマリアが見たことがないと言うくらいだ。君にはたしかに、大陸外の知識があるのだろう」
「マリアおばさんが。だったらますます、彼女はわたしの恩人ですね」
どの国の料理も知っているというマリアの知識もすごい。傍にいれば、どこかの有名店に修行に行くよりも色々なことが学べそうだ。そう思い、目を輝かせる琴子の姿に、アドリアンが少し呆れたような笑みを浮かべた。
「本当に君は、マリアによく似ている。呼び止めてすまなかった。その書類があれば、滞在許可は簡単におりるはずだ」
「はい、行ってきます」
彼に教えられたように、一番右端の受付に向かう。
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