僕とイグニスと黒い魔剣

第12話

 顔に大きな傷のある隻腕の女性。

 僕は彼女と旅をしている。

 僕と彼女は炎の中で出会った。


 彼女の名はイグニス、かつて魔王との戦いに終止符を打った伝説の聖剣――

 その残骸が、人間の形を取った存在だ。


 僕は彼女と契約をした、平和な世界を見せるのだと。

 争いのない世界、誰も犠牲になることの無い世界、彼女が目指した理想郷を。


 彼女は人の守護者、人の祈りが生み出した幻想だ。故に魔族に対しては無限の力を秘めてはいるが、人に対してその刃を振るうことは出来ない。


 だが、人の中にも悪は存在する。それはある意味では魔王との戦いよりも困難だ。

 その悪は目には見えずに形も存在しない。武力装置でありながら、人に対して武力行使を出来ないイグニスとは相性が最悪だ。

 そんな彼女をサポートするのが僕の役目、彼女の力を解放するのは、ただの旅芸人の僕にはとてもとても荷が重いが、まぁこれも運命だ。


 僕は彼女と旅をしているんだから。





 ―王国歴285年、欲望の街カイギスターグ―


「次の街はどんな所なんだ? マスター」

「うーん。聞いた話だと、あんまりよくなさそうな街なんだよねー」


 行商人から聞いた話では、あんまりお行儀のよい街と言う訳ではないらしい。

 って言うか、酷い街らしい。

 以前、裏側からマフィアが街を牛耳っていたところがあった。だが、今度行く街はそれどころでは無い。マフィアが軒先を並べ、流血沙汰は日常茶飯事。ヤバイ薬がそこらかしこで取引されていると言う、末期状態な街らしい。


「うーん。今度の街は『最低でも3日間は滞在する』って言うルールを除外しようか?」

「そうなのか? マスター」


 旅に出るにあたり、僕たちは指標となるルールを幾つか定めた、3日ルールはその一つだ。

 一見平和そうな街に見えても裏側がどうなっているのか分からない。それを見極めるためのそのルールなのだが、今回は安全面の為にそのルールを曲げていいかもしれない。


「必要なものだけ手に入れたら、さっさと次の街に向かおうか?」

「ふむ、マスターがそう言うならそうなのだろう」


 次の街は平和な世界からは程遠いのだ。求める物が無い以上、スルー安定。汚いものには目を瞑ろう。

 とは言え、彼是と消耗品の補充は行わなければならない。僕はイグニスと違って普通の人間なのだから。





「おぁらごらぁ!」


 街に入った僕たちを出迎えてくれたの、血を噴き出しながらぶっ倒れるチンピラさんの姿だった。


「へっ、このカスが、これに懲りたら二度と顔を見せるんじゃねぇよ」


 ぶっ倒れた彼に、つばと共に捨て台詞を叩きつけながら、どやどやと一団は去っていく。


「噂通り中々賑やかな街だね、イグニス」

「そうだな、マスター」


 僕たちは、彼を踏んづけないように脇にそれてから奥へと進む。とっとと道具屋で必要なものを見繕ってから、この街をお暇するとしよう。

 あまり長居したらイグニスの教育に良くないし、僕の健康にも良くない。


 だが、街の人たちは僕たちを歓迎してくれるみたいだ。


「おうおう、姉ちゃん、見ない顔だな」

「そうだな、たった今来たばかりだ」


 こそこそと、目立たぬように進んでいた筈だが、ゲラゲラと笑いながら、個性的な髪形をした人たちが、イグニスに話しかけて来る。


「そうかいそうかい、そんならこの街を案内してやるよ。女の一人歩きは危険だぜ」

「ぎゃはははは、お前そんな女が好みなのかよ。傷だらけじゃねぇか」

「ったくこれだから見る目がねぇんだ、傷に目を瞑れば百点じゃねぇか」


 わいのわいのと、彼からは僕の事など眼中に入っていないように、大声で内輪話を続ける。


「行こう、イグニス」

「彼らは良いのか?」

「しー、静かに静かに」

「おーっと、どこに行こうってんだ姉ちゃん、人の親切はありがたく受け取っておくべきだぜ?」

「だそうだぞ、マスター」


 逃走失敗。彼らが内輪で盛り上がっている隙に静かに立ち去ろうとしたのだが、そんな事は端から無理だったようだ。


「あのー、すみませんが、僕たちには大切な用事がございまして」

「あ? なんだこのガキは、俺たちは大事な話をしてるんだ、脇からしゃしゃり出て来るんじゃねぇよ」


 パシンと乾いた音が鳴り響く。彼らが放った拳を、イグニスが受け止めた音だ。


「貴様らは何がしたいのだ? マスターに危害を加えるのなら容赦はしないぞ」


 イグニスはそう言うと、彼らから僕を隠すように立ちふさがった。


「ひゅー、カッコいいじゃねぇか姉ちゃん」

「ぎゃはははは、女如きに止められてやんの」


 容赦はしない、と言ってもイグニスは人間相手には手が出せない。ここは逃げの一手しかない。そう思った時だった。


「女がどうしたって言うんだい」


 鋭くもまだ年若い声が、僕たちの間に挿し込まれたのだった。


「君は……」


 その少女は、鋭い眼光を秘めていた。ぎらぎらと輝く金髪は乱雑に刈りそろえられ、野生の獣を思い出させる。年の頃は僕のやや下。全身から燃え上がる様な荒々しい気迫は僕にとって眩しすぎる位だ。

 と言うかチューブトップにホットパンツと言う露出強な出で立ちは、目のやり場に困ってしまう。


「はっ、見たことある顔だと思ったらざまぁないね」

「やぁ、アリシア久しぶりだね」


 成程、確かに彼女にこの街は良く似合う。だが、彼女がいると言う事は……。


「見苦しいなイグニス、貴様に一体何が出来ると言うのだ」


 彼女の背後には、黒髪の青年がいた。引き締まった体はしなやかかつ強靭で、そこらのチンピラさん達とは格が違うことが一目でわかる。


「ああ? なんだこの小むす――」

「黙れ、わが主に対する愚弄は許さん」


 チンピラさんの1人が、セリフの途中でふらりと倒れる。傍目に見た僕にも何が起こったのかは分からなかった。


「人間に手を出すのは感心できないな、ローグレン」

「それは貴様の価値観だ、イグニス」


 彼の名はローグレン。先ほどの台詞で分かる通り、アリシアのパートナーであり、此の世に数少ないイグニスに並び立つ存在だ。


「で? あんたみたいな甘ちゃんが、何しにこの街に来たの?」

「いや別に、ただの物資補充だよ。長居する気はない、とっとと出ていくさ」

「そう、それが良いわね。アンタみたいな甘ちゃんにはこの街は刺激が強すぎるわ」


 アリシアは腕を組みながら、僕をそう見下す。まぁ流石に僕の方が、背が高いので、幾分その小さな顎を上げることになっているが。


「まぁ、なんにしろ助かったよアリシア。僕たちは荒事苦手だからね」

「はっ、情けない。それでも金玉ついてんのあんた」


 僕はやれやれと肩をすくめる。金髪少女に罵られて喜ぶ人種は一定数いるそうだが、生憎僕にその手の趣味は無いのだ。


「ところで、お助けついでに、道具屋が何処にあるのか教えてくれない?僕たちこの街には来たばっかりでさ」

「……アンタ甘ちゃんの癖に、ずうずうしいのは相変わらずよね」


 僕のささやかなお願いを、アリシアはため息まじりに快く聞いてくれたのだった。

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