第10話
「団長! どこに行っていたんですか! 団長!」
リリアノさんはそう言って団長に抱き付く。団長は何時もの強面をゆがめつつ、リリアノさんの頭をそっとなでる。
「リリアノが世話になったようだね、ありがとう」
「いえいえ、おいしいご飯のお礼ですよ。それはそうと、先ほどの発言は?」
「ああ、私は私で色々と調べていたのだよ、昔からね」
「昔から?」
「そうだ、やむにやまれずカザットから融資を得たものの、きな臭い匂いがしてたのでね」
「それは、おそらく彼が裏で手を廻して、自分の所で取引する様に仕組んでいたんでしょう」
「まぁ、そうだろうね。その時からこういう日が来ることを覚悟して、色々と探ってたと言う訳さ」
成程、流石は団長と言うだけはある、チェミットさん達からは『何時もプラプラほっつき歩いている昼行燈』と言う評判を得ていたが、やる事はやっていたらしい。
「どうしてそんな大事な事を黙ってたんですか!」
得心する僕とは違い、激昂するのはリリアノさんだ。彼女は抗議の声を高らかに上げる。
「済まない、皆には余計な事を考えずにサーカスの事だけに集中していて欲しかったんだ」
「だからって――」
「まぁまぁリリアノさん、そう言った事はこの件が解決した後で幾らでも、今はやるべきことをやりましょう」
リリアノさんの言い分もよく分かるが、今は事件の解決が一番だ。
「すっ、済みません」
顔を赤くする彼女を宥めつつ、僕は団長に話の続きを促した。
「脱税だよ」
「脱税ですか?」
「ああ、サーカス団は大所帯だ、何台もの馬車を引き連れて、街から街へと移動する、小さな国家と言っても過言ではない」
「それで、木を隠すなら森の中と言う訳ですか」
「その通り、大部隊が移動するんだ、馬車の一台や二台増えた所で、誰も疑問に思わないって寸法さ」
中々に、説得力のある意見ではあるが、それは拙い。それが正しければ、彼は現時点では特に不正を行っていない事になる。勿論契約書偽造の件を除いてだが。
僕たちの罪を曇らすには、出来るだけ派手な花火を打ち上げたい所なのだが。
「……彼は、どんな商品を取り扱うつもりだと思いますか?」
僕の疑問に、団長はニヤリと笑う。
「一台二台の馬車で運べる量は、個人としては確かに多いが。企業としては微々たるものだ。今回の仕掛けに投資した分を回収するなら、利率の高い商品を扱う必要がある」
「……それは」
「麻薬だよ」
団長は苦虫を噛み潰したような顔をしてそう言った。
「……もしかして、彼は彼で追い詰められているんですか?」
普通に利益を上げているのなら、こんなに危ない橋を渡らなくても良いはずだ。
「ああ、彼のボディガードを見ただろう、あいつはボディガードであると同時にマフィアから派遣されたお目付け役でもあるんだ」
「それはそれは」
あの筋骨隆々の大男、ただ者じゃないと思っていたけど、その予感は当たっていたみたいだ。
……のしちゃったけど。
「奴は、以前の取引で大きな損失を被った、その時にマフィアと色々な借りが出来ていると言う話だ」
「と言う事は、真の敵は彼では無く、マフィアだと?」
「大局的に見ればそう言う事になるな」
ふーむ困った。トラブルの根っこは裏社会に在り、このサーカス団はその為の道具として利用されていると言う事か。
しかも、カザットと騎士団の繋がりから見て、この街自体がマフィアの影響下にあると思われる。
まったく、テントの外は平和な世界とは程遠い街って訳だ。
「そこで、君たちにお願いがある」
団長はそう言って僕の目をしっかりと見る。
「私に出来たのは、ここまでだ。だが、君たちならば小回りは効く。このままリリアノを連れてどこか遠くへ逃げて行ってくれないか」
「団長!?」
「それは……本気ですか?」
僕は団長の目を見返してそう言った。
「ああ、今回の根は深く広い、とてもじゃないが個人でどうこうできる問題では無い。
残念だが、ここまでなんだ」
諦めるのは容易い、だがそのセリフを言うのはもっと容易い。これは、団長が悩みに悩んだ末にようやく絞り出した結論なのだろう。
「……結局、どういうことなのだ? マスター」
話に全くついてこれていないイグニスが、そろそろいいかと口を挟んでくる。
「やっつけるべき敵が大きすぎるから、今は逃げるしかないって話だよ」
「それはおかしいぞマスター」
イグニスが、珍しく語尾を強めて食って掛かる。
「私の知る者たちは、どんな強敵相手でも決して諦めなかった。最後まで正義を信じて戦い抜いた」
「そうだね……だけど今回の敵はこの街のシステムそのものなんだ」
「システムとは何だ?」
「水が高い所から低い所に流れる様なものさ」
「ふむ、その程度なら何とでも出来るぞ」
イグニスは胸を張ってそう言った。確かに彼女ならば、その程度の物理法則は何とでも出来る。焔の聖剣にはそれだけの力が……ある!
「そうか! そうだよね! イグニス!」
「うむ、その通りだ、マスター」
僕はイグニスの手を握りながら、団長に振り向いた。
「団長、先ほどのお願いですが、残念ながら了承することは出来ません」
「……そうか」
僕の答えに団長は歯を食いしばり俯いた。
「ですが、その代りにこの街の問題を燃やし尽くして差し上げます」
僕の素っ頓狂な返答に、団長とリリアノはキョトンとしながら、顔を見合わせた。
町の郊外にある、まるでお城と見間違うような、とびっきり豪華な邸宅の前に僕たちは居た。
「イグニス、マフィアって何だと思う?」
「確か、違法な手段を好んで行う人種だったな?」
「正解、けどそれは半分だ」
マフィアだって人の集まりには違いない。彼らは一つの営利企業なのだ。
企業を潰すにはどうするか? 金の流れを潰せばいい。
だが、僕にはそんな知恵も金もコネも無い。僕と共にあるのはイグニスだけだ。
「イグニス、敵の城を落とす時は、どうやってた?」
「ふむ。真っ直ぐ行って、全てを破壊する」
「あはははは。単純明快だね」
「うむ、何事もそれが一番だ」
僕は、それが当然とばかりに胸を張る、イグニスの肩に手を置き腹を抱えた。
僕たちが門前で馬鹿笑いを続けていると、中からおっかない人たちが顔を出してくる。
「おう、何だテメェは」
「あはははは。済みません、ちょっと面白い事があったもんで」
「ざけてんのかテメェ、ここを何処だと思っている」
「あはははは。弱い者いじめが得意なワンちゃんハウスですよね」
「んだこ――」
「イグニス! ゴー!」
「了解だ、マスター」
イグニスは豪華で分厚い門を蹴り飛ばす。彼女は人間に対して直接攻撃をすることは出来ないが、こうやって間接的に攻撃することは可能なのだ。
イグニスに蹴られた門は、そのまま水平に吹っ飛んでいき、その軌道上にいた人たちを薙ぎ払っていく。
「よし、行こうかイグニス!」
「了解だ、マスター」
僕たちは、風通しの良くなったマフィアの邸宅に突入した。
やるべきことは唯一つ、此の世の悪を燃やし尽くす!
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