第9話


 もちろん、表示されている通り『着信』というのは分かっていたけど、ただ俺は普通の固定電話の使い方すらおぼつかない。


 そんな人間が突然『スマートフォンの着信』なんて……当然、慌てる。


「えっ!? あっ、え?」


 ついさっき電源の入れ方を調べて知ったほどの『初心者』がこの『着信画面』を見て……。


「スッ、スクロール?」


――とは、なんだろうか。


ただスマートフォンの画面には『ここをスクロールして下さい』の表示と、鳴り響く音……。


この鳴り響く音が更に俺を焦らせる。


「あー、くそっ!」


 説明書をパラパラとめくってはいるが、なぜかこういう『説明書』はとにかく分厚い上に、読みにくい。


 使い慣れている人は、こんな画面をマジマジと見る事も、説明書を必死にめくる事もなくさっさとスクロールをして電話に出るだろう。


 しかし、俺はその『スクロール』という単語すら知らない……というか、分からない。


 後で知ったのだが、スマートフォンの種類によっては「こうして下さい」と手のイラストが出て来てわざわざ説明してくれるモノもあるそうだ。


 それを聞いた時、俺は「そっちの方が良かった」なんて思い、ガックリとした……というのはまた別の話である。


「……あっ! こうか!」


 ようやく『スクロール』の意味が分かり、俺は早速『スクロール』し、ようやく電話に出ると――。


『遅いっ! どんだけ待たせるんだよ!』


 そんな、今まで聞いた事もないほどの大声が俺の鼓膜を震わせた。


「……っ!」


 俺はもちろん「怒られるだろう」とは思っていたが、まさかこんな大声で怒られるとは思っていなかった……というか、そんな『大声』を兄さんが出すとは思っていなかったのだ。


 だから、俺は普通にみんな電話を出る時にしているようにスマートフォンを自分の耳に押し当てていた。


 おかげさまでまぁ……兄さんの声はよく響き、俺の耳に突き刺さった。


 でも、兄さんをかなり……どころかとんでもない『時間』待たせてしまってしまったのは事実だ。


「ごっ、ごめんなさい」


 ただ、この時の俺は「兄さんをそれだけ大声で怒らせてしまった」という申し訳ないという気持ちと、謝罪の気持ちから謝った。


『…………』


 兄さんはしばらく黙ったままで、その沈黙の時間が俺にとっては辛かった。


『はぁ、まぁそもそも普通の電話すらまともに使ったことのない瞬が途中で挫折しなかっただけいいけど』

「……」


 ――いや、途中で挫折しても電話が鳴りっぱなしの状態でそのまま放置はさすがに出来ないだろ……という俺の気持ちは飲み込んだ。


 なんか……さっきから飲み込んでばかりだな……。


 そんな俺の率直な気持ちは言わず、兄さんの次の言葉をそのまま無言で待つことにした。


『まぁ、瞬も高校生になったし、現状が現状だから簡単に連絡が取れるようにって事でスマートフォンにしたんだよ』


 最初は固定電話にしようかとも思ったらしいが、どこにいても連絡が取れるように……という気持ちからスマートフォンにしたようだ。


「でも、俺のところにはスマートフォンそのものと説明書くらいしかないのですが……」


 詳しい事は分からないが、スマートフォン自体はかなり便利なモノのはずだ。それこそインターネットなども使えるはず……。


『うーん、とりあえず電話さえ使えられれば……と思っていたから、契約だけして速攻で送ったんだよ』

「なっ、なるほど……」


 まぁ兄さんも『仕事人間』なところがあるから、スマートフォンの使い方なんてお茶の子さいさいなんだろう。


 そして、今の会話の内容から『兄さん名義でスマートフォンの契約はされている』という事が分かった。


「でっ、でも悪いですよ」

『何言っているんだよ、バイトもしていないのに携帯代なんて払えないだろ?』


 サラッと言われた兄さんの言葉に俺は思わず「うっ」と言葉に詰まった。


『まぁ、使い方はお友達に聞けばいいんだし、携帯代は気にしなくていいよ。ただくれぐれも使いすぎないように頼むよ』

「わっ、分かりました……」


 俺の返事を聞くと「そんじゃ」と一言前置きをすると……。


『宗玄さんの娘さん、来たでしょ?』

「はい、来ましたよ。卒業式が終わってすぐに」


 この時、俺はワザと「来た」という言葉だけでなく「卒業式が終わってすぐに」という言葉を強調するように付け加えた。


『はははっ、やっぱりか。春休みに入ったからでいいって言ったんだけど』

「……」


 どうやら千鶴さんは用件は早めに済ませてしまいたい人でなおかつ、真面目な人だ。その結果が「卒業式が終わってすぐ」に繋がったのだろう。


『それで、無事に話をする事が出来た……と』

「はい」


『そっか、ところで僕が送った本はどうかな? 役に立った?』

「はい、ものすごく……」


 おかげさまで、本が届く前よりも比較的順調に解読も進んでいる。


『ふーん、それならよかった』

「はい」


『ところでさ、カードの方はどう?』

「そう……ですね。なんと言いますか……」


『ん?』


 カードの集めの方も順調……と言いたいところだが、その以前のなかなか集まらない状況から考えると……。


「……」

『順調すぎるって?』


「え」

『さすがに分かるよ。その言い淀み方は、そういう事かなって』


 兄さんは「さすがに分かるよ」と言ったが、俺の逆の立場だったら……多分、分からない。


『でも、僕もちょっと考えていた事があってね』

「……なんでしょうか?」


『うーん。実はこのカードたちは瞬に集まっているんじゃないかって思って』

「俺に……ですか?」


『うん、それならカードが他のところ……例えば海外とかどこか遠くの、それこそ瞬があずかり知らないところで悪さをふるっていない理由も分かるなぁって』

「……」


 確かに、それは千鶴さんも言っていた。


 俺はそこまで気にしていなかったが、言われて見ればあれだけの風で飛ばされたにも関わらず、カードは俺の周辺で見つかっている。


 しかも、遠くに行ったとしてもそこは俺の修学旅行先だった。


『もしかしたら、カードたちは瞬に集めて欲しいのかも知れないね。それこそ、今。ちょっと上着のポケットを漁ったら出て来そうなくらいかも』

「いっ、いやそれはさすがに……」


 なんて言いつつも、コソッと俺は自分の上着のポケットに手を入れると……。


「……」


 ふと何かの『角』に手が触れたように感じた――。

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