第9話


「…………」


 部屋に入って真っ先に感じたのは『白い』という事だ。


 しかも、ただその部屋には『窓』がない。いや、それだけでなくその部屋には『ベッド』しかない。


「……仕切り」

「その仕切りより先には行かないでください」


 この仕切りはまるで薄い膜の様だったが、コレが大事なのは俺でも分かる。


 刹那の家で偶然見たドラマでこういった状況を見た事があるが、この部屋はさっきも看護師さんが言ったように『体調を崩したときに使われる部屋』なのだろう。


 でも、普通の人がただ『体調を崩す』という話ではなく、その『体調を崩す』という事が致命的になってしまう人の為の部屋。


 それくらい彼女は、病弱だという事なのだろう。


「はーい」

「はい」

「はい」


 とりあえず、俺たちは看護師さんの警告に素直に答えた。


「それでは……」


 終始対応が丁寧だったのは、刹那がいたからなのだろうか……。多分、そうだろう。


「さて……と、こんにちは」

「こっ、こんにちは」


「えっと、実は俺たち君のタオルを偶然拾って渡そうと思ったんだけど……」

「わっ、わざわざありがとうございます。あの、大変申し訳ないのですが、その『タオル』は看護師さんに渡してください。この状況では……」


「あはは、そうだよね無理……だよね」

「すみません」


 まぁ、これだけの厳戒態勢をした上にこの『仕切り』だ。どう考えても『手渡し』なんて出来るはずがない。


「あっ、そうだ……。たけるくんには俺たちがここに来たの内緒にしておいてくれるかな?」

「わっ、分かりました。でも、どうして健くんを知っているんですか?」


「ん? 偶然知り合ったんだけど、その時ちょっと『相談事』を受けてね」

「……」


「どうかしたのか?」

「あっ、いえ。ちょっと意外……だったので」


「そう?」

「はい、健くんはあまり……自分から人に話しかける事がないので」


 丁寧な口調に物腰柔らかい振る舞い。なかなか可愛らしい人だと思う。


「……雪」

「え?」


「!」

「……」


 正直、空がまさか俺たちの会話を聞いていたとは思わなかった。


 しかし、この『雪』という単語を言った……と言うことは、ちゃっかり聞いていたという事なのだろう。


「雪……そっか、健くん。やっぱり気にしていたんだ」


「やっぱり?」

「私は、ただ……ふと思った事を言っただけなんですけど、そこまで気にしてくれていたんですね」


「まぁ、確かに気にしていたけど……」

「分かっています。この状況じゃ『雪』はおろか『プレゼント』すら危ういですから」


「……」

「……」


 確かに、現状では森本さん自身が言っているように『プレゼント』を渡すこと自体、困難な状況だ。


「でも、なぜ『バレンタイン』に?」


 空は不思議そうな表情を浮かべている……様に思う。


「それは、その日が私の誕生日だから……です」


 この一言に対し刹那は「やっぱり」と言いたかったに違いない。それでも言わなかったのは……森本さんの視線が下を向いていたからだろう……。


■  ■  ■  ■  ■


「うーん」

「どうした、刹那」

「??」


「いや、あの子の体格がやけにいい理由ってさ」

「ああ」


 それは俺も思っていた。あの森本さんの体形が『ふくよか』なのは、多分『治療』によるモノではないかと思う。


「まぁ、それだけその『治療』が大変だって事なんだろうね。そんな事も知らない人間に好き勝手に言われればそりゃあ」

「……怒る」

「そうだな」


 もちろん、一番大変なのは『闘っている本人』だ。


 それを健は知っているからこそ、体形を見て好き勝手に物事を言う同級生に食ってかかったのだろう。


「それにしても、どうすっかなぁ。あの状況じゃあ『プレゼント』自体難しいそうだったし」

「ああ」

「うん」


「うーん……」

「……? どうした、刹那」


 刹那は上を向きながら、一瞬その場で立ち止まり、隣に立った俺にコソッと一枚の『メモ紙』を握らせた。


「……」


 その『メモ』にはいつの間に書いたのか、そこには「この病院におかしな子供がいる」と書かれている。


「…………」


 ただこの言葉だけでは何の事を言っているのか分からない。でも、なんとなく刹那も『あの視線』に気がついていたようだ。


 そして、わざわざ面倒な『メモ』というやり方にしたのは、ここが『病院』だからだろう。


「はぁ、何はともあれ『やり方』を考えないとなぁ」

「ああ」

「うん」


 なんてやり取りをワザとの様にし始めたのは、その『子供』がどこから見ているか分からなかったから。


 そんなこんなありながらも、俺たちは『病院』を後にした。


「ここまで来れば……大丈夫?」

「……」


 俺は辺りをキョロキョロと見渡し、気配を探ったが、変な気配は感じられない。


「……ああ、大丈夫そうだ」

「そっか」


 どうやら、刹那は俺ほど『気配』に敏感な訳ではなさそうだ。


「??」


 空は俺たちのやり取りが一体何なのか分からず不思議そうにしていたが、わざわざ聞くつもりはなさそうだ。


 でも、まさか『霊感』にも強弱みたいなモノがあるとは思ってもいなかった。


「…………」


 しかし、さっきのやり取りの様に『霊感』にも明確な差が存在する。


「それにしても、さっきの『子供』は一体なんだろうね……」

「……さぁな」


「なんか値踏みされている気がして気味が悪かった」

「…………」


 そんな風に感じていたのか、俺はやけに刹那の方をジーッと見ていた様に感じていたが……。


「なぁ、空」

「?」


「牡牛座って、別に人を乗っ取る様な由来じゃなかったよな?」

「うん。乗っ取るというより、さらう……ってニュアンス」


 まぁ『さらう』も良くはない。


「……だよな」

「でも、あの視線は本当に俺を値踏みしている感じでさ」


 本当に刹那は気分が悪かったのか、若干顔を青ざめさせている。


 しかし、今回関係があるであろう『牡牛座』に人を乗っ取るなんて事は出来ないはずなのだ。


 ただ、由来を聞いた限りでは『攫う』という事に関しては……。


「なぁ……」

「ん?」


「もしかして、あの子供は『牡牛座』を使って攫うつもりじゃないか……って、考えることは出来ないか?」

「えぇ、それはさすがに考えがぶっ飛び過ぎじゃないかな。それにあの子はまだ『子供』なわけだし」


「……それを利用する可能性はある」


「そっ、空まで」

「あくまで可能性……って話だ」

「それはそうだけど……」


 確かに相手の見た目は『子供』である。


 しかし、その相手の『精神年齢』まで『子供』かと問われると、その答えは『そとは言い切れない』だ。


「……」

「……」

「……」


 だから『子供』相手とは言え、甘く見るなんて事は出来ない。


 そんな俺の思いを知ってか知らずか、刹那は「はぁ」と息を吐きながら伸びをした。多分「この話はコレでおしまい」と言いたいのだろう。


「まぁ、なんにしても『プレゼント』は雪乃ちゃんの体調次第ってところかぁ」

「……ああ」


 現に、刹那は話題を変えてきた。


 それに、俺たちが今ここでどうこう言ったところで、何も始まらないのは確かだ。


 あの子供も、病院から出る事は出来ない……という事は、この状況で明らかである。


「とりあえず『雪』以外のモノも念のために準備して……」

「して……なんだ」


 なぜか刹那は病院の方向を向いている。


「彼女の誕生日当日、病院に行って直接渡そう」

「……まぁ、その方がいいだろうな」


「で、瞬と空は別行動」


「…………」

「……はぁ、そういう事か」


 刹那の言葉に俺はため息とともに下を向いた。


 俺としては、森本さんたちの様子も気になるところだが、現在優先すべきことがあるから、仕方がない。


「分かった。こっちはこっちでちゃんと片付ける」

「……分かった」


 空も今度は刹那の言葉の意味が分かったらしく、大きく頷いた。

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