第5話
「うん。上手いね、君」
「そう……ですか?」
「どうした?」
そう言いながらも、なぜか空は俺の方を見て尋ねていた。つまり、これは俺の感想も尋ねている……ということだと俺は、解釈した。
「ああ……、上手かった」
俺は全くコンクールの審査基準など知らない。でも、この感想は俺の純粋な思いだ。
「あっ、ありがとうございます」
その気持ちが伝わったのか分からないが、なぜか空は照れたように俺から顔を背けた。
だが、残念ながら俺は女性の気持ちの変化にあまり気づけない人間である。その為、空の行動に俺は戸惑い。
えっ……もしかして嫌われた? なんてそう思って地味に傷ついてしまった程である。
「ところで……」
「なんだ?」
「今日は刹那、来てないんだね」
「ああ……。刹那なら昨日提出したプリントのダメ出しされている」
「えと? どういう……?」
「いや、実は……」
実は、刹那もここに来たがっていたのだが……今日、昨日提出したプリントが返却された。その結果、刹那は全て書いておきながら全て間違えるという奇跡を起こしたのだ。
「普通、授業の復習プリントを全問答えて、間違えるとか……」
「すっ、すごい……ね。解答欄がズレていた……とか?」
「俺もそう思って見せてもらったが、どうやらそういう事ではなかった……」
「それ以前の問題……」
音無は自分で言っておきながら、言葉を詰まらせた。でもまぁ、これが普通の態度だ。俺もそれを見た瞬間固まってしまったくらいだから。
「あの……」
「うん? どうした?」
空は珍しく言いよどんだ。
それは多分、俺と音無が話をしていた為で、空なりに会話に入る『タイミング』を計っていたのだろう。
「あっ、いいよ。気にせず言って?」
音無も気づいたのか、笑顔でそう言った。
「いえ……あの……」
「ん?」
「もしかして今、焦っていませんか?」
「えっ? なっ、なん……で?」
空の言葉に音無は驚いた様子だったが、俺は空の言った言葉の以上に神の表情に違和感を覚えた。
それはまるでなんというか……普通に驚いた。というよりも普通に指摘されて驚いた……という表情だったから。
「なぜ、そう思うの?」
「あくまで、何となく……です。けど、ここに来るまでに聞こえていた演奏が……そんな感じだった……から」
「……そっか」
そう言って音無は俯いて、すぐに顔を上げた。
「……俺さ」
何かを思い出す様にポツポツと呟き始めた。
「俺が小さい頃にコンクールで入賞したのは知っている……よね」
「ああ……。教えてもらった」
「そっか。でも、俺に最初にピアノを教えてくれていたのは姉さんだったんだよ……」
「……だった?」
「それって、つまり……」
「……亡くなったんだな。そのお姉さんは」
「…………」
俺の答えに音無は黙って頷いた。大抵、黙る場合は悪い答えがほんとんど……だ。
これは、俺が幽霊達との長年の付き合いから分かったことである。いや、それは人間にも言えることかもしれない。
「でも、音無さんがコンクールで入賞した時は生きていた……のですか?」
「うん、そうだよ」
「……どんな人だったんだ?」
「……俺が同級生に『男がピアノなんて……』って言われた時もかばってくれた。楽しいなら……おもしろいのなら、気にすることはないって……。だから、俺は姉さんに恩返しがしたい一心で頑張った」
心からの声だったのだろう。そして、神はそう言っている時もどこか誇らしげだ。
「でも……」
そう呟くと、神は悲しそうな顔をした。
「姉さんが……死んでから俺は……何のためにピアノを弾いているんだろ……って、思い始めて……さ」
その気持ちの迷いからだろうか。
徐々に、コンクールに出ても、結果は出ず、そして、コンクール自体あまり出なくなった……という経緯があったようだ。
しかし、俺はそんな音無を見ながらある思いが出てきた。
「音無は……」
「うん?」
「楽しかったか?」
「えっ?」
「ピアノ……」
「それは……まぁ…、そうだね」
言いにくそうに顔を伏せてはいたが、完全に否定はしていない……。
「でも、なんで?」
「……さっき、空がピアノを弾いている姿を羨ましそうに見ていたからな。多分、空が楽しそうに弾いていたからだろ?」
「…………」
「今の状況での沈黙は『肯定』と取ればいいのか?」
「…………」
「神のお姉さんはさ……、それを音無に分かって欲しかったんじゃないか? その『楽しい』って気持ちを聞いている人たち……全員に……」
「私も……そう思う……」
「そっか。当たり前……だとは……分かっていたと思っていたはずなんだけど……な。いつの間にか忘れちゃっていたんだ……俺」
「今からでも遅くないだろ?」
「うん」
「……そっか、そうだよね。まだ大丈夫……」
そう言って音無は天井を見上げた―――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ごめん」
「その謝罪は何に対してだ?」
「……愚痴に付き合ってもらってさ」
「いや、それを言うなら、俺の方も悪かった。何も分からないのに偉そうなことを言って……」
「私も……」
「……そんなに謝らないで……さ」
帰り際、俺たちはずっとお互いにお互いの謝罪を入れる謝り合戦になってしまっていた――――。
「あっ、そうだ……」
「ん? なんだ……これ?」
すると、音無は何かを思い出したように俺たちの前に『ある紙』を目の前に差し出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます