第11話 よーし皆! 今日は現代知識でSUGEEEするぞ!!

 『せんばこき』がアダルティな代物だと考えついた男達。突っ込みを入れる女性陣は不在である。


「そうだ。この家宝は子供の頃に見せられたんだが、その時はさっぱり意味は分からなかった。だが経験を積んだ今だから気づけたぜ。『後家さん殺し』という言葉の意味にな」


 ヴァルドが引き継ぐ。

「ある意味リーアの説の後家さんを殺すというのは命を奪うという意味じゃない、ってのは正解ではあったわけだ」


「冒険者ってのは昼はモンスターを倒すのが仕事だが、それだけで終わるのは半人前よ。真の冒険者ってのは夜の討伐任務もこなさなきゃならねえ。依頼を合同受注した肉体派な女剣士との腕くらべ。日中のモンスターの猛攻を思い出して怯える回復術士ヒーラーに頼れる男がそばにいると教えてやり。護穎対象の姫君から指定依頼される寝床での寝ずの番」

「お前、最後のほんとやめろよな」


「そう、そして彼女達と一夜を共にする時。感極まった女は叫ぶ。『死んでしまう』ってな。…………恐らくこれが後家さんを殺すって謎の真相だ」


「後家さんといやあ、夫に先立たれて熟れた身体を持て余す妙齢の美人と相場が決まってるからな。そうに違いないな」とヴァルドが深くうなずく。

「ああ、小料理屋をやってたりすると最高だな」

 アッシュも深くうなずく。

 リーアとセレスは雑貨屋で化粧道具を購入中である。


「だが問題はこの絵の方だ」アッシュが紙を手に取る。長方形の横側から十本の線が生えた絵。「これはきっと後家さんを殺す助けになる道具だと思うんだ」


「さっきリーアがテーブルって言ってたけどよ、何ならベッドのことじゃねえか?」

「うーん、足が増えればベッドの耐久力が上がるってか? 違うよなあ……」


 そこへ赤い大渦亭のドアが開かれ、一人の女性が入ってくる。

「アッシュ、ヴァルド。よかった。今ギルドであんた達がここにいるって聞いてね」

「ティルナじゃねえか。どうした」

 黄金色の大きなシッポを揺らし、近づいてくる狐人の女性。


「実は故郷に帰ることにしたのさ。それで世話になったあんた達に挨拶しようと思ってね」

 その答えにアッシュ達は安堵したように顔を和らげる。狐人のティルナはCランク冒険者であり、かつて星の白銀と依頼を合同受注した縁があった。


「言ってくれりゃあ送別会でも開いたのによ」

「そういう湿っぽいのは苦手でね。家賃の更新日が迫ってたからさ。もう、すぐに旅立つことにしたんだ」

「家具なんかはどうすんだ?」

「ああ、その辺は……」

 ヴァルドとティルナの会話が続くが、突然彼女がビクッと体を震わせた。


「……あっ、こら!」

 女性が軽くアッシュを叱る。

 アッシュがいつのまにやらティルナのふさふさとしたシッポに触れていたのだ。


「ちょっと、アッシュ!」

 にも関わらず、シッポを撫で続けるアッシュに、再度声を上げてぺしりと手を叩く。この世界では異性のシッポに触れられるのは親しい間柄だけである。


「おお、すまねえ。相変わらずのキレイな毛並みについな」

「やだよこんな所でなんて」少し顔を赤らめるティルナ。

「なにやってんだよお前」


「いや、今悩んでることの答えに気づけたかもしれない。そう、せんばこきってのは刷毛はけのことじゃないのかってな」

「せんば……って何だい? 刷毛がどうしたっての」

「刷毛って職人が色塗りに使ったりするやつのことか。高級品はたしかに人の毛を使うこともあるが……」


 刷毛はけ――――ブラシ。

 木の柄に多くの毛を埋め込んだ物。

 職人の色塗作業や清掃道具に、小さいものなら筆としても使われている。

 髪の毛をカツラに使うように、庶民の獣人女性にとっては尻尾の毛を刷毛屋に売るのは貴重な現金収入の手でもある。 


「ああ、絵だと直線が10本だが、あくまで簡易的な絵だからな。10本ってのは単にいっぱいの毛、って意味で描かれたと睨んでる」

「ってか、問題はそれをどう使えば後家さん殺しになるかだぞ」

「ちょいと使い方を思いついたんだよ」


「後家さん? アタシのことかい?」

 二人の会話を聞いてティルナは少し寂しそうに顔をかげらせる

 

 このティルナという女性。田舎からこの街に出てきて最初にパーティーを組んだ時のリーダーと結婚したのだが、その男がとんだろくでなしであった。

 結婚するや彼女に仕事を押し付け、自分はその稼ぎを奪って酒と博打の毎日。その内に浪費が追いつかずに無理やりティルナに危険度の高い依頼を受注させるようになった。それがティルナと星の白銀との縁でもある。


 やがて男は借金をするようになり、その払いにティルナを身売りさせようとした。それを聞きつけたアッシュとヴァルドが高利貸しと話をつけ、その結果当人が鉱山送りとなっている。 

 

「……そうか、くたばったか」

 鉱山に送られれば事故か過労かで、遠からず命を落とすこととなる。その連絡が彼女の元に届いたのだろう。二人はティルナの急な帰郷の理由を理解する。


「まったく、あんな男に夢中になってたなんて、わたしもとんだ小娘だったね。なんて、こんな年増が言うのも滑稽だけどさ」

「いや、おまえさんの美貌は最初に見たときからまったく衰えちゃいないさ。故郷の村に帰れば男たちがモダンな都会娘が来たって群がるだろうよ」

「相変わらず口がうまいねえ。少しはリーアちゃんにも向けてあげなよ」


「と、まてよ。ティルナの実家があるのは北の村だよな。どうやって行くんだ? 今の時期は道中に巨大蛙ジャイアントトードが繁殖してるぞ」

「これでもCランクで狐火のティルナと呼ばれてたんだ。自力でなんとかするさね」

 火魔法を打つ仕草を見せるティルナ。それを見たアッシュがしばし思案して席を立つ。

「いや、ちょっとまってろ。俺が付いてく。こんな時のためにギルドに遠征用の用具一式を預けてるんだ」

「ちょっと、星の白銀の、Aランク冒険者を雇う金なんてないよ!」

「気にすんな。俺がちょいと旅詩を読みたくなっただけだ。どうせこの一週間は冒険は休みになってたからな。そんだけありゃあ戻ってこれる」

「でも、悪いよ……」

 渋る女性をアッシュは説き伏せる。最後には彼女も折れ、アッシュが準備をする間に世話になった女将達にも挨拶をすると厨房に向かっていく。


「さて、そういうわけで俺は護穎任務に行ってくる」

「おい、待てアッシュ」

「ふふ、行きに3日ってところか。これだけありゃあ後家さん殺しの謎を解くには十分よ」

「やっぱりそれか、てめえ!」

「皆にはうまく言っといてくれ」


「バカ言え! リーアに殺される。っつうか今はセレスもいるじゃねえか! 我が家に後家さんが生まれちまうぞ!」

「安心しな。その後家さんを救う手立てを見つけにいくのさ」

「アッシュー!」


     ◇◇◇◇◇


 そして一週間後。街の中心、冒険者を守護する神々を奉る神殿にて。アッシュが膝まづき、奉納台に向かっていた。


(ふう、まったく今回の冒険は予想外に忙しかったぜ。巨大蛙の異常な繁殖。相次ぐ盗賊の襲来。それが北の村の古くから伝わる因習と、村長とその弟の二十年前からの確執が絡んでいたとわな。だがその裏に隠された真相と全ての原因である司祭の歪んだ教義は俺とティルナが打ち壊した。これで北の村は元の平和な農村に戻るだろう。


 ふふっ、俺も今回の叙事詩には力の入れがいがあったぜ。


 何より俺はせんばこきの謎を解き明かし、見事後家さん殺しを果たしたんだ。まさかただの刷毛にあんな無限の可能性が隠されていたとはな…………この知識を広めれば多くの後家さんが救われるだろう。我が祖先、シンジョウ様はやはり慈悲深いお方だったんだな。さあ、気になるPTの結果は!)


 アッシュの眼前で巨大な魔石―――10万PTも余裕で入るA級モンスターから採取したもの―――から放出される光が収まり、その表面の色が変化していく。


「こ、これは! 700PT、800、900、まだ色濃く……おお、なんて鮮やかな  色! おお、ついに……ついに夢の999PT超え、未知の4桁PTが! って、あれ!? あれ!?」


 アッシュの眼前で魔石が突然ピンク色に染まっていく。


「あの……神官様、これは?」

「あー、たまにあるんだよね、何でかしらないけどこういう色になるの。あー、ギルドでは受け取ってくれないけど一応魔石としてはちゃんと使えるからね。」


「えっ、じゃあ俺の999pt越えは? Cランク昇格は?」

「また頑張ってねー。はい次の方ー」


 ショックに呆けるアッシュは部屋の隅へと追いやられる。そのまま呆然と立ち尽くしていた彼にかけられる声が。


「おー、おったおった。アッシュはん。探したで」

 カウフ商会の商会長であり学院時代から彼と付き合いのあったフィルマが近づいてくる。


「……フィルマか……なんだ……」

「いやあ、今赤い大渦亭が大変なことになっとるで……ヴァルドはんが」

「あいつが何したんだ?」

「いや、アッシュはんのせいなんやけど? 後家さん殺し? の件がばれてな。リーアちゃんとセレスの二人に締め上げられとるわ」


「げっ」

「ウチはそんなアッシュはんを助けよう思うてな」

 フィルマが指を鳴らすと背後に控えていた従者がカバンを開く。中から取り出した木箱がアッシュの眼前に突き出される。


「こちら、出来たばかりの一級品や。こないだの鷹亀ホークタートルの甲羅の残り、べっ甲の櫛やで。ちょいとお値段お高めやけど、リーアちゃんとセレスのご機嫌が直るならお安いもんや。それに今回大冒険繰り広げてきたらしいアッシュはんの稼ぎからしたら軽いもんやろ」

 フィルマはそう言って舌なめずりをした。



※作者は子供の頃は前世では自分は凄腕の戦士であったなどと夢想して現実から逃避する内向的な性格でした。ですが今は異世界小説と出会ったことで、来世で輝かしい人生をつかもうという前向きな気持ちで生きていけるようになれました。

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