第21話 よーし皆! 今日はステータスオープンするぞ!! ②
冒険者達のステータスカードにかける熱狂はとどまることを知らなかった。それどころかその熱は周囲の人間にも広がっていく。ギルドと酒場で広げられていたスタータス勝負は今や市場で、公衆浴場で、教会で。街中の至る所で開かれるようになった。
スタータスカードは今や街の男達の共通言語となったのだ。
「マーク兄ちゃん、見せてー」
子どもたちだって当然飛びつく。むろん金はないが、手が出せないなりに顔見知りの冒険者にカードを見せてもらうと、そのステータスを必死に暗記して地面に書き写す。その落書きでもって友人とスタータス勝負をするのだ。
――――緊急依頼:No.253のステータスカードを入手せよ
報酬:10万マトル――――
冒険者ギルドの依頼ボードにも高ステータスカードの入手依頼が貼られる。モンスターの
なお、依頼者はギルドマスターである。依頼書は見つけた瞬間、受付嬢エルザが廃棄した。
カウフ商会では増産分が入荷され次第とぶように売れていく。今やカード自体が個人間で取引されるようになり、目ざとい商人が中古品の売買仲介に名乗りを上げたりもする。細工師ギルドではスタータスカードを収納するキラキラと輝く箱を売り出した。
守銭奴のフィルマが他人の儲けを許せるはずもなく、職人にハッパをかけてボーナスを餌に生産数を倍増させるが、それでも追いつかない。
店では店員がいくら「今日は販売はない」と告げても、常に誰かしらが入荷を期待し監視する。いざ売り出された時にそなえ店先で順番待ちする者も一人二人ではない。
むろんトラブルも多く発生する。
店頭で購入待ち列に割り込みが原因の喧嘩は大人しい方で、強いカードを手に入れた者から力づくで奪おうとする犯罪行為まで発生した始末である。
裏稼業の者が入荷前の荷を奪おうという動きもあった。
幸い、それを察知して自主的に護衛を買って出たのがアッシュ達である。
街のトップ冒険者達が揃って職人街から商会店舗への搬入まで護衛し、いざ販売の際には暴徒と化しかねない客を抑えるまでを請け負うのである。
「いやあ、皆さんありがとさんですわ」
商会の前でフィルマが荷車と共に到着した皆を出迎える。
「なあに、良いってことよ。それよりも……」
「ええ、分かってますがな。第六弾はまず皆さんに先行販売しますんでな。ただランダムに混ぜてるんで、どれが当たるかは皆さんの運次第なんは承知しっててや」
「あたぼうよ。だが箱は選ばせてもらうぜ。俺の分は一番手前の箱に入ってるのを買わせてもらう。やっぱ強いステータスを持つ
グレゴがそう言ってほくそ笑む。
「オレは二番目の箱から選ばせてもらおうか」
ヴァルドがそう言ってほくそ笑む。
(甘いぜグレゴ。第五弾で最強のスタータスは二番目から見つかっているのは調査済みよ。オレのギャンブラーとしての勘と経験から言えば今回も同じ箱にくるはず!)
「なら俺は三番目の箱だな」
アッシュはそう言ってほくそ笑む。
(甘いぜお前ら。俺は学院にいた頃に数理術の授業でならったんだ。雷は同じ木に落ちないってな。つまり今まで最強カードが出ていない三番目の箱こそがこれから最強カードが出るってわけだ。これが数理術の力よ!)
「いやあ商売繁盛でなによりやわ。そや、発案者の二人にも分け前を渡さんとな」
フィルマが渋々護衛任務に付いてきたリーアとセレスに声をかける。
「やめて、それがバレたら全ての女性を敵に回すから」
「お礼なら次回のステータスカードは全部ハズレにして、この熱狂を止めて欲しいんだよ」
「商人にそりゃあ聞けん相談やわあ。それに、そないことしたらそれこそ暴動がおきるで」
そう言ってアッシュ達を指差すフィルマ。すでにこれから自分が引き当てるはずの最強ステータスをタネに大盛りあがりしている。
「「はあ……」」
リーアとセレスが肩を落とした。
◇◇◇◇◇
「「「ステータスオープン!」」」
先行販売で、最強とは言わないまでもかなりの高ステータスのカードを引き当て、ご満悦のアッシュ達。
「すげえ、第六弾、もう手に入れたんですか!」
「俺にも見せてくださーい!」
酒場内はすっかり最新ステータスカードの話題一色となる。ハマっている冒険者はもちろん、同じパーティーの女性陣も無駄使いと責める。料理を運ぶ店員だってチラチラとテーブルの上のカードに目がいってしまう。
だが、よく見ればそんな喧騒から離れ、すみで安酒と安料理をつつく男が一人。
彼の名はチャーゴ。冒険者だが年の頃40にして未だEランクという冴えない男である。小柄で貧相な体つき、臆病で致命的に荒事が向いていない性格。さりとて他の仕事ができるほどの器用さがないため、非力でもできる薬草採取専門これまで生きてきた男。
新人冒険者からもバカにされるような男であるが、さすがに長年やっているだけはある。薬草の季節ごとの繁殖地は把握しているし、採取状態も良好であるため、ギルドからはノーチェックで支払いがされるくらいである。
だがそれは機械的に処理されているという意味でもある。彼が受付カウンターに立てば、担当の受付嬢は「いつもの量ですね」とだけ答えていつもの数枚のコインを差し出して終わり。
軽口の一つもかけられない、書類を右から左へ流すような、冷めた扱い。だが彼の方もその扱いに異を唱えることなく、これまで過ごしてきた。
その彼が食事を終えて独り身のボロ屋に帰ろうとした時、足元に一枚のステータスカードが落ちているのに気づいた。それを拾い上げたチャーゴは、位置からして持ち主であろう相手に声をかける。
「おい、アッシュさん、落としてるぞ」
ご機嫌に最新カードの話題に興じていたアッシュが振り返る。
「んっ、ああそのカードか、いいんだそんなカスカード。捨てといてくれ」
アッシュはそう言うと顔を戻して、もう一度手元の最新カードを皆に見せびらかす。
「いやあ、今となってはあんなしょぼいステータスに喜んでいた自分が恥ずかしいぜ」
その言葉にまったくだ、と笑い出すテーブルの皆。
チャーゴは手にしたカードに目を落とす。彼自身は余裕のない身であるため購入したことはないが、これだけ街全体で流行っていれば基本的な情報は耳に入ってくる。
カードの隅に書かれたNo.5というナンバリングが第一弾の発行であることも、HPやMPが二桁表示で能力値が軒並み1~2であるのがいかに低いステータスなのか、よく分かっていた。
(まるで俺みたいな貧相なカードだな……)
そんなふうに自嘲すると、地面に落ちて汚れたカードがとても哀れに思えた。
服の袖でそっと汚れを拭き取った。
自然と口から言葉が流れ出した。
「いいのかい、アッシュさん。こんなすごいステータスカードを捨ててしまって」
「えっ!?」
「すごいステータスだあ?」
向けられる訝しげな目。ギルドのトップ冒険者達からの視線はそれだけでも相当な圧であるが、チャーゴは不思議と押されることなく、次の言葉を紡ぐことができた。
「たしかにこのスタータス自体は大したことはないだろう。でも仕方ないさ。英雄サイダスは邪竜ゴーラに挑んだのだから」
「なに言ってんでい……?」
何を言ってるんだろう。チャーゴも自分でそう思った。
そうして気づいた。自分が口にした言葉が、ずっと胸の中にかかえていた物語であることに。
それは彼が、孤独に生きてきた彼の唯一の趣味。ボロ屋の薄布だけの寝床で思い浮かべる想像の世界。
世界を滅ぼさんとする邪竜ゴーラと、それに勇敢に立ち向かった英雄達とその子孫の永遠なる戦いの歴史。
子供の頃から心に秘めて育ててきたお話だ。誰にも言ったことはない。だけど今それがすごく自然に口をついて出てきた。
なぜなら手にしていたステータスは、あつらえたみたいにサイダスその人のものだったからだ。
「このスタータスはかつて神代の時代の終わる頃。世界を闇に覆わんとしていた邪竜ゴーラの討伐メンバーの一員。弓士のサイダスのものだ。サイダスは弓の名手。その一射で三人の敵を倒すことから、付いた二つ名は『三本矢のサイダス』だ」
「なに言ってんでい……?」
「邪竜ゴーラとの最初の戦いの時だ。ゴーラは羽ばたき一つで瘴気を撒き散らす。鋭利な爪で裂かれた肉はいかな祝福の光でも癒やすことはできない。その息吹はたった一息で一国の軍隊をも焼き尽くす。だが何より恐ろしいのは呪詛を放つ両眼だ。その邪眼に射ぬかれればどんな強靭な肉体も崩れ去る。これがある限りゴーラの視界に入ることすらできない。
だからサイダスは一人戦いの先槍をつとめた。己の身体を呪詛に侵されながら放った矢は見事ゴーラの両眼を射抜いた。これにて仲間が決戦の場に立つことができるようになった。だが、その代償として彼の肉体は……かろうじて命は拾ったが、もはやそのステータスは子供以下に落ちてしまった。それでも彼は死の縁に立つまで引けぬ弓を構え、ゴーラに挑み続けたんだ」
自分でも信じられないくらいに饒舌に語ると、目の前のアッシュが震えだす。トップ冒険者を怒らせてしまったかと、チャーゴは身構えたが違った。
「ほわああ! そ、そんな世界を救った英雄に、俺はなんて失礼な口を……」
アッシュにサイダスの勇気が伝わったのだ。
「その……すまないが……」
「ああ、返すよ。大事にしてやってくれ」
アッシュは受け取ったカードを大事そうに懐に抱えた。
その姿を見てチャーゴの胸がじわりと熱くなる。
三本矢のサイダスが受け入れられた。それは誰にも顧みられずに孤独に生きてきた彼が、誰かに必要とされ愛された事のように思えたのだ。
「おい、適当なこと言ってんなよ」
グレゴが身を乗り出すと、彼の手にしていたカードがばらける。その内の一枚にチャーゴが目をやる。
「それ」と指差す。
「これがなんでい、MNDが10なのが破格なだけで、HPは18と新人以下。MPも0。とんだカスカードだぜ」
「わからないのかい」
チャーゴには分かった。彼の心の中に紡がれた世界。そこに生きる何百という人々の中にそのステータスと同じ能力を持つものは一人しかいない。
「それはドランジーナさ。そりゃあMND以外は低いよ。なぜなら彼女は戦士ではない。ただのドワーフの女性だもの。だがその胸に秘めた不屈の精神はどんな勇敢な戦士にも負けちゃいない。
彼女はな、両親と弟を邪竜ゴーラに殺されたんだ。でも非力な彼女には敵を取ることなんてできない。だから代わりに剣を打った。女だてら鍛冶場に弟子入りし、心血を注いで完成させたのがストロンガー零だ。この剣は通常はゴブリンすら満足に切れないが、邪竜を相手にした時だけは決して刃こぼれしない、破壊されることもない不屈の魔剣と化す。ハンマーの一打ちごとに家族の無念と怒りを込めたドランジーナだけに鍛えることができた剣だ」
「ほわああ! なっ、なんて俺好みの女なんだ」
グレゴはテーブルの上のカードを大事そうに懐に抱えた。
「あの、これも見てください。仲間も同じカードを持ってるんですけど、そっちはMPが650あるのに、俺のだけ65なんです」
そう言って不滅の蒼が差し出す三枚のカード。
それは事実を言えば書き間違えである。増産のプレッシャーに追い込まれた職人のチェックが甘くなり混入した不良品。
だがチャーゴの目は真実を見抜く。
「MPが高い方は魔女アマンダだ。元素魔法の真髄に至った魔道士。黒曜石の如き黒い長髪がまばゆい妖艶な美女だ」
「「ほわああ!」」
弓士のジーンと槍と盾持ちのハッジが顔を赤らめる。
「低い方はアマンダの双子の妹のミランダだ。長身の姉と違い小柄で頬にはそばかす、くすんだ金髪。癖毛がひどくて、姉のようなサラサラな髪質に憧れている」
「俺と同じ癖っ毛だ……」
「姉よりも胸が小さいのを気にしている」
「お、俺、そんなこと気にしないよ!」
「だが彼女も邪竜ゴーラの討伐隊の一員だ。子供の頃こそ姉に劣るMPを周囲にバカにされ、荒れていたこともあった。だが姉が信じて応援してくれたことで立ち直り、ひたむきな努力を重ねてやがて姉を凌ぐ魔法使いとなったんだ」
「ありがとう。俺の所に来てくれてありがとう!」
マークは手にしていたカードを大事そうに懐に抱えた。
チャーゴはいつの間にか酒場内が静まり返っているのに気づいた。
テーブル席をすべて埋めるほどの客の視線が自分に集中していることに。
戸惑うチャーゴに対し、アッシュが一言を口にした。
「鑑定人」
「鑑定人?」
「そうだ、あんたは俺のような節穴とは違う。真実を見通す眼をもっている。どうかそう呼ばせて欲しい」
「鑑定人」
チャーゴはもう一度その言葉を口にした。不思議としっくりときた。『薬草拾い』でも『永遠の新人』でもない。これこそが自分の本当の名前だと。
口にするだけで胸が熱くなっていくのを感じた。
「なああんた、オレのも頼む!」
「こいつも見てくれよ!」
「鑑定人!」
「鑑定人チャーゴ!」
酒場中の客がいっせいに彼の元へと押し寄せてきた。
「ああ……、見せてもらうよ」
そして彼は語った。邪竜ゴーラに立ち向かった勇敢なる人々の命のきらめきを。
差し出されるカードの一枚一枚が、彼の鑑定の後にまばゆく光り輝いていくのであった。
――――ステータスカードはこの後、幾度か体制側の規制や弾圧に会いながらも王国、大陸、やがて世界中へと広がっていく。
それはステータスカードの数字の並びに秘められた
『鑑定人チャーゴ』
その語り部の名前も広く世界に讃えられ、永く記憶されることになる。
◇◇◇◇◇
「はあ、調子にのりすぎたわあ。チャーゴさんを顧問に迎えてストーリーが追加されて女性層も取り込めるようになって、王国中に市場が広がったのになあ。まさか辺境泊様がステータスカード禁止令を出すなんてなあ。そりゃ人心を乱す言われたら、ちょいと覚えはあるんやけど」
「よかった。辺境伯様はほんとに名君よ」
「少しは反省するといいんだよ」
「まあ帝国で販売する分には、むしろ資金援助してくれる言うからなあ。ちょっくら提携する帝国の商会に渡りをつけてくるわ」
「うわ、辺境伯様も仮想敵国に容赦ないわね」
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