第20話 戦地

戦地へ向かう前の前日、ルカスは悩んでいた。その理由としては打ち合いが弱い兵士達が多いことだ。だから、当日までに打ち合いを強くするために剣を多く触る機会をやった。しかし、ほとんどの兵士がその成果は見られなかった。


「もう少し早く気づいていればよかったな。 今回の戦争は攻撃を受け流す機会はないだろう。だから、打ち合いを強くしようとしたが、やはり1ヶ月じゃ厳しいか……」


1人机で座り羊皮紙の資料に目を通しながら考える。端に置いてある小さなランプがその絶望さを表してるように思えてくる。


「ベルムンド帝国はどうやってあれほどの兵士達を集めてるんだ? 私がこれほど厳しくやっても軍としての力も個としての力も圧倒的に劣っている。 何故だ」


敵である帝国を軽く褒め、自分の無力さに悩む。現在王国は帝国という最強の軍事力を持った国と戦っている。羊皮紙には防衛ラインが8つあるうちの現在4つ目が突破されたと書いていた。


絶望的だった。帝国は王国を含め現在3つの国と戦っている。それなのに王国は負け続きだった。良くても防衛ライン維持が精一杯だった。


(我々が参戦したところで意味はないのではないか? それにこのままだと第6防衛ラインに設定されてるここルミサンスが突破されるのも時間の問題だな)


ルカスはルミサンス付近の地図を取り出す。そこには第5防衛ラインが書いており、真ん中が開けた荒野、下の部分はルミサンスの近くまで続く森、そして上は岩石地帯となっていた。


「現在森は捨てて荒野を主に抑え、岩石地帯は2部隊だけ配置し、弓兵や魔導兵で撃退するという戦法で成功してるみたいだが、果たして本当にそれでいいのか?」


ルカスがいくら考えても階級が隊長である限り影響力がない。結局は彼も王国に従う1人の兵士なのだ。


(もしも私なら森から攻めることはないだろう。 火を放たれたら一巻の終わりだからな。 おそらくこの選択は国が正しいだろうが、問題は荒野で力負けしてることだ。 それに、岩石地帯を数で突破すれば挟み撃ちにできる。 それをしないのはなぜだ?)


理由を考えるが、ルカスの頭ではわからない。おそらく敵もそろそろ手を打ってくるころだろう。しかし、彼には45部隊の兵士を出来るだけ死なせないように命令をするだけしかできない。


「いつになったら平和が訪れるのだろうな。 愚痴を言っても仕方ないが、私は絶対に勝つ」


強い意志を込める。明日はおそらく命を落とす者も出てくるだろう。それでも前に進むしかないのだ。


「今日はもう遅いな。 そろそろ寝よう」


そう言ってベッドに入る。明日が最後の日にならないように祈りながら……



✳︎✳︎✳︎



次の朝いつもどおり起きた兵士達の顔は少し強張っていた。今日が最後の日になるかもしれないと思いながら。


鎧を着て集まった45部隊兵士達は沢山の馬車に乗られて戦闘部隊兼補給部隊として前線に向かう。いつもは仲良く話している兵士達も何も喋らない。


休憩を挟みながら揺られること10時間最前線に到着する。降りた兵士達は背筋が凍る。仮拠点としてはでかくいくつもの巨大なテントが張ってあった。そして、極めつけはテントの隙間から聞こえてくる怪我人のうめき声である。いや、よく見ればそこを歩いてる兵士には笑顔がなくまさに絶望のようなものだった。


(覚悟を決めたつもりなのに、心が逃げたがっている……)


アリアは目の前の光景に恐怖する。しかし、覚悟を決めなければならない。例えあのような状態になったとしても生き残らなければならない。


「そんな硬くなるなよ。 リラックスしないとできるもんもできないぜ」


後ろからイヴが声をかけてくる。


「ありがとうございます。 頑張って気持ちを落ち着かせます」


「まあ、無理にとは言わない。 少しぐらい緊張してた方がいいだろ」


こんなことを言ってるイヴだが、心の中ではアリア以上に緊張していた。自分がこの戦いで死ぬかもしれないという恐怖、そして相手の攻撃をまともに食らってしまう自分がもがき苦しんでいるのを想像してしまう。


(偉そうに言ってる割にはあたしも手の震えがとまらねぇじゃねぇか。 本当に情けない話です)


右手首を左手で掴み出来るだけ抑えようとする。他の兵士達もそれぞれが別の形で恐怖しているのはわかる。初めてだからかもしれない、人間の生存本能が警報を鳴らしているかもしれない。けど、超えなければならない。例えどんな結末になろうとも。


アリアがイヴの手を見ると震えているのがわかった。その手を鎧を付けているが、自分の手で覆い隠すように包み込む。


「アリア……」


イヴは恐怖のあまり周りが見えていなかった。しかし、こうやって手を握られると、自分には仲間がいるのだと改めて思う。だから、恐れる必要はない。


「イヴさん、安心してください。 怖い時は1人で抱え込まないでください。 私が、フォンティルさんが、仲間がいます。 だから、私達にも抱え込ませてください」


「ああ、そうだったな。 ありがとよ、アリア。 あたしは素晴らしい友達に恵まれたみたいだな」


全てを1人で抱え込まなくていい。そう思うと気持ちが楽になり、震えは自然と止まっていた。


「45部隊! 整列!」


隊長が叫ぶ。目の前の光景に唖然としていた兵士達はその言葉ですぐに並び出す。並び終えたのを隊長が確認すると、口を開く。


「45部隊諸君! ここが貴様らが望んだ戦地の拠点だ! 今はここで休憩を取ってもらう! だが、いつでも動けるように鎧は付けとけ! 時間にして3時間後また呼びかける! では、解散!」


隊長の命令で休憩を貰ったが、そこから動く者は少ない。そして、動いた者もどこに行けばいいか分からずにいる。自分達は3時間後には死んでるかもしれない。そんな恐怖で支配される。


そして、もう1つここにきて悩ますものがあった。それは人間を殺すということだ。今まで人を殺す訓練なんかしたことがない。それ故に自分は本当に殺せるのか苦悩していた。


アリアとイヴは近くに空いてるところがあったので、横に並んで座る。そこに会話はない。しばらく沈黙が続いていると前からフォンティルがこちらに歩いてきたのが見えた。


「アリアさん、ローランさん大丈夫でしょうか?」


「ああ、大丈夫だぜ。 フォンティルはどうなんだ?」


「こんなことを言うのもなんなんですが、今すぐ逃げたいですね」


「安心してください。 私もイヴさんも同じ気持ちですから」


「ああ、そうだ。 それにここにいるほとんどの兵士はそう思ってるみたいだからな。 恥じることはない」


「そう言ってもらえると、気が楽になります。 そういえばここが第5防衛ラインに設定されている仮拠点ですよね?」


「ああ、そうだが、何か疑問に思うことでもあったのか?」


「いえ、特にはという訳ではないんですが、ほとんどが平原地帯で構成された第5防衛ラインなんですが、王国は一体どうやって勝利を収めるのかと思いまして……」


フォンティルが頭を悩ませていると、イヴは清々しい顔をしながら口を開く。


「なんだ簡単なことだ。 あたし達は勝てないよ」


「「え?」」


2人の声が被ってしまい、フォンティルは少し恥ずかしそうにする。


「考えればすぐわかると思うけど、軍としての力は帝国の方が上なんだ。 そりゃあ障害物が何もない荒野じゃ力負けするに決まっている。 それに第4防衛ラインが想像以上に早く突破された関係でここにしっかりした戦力が集まってないんだ」


「つまり、ローランさんは僕達は捨て駒ということですか?」


「ああ、そうだ。 他の奴は気づいてないみたいだったが、おそらく今は第6防衛ラインに主戦力を集めてるだろうね。 私達がやるのはその戦力が集まるまでの時間稼ぎさ」


「そんな…… 私達が捨て駒……」


ここを生き残れば未来がある。そう考えていた自分がバカのように感じる。


「で、でも、いつかは撤退命令が出ますよね?」


「そうだな、いつになるかはわからないけど第6防衛ラインに戦力が集まれば撤退の命令が出るだろうね。 でも、あたしからすればこの第5防衛ラインを突破された時点で王国に勝利はないと思うね」


「それはどうしてですか?」


「簡単な話さ。第5防衛ラインを中心とし東は荒野、北から北西が岩石地帯、南東から南西までが森という地形になってる。 他は全て草原地帯さ。 ここまで言えばわかるかい?」


「すいません、私にはわかりません」


「僕達がここを抑えないと帝国に力負けするのですね」


「その通りだ、ここは荒野以外は障害物が多く攻めあぐねるはずだ。 そして、第5防衛ラインの位置から森を攻めるのは愚策」


「どうしてですか?」


「森は王国の方が占領してるスペースと入るスペースが多い。つまり、罠や奇襲、増援などがしやすいのさ。それにもしも帝国が森の方からこの第5防衛ラインを攻めたとしても森での複雑な道を通ることになるからな」


「この森は整備されたりしてないんですか?」


「この森はあまりにも巨大すぎて整備が行き届いてないんですよ」


「そうさ、だからデメリットが大きすぎる今はしてこないが、ここを突破されればそういうわけにもいかねぇ」


「僕達は戦うことに怯えて、恐怖してる場合じゃないってことですね」


「できればそうしたいが、無理だろうな」


「申し訳ありません」


「安心しろ、さっきも言ったがあたし達だって怖いんだから。 でも、覚悟はしといたほうがいい」


2人ともそれに息を呑む。戦うことも死ぬこと嫌だし、逃げ出したい。しかし、ここを抑えなければ王国は勝てない。それを上の者達は軽くみている。そんな状況で恐怖しないものなどいない。


3人は明日が来ることを願い、最後の話になるかもしれないと笑い話し合った。そして、丁度3時間後隊長から集合の合図がかかった。






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