狼煙が上がったり、火葬場の煙突から煙が出たり、火事場が黒い煙で包まれたり。みんなみんなだーれも誰もが、これを煙としてしか見ておらず、誰も彼も煙の真の意味を理解しようとしていない。

 凛々しく自由に撹乱を起こす。

 多分、スランバーヘッズの仕業かも。

 あいつらは自殺を促す謎の集団として、研究所内でも話題になってる。問題にはなってない。それがどういう意味かは、流石にわかってるよな。

 自殺はいいものだ。

 他人を殺さないからだ。

 事故もまた、他人を殺さない。

 死なせるだけだからだ。

 ファーストクラスやや多めの旅客機が墜落し、煙を上げ続けている。山奥なのもあって救助もなかなかやってこない。もう少しで来るかも。

 空はヘリが飛び交ってる。恐らく救助隊じゃない。野次馬根性の腐ったような人間がカメラを構える報道陣のヘリだろう。高く飛んでいるのでプロペラの風圧は全然。音は最上級。

 木々や茂みに隠れながら進んでいけば、まぁ見つかることもない。服もそれなりに考えて着ている。身なりは調査員と言うよりも、特殊部隊気取りのサバイバルゲーマーか、やっぱり脳の腐ったカメラマン。両者ともこの例え聞いたら怒るだろうな。怒ってくれ。その方が人間って感じだ。

 旅客機は黒焦げバラバラ。所々が燃えていて、漂う異臭と黒煙。

 機体に空いた穴からも煙はモクモクと出ていた。とりあえず防煙マスクをつけて、ファーストクラスから物色。

 基本的に調査員は現場に触らない。できれば足跡も残さないようにと言われているが、こういうのは仕方ない。直接的な自殺現場ではなく、不運な飛行機事故現場なのだし。

 ファーストクラスの上質なはずの座席に縛り付けられた真っ黒なやつからも、煙がモクモク出てきている。触れば崩れ落ちそうなくらい軽い音がした。相当な熱だったのか。

 そのままコックピットへ行こうとしたものの無理だった。他の部分と違って、本当の意味で木っ端微塵になっていた。その辺を探せば元人間の炭も転がってることだろう。

 オレンジ色したブラックボックスはどこにもなかった。コックピットが大破した勢いでどっか飛んでいったらしい。今回の目的なのにここでピンチに立たされる。探し物はオレンジブラックボックスであって、その中のボイスレコーダーだ。

 研究所の話では、ハイジャックが起きていたらしい。自殺願望者の集団が何故かファーストクラスを陣取っており、機内食の時間になったあたりで事件が起きたと。恐らくその時にコックピットは占拠され、機長達もやられて。

 こうなったと。

 飛行機の残骸から降りてみると、そこらじゅうに黒いものが転がっている。試しに一つ踏んでみると、小気味良い音と一緒に粉々になった。音と感触がクセになるができるだけ踏むのは避けて、探してみると、見つかった。オレンジというよりも真っ赤に塗られた四角い箱。

 研究所の謎技術でどうにか音声だけ解析する。まぁ全部じゃないけど。

「コックピットには、機長たちのインカムと、コックピットそのものにマイクが取り付けられており、ブラックボックスはこの会話を録音しています。でも私は機長ではありません。おわかりですね?」

 ハイジャックの話は本当だった。

「失うものがない人は怖いって、よく言いますよね。私たちもそんな感じです。変わった性格をした人たちが……まぁ私も含めてですけどもたくさんいますわ、楽しいです」

 まるでピクニック気分だ。初対面同士なのか? オフ会ってやつ?

 自殺サークル関連かも。

「いわゆる無敵の人ってのは、別に全てを失ってからでないとなれないものなんかじゃないですよ〜! 未練を失ってればそれでいいんです。他に失うものがあったとしてもね、未練がなければ失くしたのとおんなじなんですよ。だから私には愛する家族がいますし、他の奴らにも借金やら連帯保証人をやってもらった友人や、結婚を約束した恋人がいる。人ではなく趣味や資産も残ってます。彼らにとってそれらは、少なくとも私からしてみれば失うもののはずなんだが……これが上手いことできてるもんでね……俺にとっての家族と同じように、他の奴らにとって、そういうものに対する未練なんか全部捨てちゃったわけですよ。だから失うものがない。だから無敵なんだ。死んだ後に遺った家族恋人友人借金趣味資産どれも知ったことじゃない。死んだ人たちにはそんなもの無意味なんだ。だからこそ無敵の我々はコックピットをメチャクチャにして、大勢の客と一緒に死のうってわけでございます。ここにいるのはファーストクラスはおろかビジネスクラスはおろかエコノミークラスはおろか車すらまともに持ってない貧相な奴らばっかりでしてね。行くとこないから刑務所のお世話になろうなんて馬鹿なこと言うもんだから連れてきちゃいましたよ。クリスマスやイースターですらお目にかかれなかった七面鳥を今しがた食べたんだがすごく美味しかったですよ。空の上での最後の晩餐が空を飛ぶ生き物の死体ってのもおかしな話だが、みんなの腹の中で、鳥達が一緒に真っ黒焦げになっちまうのも一興ですよ、風流ですよ、エモですよ」

 ジジイの話は恐らくこれ以降も続いてる。下手したら墜落寸前まで喋り続けてたりして。


 狼煙は合図でありただの煙ではなく生きるための印だ。

 火葬場の煙には死者の肉体が乗っている。ただの煙ではなく死者そのものだ。

 火事場の黒煙は凶器であり、ただの煙ではない。火に勝る最悪の窒息殺人者だ。

 スランバーヘッズも同じ。

 煙ではない。

 微睡頭でもなんでもない。

 彼らはすぐそこにいるんだ。

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