通話記録

「かすみって言います」

「かすみ、さんですね。実際のところ、お名前自体は記録されないのですが、それでもよろしいですか?」

「大丈夫です」

「何からお聞きしたらいいでしょうか?」

「助けて欲しいのです」

「助けて欲しい、ですか」

「はい。死ぬことができなくて困っているのです」

「死ぬことができなくて苦しんでいる、ということですね」

「以前、あなた方にお電話をおかけしたことがあって、その時点でアドバイスをいただいたのです。これから飛び降り自殺をしようと思うのだが、何かアドバイスはないか? と」

「はい」

「頭から飛び降りるようにしたらいいですよ、と言っていただいたんです」

「なるほど。それはもう試したのでしょうか」

「試しました」

「それでも死ねない、と」

「そうです」

「ちなみに何度試しましたか」

「六度です」

「六回も? 飛び降り自殺をしたが死ねなかった、ということですか?」

「そうです」

「一番高いところで、どこから飛び降りましたか?」

「恋人が住んでいたタワーマンションの四五階です」

「それでもあなたは死ななかったわけですね」

「そうです」

「四五階から飛び降り自殺をした時、地面には何かクッションの役目をするような物があったのでしょうか」

「何もありませんでした」

「地面にそのまま激突したのですね」

「そうです」

「少々お待ちいただけますか」


 保留。マイクをミュートにする。

 インターネットでタワーマンションからの自殺に関する報道を調べる。

 ヒット。三件。

 一件目。二五階から。

 二件目。三十階から。

 三件目。四五階から。

 いずれも死亡。

 

「相談があるんだ」

「何?」

「今かけてきてる人、例の人かも」

「わかった。相談してくる。直々にチャットがくるかもしれない」

「ありがとう」


 復帰。ミュートを解除にする。


「お待たせを」

「私は今度こそ死ぬことができますよね?」

「それはもう少し事情をお聞きしないとどうにもなりません……四五階から飛び降りたのが最後ですか?」

「いえ、それは五回目です」

「六度目はどちらで?」

「十二階建て雑居ビルの屋上から飛び降りました」

「そして今お電話をかけてきているわけですね」

「そうです」


 通話は継続。

 インターネットで雑居ビルからの自殺に関する記事を調べる。

 ヒット。二六件。

 今年の記事のみでさらに検索。

 ヒット。四件。


「雑居ビルから飛び降りたときから、今までにどれくらい時間が経っているのでしょう?」

「よくは、」


 マイクが拾う硬貨の音が聞こえる。続いて通話継続の音声が流れているのが聞こえる。


「わかりません」


 最新の記事を開く。雑居ビルの屋上から女性が飛び降りた。

 その場で死亡と確認。


 声以外に、マイクが拾っている周囲の音。

 雑踏。話し声。アナウンス。液晶パネルが流す広告の音声。アナウンス。路線を告げる。乗り換え案内。日本語。英語。それ以外。とにかくとても静かとは言えない。

 

「あなたは今、どちらにいますか?」

「私は駅にいます」

「電車に乗るのでしょうか」

「乗った方がいいと思いますか?」

「それはあなた次第です」

「ではその言葉をそのまま返します。あなたが決めてもらえませんか?」

「乗らない方向でいきましょう」

「ありがとう」

「小銭は大丈夫ですか?」

「え、ああ、公衆電話で話してること、バレちゃったんですね、ちょっと待ってくださいね……あ、運が良いことにテレホンカードを持っているようです。これでもう暫くはお話ができそうですね」

「言葉尻を捉えるようで申し訳ないのですが、先ほど「テレホンカードを持っているようです」と仰ったと思うのですが、なんでしょう、不躾な質問をお許しください。自分の物ではない物を持っていらっしゃるのでしょうか?」

「直球を投げてきますね。面白い人です……ええ、そうなんです。テレホンカードや、カードを入れていたバッグも他人の物です。着ている服も、履いてる靴も、そうですね……自分の好みとは少々違うのが不本意ではありますけど、確かに他人の物だった物になります」

「あなたはそれを丸ごと強奪か何かでもしたのでしょうか?」

「有り体に言えば……そうなります」

「では、強奪の被害者はどちらに?」

「ここで電話をかけています」

「あなたがそう?」

「持ち物だけではなく、体も全て私の物になりました」

「少し質問をさせてください。あなたは持ち主の体を、持ち主ごと、全て乗っ取ってしまったという認識でよろしいですか?」

「そうです」

「あなたは今まで、六度、自殺に失敗したとのことですが、自殺は、体を乗っ取ってから行ったのですか?」

「そうです。それでも死ぬことができず、目が覚めたらバスの中にいたり、火葬の説明を私の遺族に説明し終わった直後であったり。車を運転していたり、普通に画面に文字を打ち込んでいる途中だったり、エレベーターで恋人と高層階に上る途中だったんです。チャンスはそこら中にありました」

「度々すみません、少々お待ちいただけますか」


 保留。


「メール、来た?」

「いや、まだだよ。どうした?」

「例の人じゃないかも」

「どうして」

「例の人って、不死身の体を持った人だよな」

「そうだね」

「今の人、体が変わるらしい」

「入れ替わり的な?」

「そうだ」

「じゃあ例の人じゃないね。報告してみるよ。できるなら、もう少し話を続けてほしい」

「わかった……ああ、たぶん、今の人、別の研究所にも電話をかけてるらしい。似たような記録が見つかったらよこしてくれ」

「了解」


 保留解除。


「どうもお待たせしました……話を続けますね。すると、死ぬチャンスはどこにでも、いつでもあったという事ですね」

「そういうことです」

「それなのに死んでも死んでも死ぬことができず、別の人間になってしまっていると。そうすると……今こちらに電話しているあなたは、別の人間になって電話をかけているという事ですね」

「そうです。もうスッパリと言ってしまいますが、私の体ではないわけです」

「なるほど」

「何をしたっていいわけです」

「あなたではない、見ず知らずの他人の体なわけですから、まあそう考えるのも無理はありませんね」

「私の体が完全に死亡したものとして処理されているところを、最初に乗っ取った火葬場の職員の目を通して、見たのです。私の肉体はどこにもありません」

「乗っ取った状態で死んだらどうなりますか?」

「肉体は元の持ち主と一緒に死んで、意識が近くにある誰かの中に入り、乗っ取りに成功したことになります」

「その時にはもう、体はあなたのものになっていて、元の体の持ち主の意識は全く出てこない、というわけですか」

「そうです。元の持ち主が持っているすべての記憶を共有し、私は自分の立場を理解して、所有している物を使って自殺に挑むわけです」

「そしてそのどれも失敗している、と」

「はい。いい加減助かりたいのです。私が幽霊として存在を維持できれば、お祓いなどで無理矢理成仏させることも、できなくはないでしょう。しかし、死んだ瞬間にどこかの誰かになってしまうんです。私はもう死ぬことしか目標になくて、死ぬこと以外に一切の興味がないんです。久しぶりにインターネットやテレビやラジオに触れました。連続自殺という言葉が飛び出してきて、明らかにそれは私のせいなんです。警察は警戒するでしょうし、第一に、屋上や高層階へのアクセスが規制されてしまったらと思うと」

「なるほど……飛び降りについてはまたの地ほど検討しましょうか。リストカットや首吊りは試しましたか」

「いいえ……苦しむのが怖いんです。その先に死があるとわかっていても」

「苦痛を味わいたくはない、ということですね」

「わがままだとは思っています」

「いえ、そんなことはありません。死にたい気持ちはあっても、痛みは感じたくない、というのはごく自然なことです。もう少々お待ちいただいても?」


 保留。

 メール一件受信。


「報告ありがとうございます。

 確認したところ、他支部にて同様の電話を受け取っていたという記録がありました。いずれも「死ぬことができない」「別人になっている」といった内容も確認できました。ただ、いずれも相談者自身がパニック状態に陥っていたなどの理由から、通話が切られてコンタクトが不可能だったとのことでした。

 また、連続飛び降り事件を確認したところ、一つ関連事項がありました。

 今回の事件における自殺者は、自身の自殺以前に、別の場所で自殺を目撃しているようです。

 要するに自殺を目撃した人間が、その後同じように自殺をしており、その連鎖反応が続いている、といった感じです。

 自殺の報道がそれほど大々的にされていないこともあり、当初世間一般では、それほど推測も飛び交ってはいなかったのですが、既に「連続」と名が付いているように、自殺事件それぞれが関連しており、自殺の連鎖が続いているという状況も認知されつつあるようです。

 現在まだ電話が繋がっているようであれば、志願課への誘導も含めて、研究所へご案内をお願いします。

 事件としてこれ以上発展した場合、大規模な集団自殺事案の発生も懸念されるようになります。一度当研究所にて、自殺の完遂も含めた措置を執りましょう」


 保留解除。


「お待たせしました。まだテレホンカードに余裕はありますか?」

「ええ、大丈夫です。十分に」

「何度も死ぬという経験、かなり恐怖だったかと思われます。これ以上、死ぬことができないという状況に陥るのは、我々としても、私個人としても胸が痛むものです。ですので、一度こちらの研究所にお越しいただくことは可能でしょうか? 現在の場所を仰っていただければ、こちらでお迎えに上がりますので」

「いいのですか?」

「ええ。先ほどこちらでも、あなたが他の研究所にお電話をいただいていたことを確認いたしました。死んだはずなのに別人になってしまっていたこと、火葬場で自分自身の火葬を目の当たりにしたことなどからしても、精神的な苦痛は想像もつかないものだったと思います。その苦痛を、当研究所で解消できればと考えています。これ以上死ねないという苦痛の連続も、こちらで断ち切らせていただければと思います。いかがでしょう?」

「ぜひ。場所をお伝えしますね」

「ああ、いえ、こちらのお電話口ではご相談のみの連絡となり、記録が一切残らないようになっておりますので、これより別の窓口へお繋ぎいたします。すぐに繋がりますので、今現在、あなたがいらっしゃる場所をお伝えください」

「ありがとうございます、本当にこれで死ぬことができるのですね」

「左様です。苦痛が続くことはございませんので、ご安心ください。それではお繋ぎいたします」


 保留。

 転送完了。

 通話終了。


「お疲れさま」

「苦労したよ」

「志願課、荒れそうだな」

「一人や二人死ぬかもしれん。あそこばっかりは人がいくらいても足りないね」

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