018『宴:邂逅』
社の裏手、少し高い所にある岩棚へと降り立った。
そして、腰につるしたランプを取り出し火を消した。
「……」
対岸からは死角になっていて気が付かなかったが、この下……社よりもさらに下の南側には神社の本殿裏から延びる道がある。その道はこの渓谷の西の端の崖に続き、崖の割れ目を通って階段で上に通じている様だ。いくつものしめ縄のついた鳥居も見える事からこの道は恐らく黒穴へと通じている様だ……。と言う事は……当然アレがいる……。
建物の陰になっている闇の中に蠢く青白い物体。
ふらふらと生気無く、身体を揺らし歩いている。
〝アマヌシャだ!〟
私は思わず身を伏せた。
――成る程、セイラは神社の前でこいつに襲われたと言っていた。ここを通って来ていたんだな……。それにしても……。
数、増えて無いか……? 墓所で以前見たときには確か六体前後だったのに、今、足元にはすでに十体くらいアマヌシャがいる……。暗くてよく見えないが何やら薄い生地の白い服を着ているのが増えた様だが……。
元々姿を潜めていたのか、黒穴から這い出してきたのか知らないが、これはちょっと不味い気がする……どこかで何かが起こってるのか?
これは見つかれば、只ではすまんな……。
私はにじり寄る様に後ろに下がり、そして、音を立てない様に岩棚から社の方へと降りた。
社の北側を通り正面へ回り込む。
そこへ、風に乗って本殿の方から祭囃子が聞こえてきた。
石段脇の石灯篭の陰から、そっと本殿を覗いてみる。
宴……眩いばかりに明かりの灯る建物の襖は全て開かれている。皆は車座になって座り、豪華な料理と酒が振舞われているようだ。
軽快に打ち鳴らされる太鼓と笛。歓喜の籠った囃子声。人々は手拍子を打ち、大声を上げて笑い合う。
踊りを踊る大人たち。駆け回る子供たち。すでにお眠になったのか座布団に丸まっている子供も見える。
杯を酌み交わし、互いの背を叩きあい大声で笑う。料理が次々と運ばれてきて女性たちもそれに加わる。
――本当に楽しそうだ……。この静かな暗い村の中で、ここだけが別世界に見える。
不意に一つを理解した。恐らくこの光景を守る為この村は存続している……と。
しばし、呆然とこの光景を眺めてしまった……。
〝キュッ!〟
突如、社の方から床を踏み鳴らす音が響いた。
〝シャン!〟 続いて鈴の音。
シュルシュルと衣擦れの音。風を切る音に軽快な足音……。
まだ幼い少女の声……清らかに、たおやかに響く。
「ひと、ふた、み、よ……いつ、む、なな、や……ここの、たり……ふるへ、ふるへ、ゆらゆらとふるへ……ふるへ、ふるへて、みたまをみたす……ふるへ、ふるへて、そのみをかえす……ふるへ、ふるへて、よみがえらん……」
――これは古代神道の魂振りの呪言だ……。現在でも宮中や物部神社で行われる鎮魂祭で謳われる物に似ている。既に失われた十種神宝の名前を唱えながらこれらの品々を振り動かせば、死人さえ生き返るほどの呪力を発揮するといわれている。
私は急いで社の壁に拠り地面に伏した。
トンッ! トントン! トンッ! トントン! シャン! 床を踏み鳴らし鈴が鳴る。
――舞を舞っている様だ。
地面を這い縁側に手を掛け、社の開いた襖から中を覗き見た。
そこには……
優雅に舞い踊る白い蝶…………。
僅かに照らす蝋燭の明かりの中、腰まで伸びる白銀に輝く真っ白な髪を後ろで一つに束ね、白衣に赤い袴の巫女装束に身を包み、右手には神楽鈴、左手には榊……。細い切れ長の目に憂いを含み、肌は白磁のように白くきめ細やかな十二歳前後の少女の姿。
――これがマヒト様……。
〝シャン!〟
しなやかに、のびやかに、……弧を描くように振られた鈴が鳴る。
〝シュッ!〟
力強く振られた榊の葉から水滴が光の粒となって舞い散った。
腰をかがめクルリと回る……伸び上がりながらクルリと回る、〝シャン!〟
両手を広げて逆回転 〝シュッ!〟 トンと小さく床を蹴り、回転しながら舞い上がって弧を描く。〝シャン!〟
着地と同時に身をかがめその場でクルクルと二回転。〝シャン!〟
揺らめく蝋燭の明かりに照らされて、蠱惑的に、幻想的に……。
歓喜に満ちた少女の声が紡がれる。
「ひと、ふた、み、よ……いつ、む、なな、や……ここの、たり……ふるへ、ふるへ、ゆらゆらとふるへ……ふるへ、ふるへて、みたまをみたす……ふるへ、ふるへて、そのみをかえす……ふるへ、ふるへて、よみがえらん……」クルクルと回りながら紡がれる……。
……すでに目が離せない……魅入られる。まるで魂を抜かれたかの様だ……。
クルクルと小さな少女が舞い踊る。大きくそして小さく。時に早く、時に優雅に……。〝シャン!〟
いつまでも見ていたい……素直にそう思った……。
…………。
「そう、まじまじと見られると照れるのじゃ」いつの間にか、社の板の間の中央に小さく伏した少女が声を発する。
「……」――あれ? もしかして……。
「良く参られたな、浅見殿」そう言ってこちらを向いて破顔する。
――ち、バレてたか。
「そのような所におらず、ささ、ここに来るのじゃ」そう言って、マヒト様は社の奥に向かって歩き、敷かれた座布団を叩いた。
――仕方ない。
私は立ち上がり、そのまま縁側に上がり込み声を掛けた。
「あんたがマヒト様か」
「左様、我名はマヒト……幾万の日々を経た人、〝万日人〟 と書く」そう言いながらマヒト様は社の奥に敷かれた畳の上の座布団にちょこりと座った。
――変わった名だ……。神職名だろうか?
「……じゃが、こう言った方が判り易いかの、仏教に帰依しておった時に使うた法名 〝八百比丘尼〟 と……」
「……」私は思わず声を失った。
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