Cp.04 月灯り
―――アンタが欲しい。月光症だからこそ活きる人材として・・・―――
月光症だからこそ……?そんな仕事、今の採掘以外にあるのだろうか?
「月光症だからこそ活きるって、つまり暗闇での仕事ってことよね?」
「まぁそうだな」
「やっぱり。結局、日の目を見ない汚れ仕事ってことでしょ」
今までも理解していたし、言葉にしてなお馬鹿馬鹿しく、惨めな気分になる。
”日の目を見ない”
見ないんじゃなくて、見れない体のくせに……。
鼻の奥が痛む、目頭が熱を帯びる。ああ、馬鹿。センチになってどうする。
今まで、誰も信用してこなかったでしょう。光なんてずっとないままだったでしょう。真っ暗な洞窟の中で、泥に汚れながら石を掘り続けて生きてきたでしょう。
”モグラ”という言葉に
口の中で小さく舌打ちの音がする。
「汚れ仕事には違いないかな。さっきも少し言ったけど、貴族の屋敷に押し入って情報を聞き出したり、金品を盗っていくような無法者集団だからな」
男はなんでもないことの様に
「けど、それは目的があるからだ。」
「目的?」
「そう。目指すもののためには金がかかるからな。そのために悪徳貴族がこしらえた黒い金なんかを頂戴してるんだよ。そういう金だったら心も痛まないしね」
男はからからと笑う。
「まじめに働いたりとかしないわけ?」
「出来ればやってるんだけど、そういう環境がないんだよね。俺たち、全員はぐれ者だし」
はぐれ者。ひどく親近感のある言葉だ。
「早い話、つま
信用はしない…つもりだったのに、とても魅力的な言葉だ。はぐれ者。つま弾き。身に覚えのある言葉にシンパシーを
「私みたいな人間がいるってこと……?」
「夜目が利く奴はいないけど、はぐれ者ってくくりなら、そうかもな」
「そう……」
腕の力が緩む。危うくに銃を落としそうになるのを、かろうじてとめた。はぐれ者だらけの集団。たったそれだけの理由で他人を、この男を信用していいものだろうか。
いや、思い出せ。自分が受けてきた仕打ちを。血のつながった親にすら売り飛ばされた過去を。自分以外の人間など信用できるものか。
……けれど――――――
「……あなたのスカウトにのったとして、私の身の安全と、人としての待遇は保証されるの?」
「もちろん。言ったろ、“俺たちに用意できて、なおかつアンタの求めるメリットなら、保証はする”ってさ」
男はどこか誇らしげに言う。それを当然としていること、そしてそれをやってのけるのが、自分たちの
この男の話を断ってここに残ろうと、自分一人でどこかへ逃げようと待っているのは地獄だ。
「わかった。あなたの話を受けるわ」
「おお!よかったぁ~。ずっと
「ただ、話を受けるにあたって一つ条件がある」
「条件?」
「そう」
「待遇の話とは別にってこと?」
「そうよ」
「待遇と別ってなると、報酬や生活以外にものを
男の雰囲気が、先ほどまでの
「あら、察しがいいのね」
強がった声がやや震える。背中には冷や汗がにじんできた。しっかりしろ。引き下がるな。自分のこれからのためにも、この条件だけは外せないのだから。
銃を握る手に力をこめる。
「俺たちも物資に余裕があるわけじゃないんだけど」
「別に贅沢がしたいってわけじゃない」
「じゃあ何が欲しいの?」
「今私が握っているこの拳銃。これを肌身離さず持たせてほしい」
「は?」
「この条件を
「ちょ、ちょっと待って!……条件ってそれだけ?」
「そうよ」
「本当に、それだけ?」
「え……そうだけど……」
それだけ?
男が拍子抜けしたような声を出すので、こちらまで戸惑ってしまう。決死の覚悟で提示したつもりだったが、男にとっては大したことではなかったようだ。こちらが答えて数秒、男は固まっていたが、突然大声をあげて笑い始めた。
「あっはっはっは!まさか、拳銃一つ
「な、なにが
「いや、わるい。銃は俺らのアジトに戻ったら渡すつもりでいたからさ」
そうだったのか。“条件”、なんて言った自分がバカみたいじゃないか。
「それに、もの凄く
「う、うるさい!丸腰の私からしてみれば大切な武器なのよ!!」
「ああ、そうだよな。すまない、配慮が足りなかった」
顔から火が出そうとはこのことか。恥ずかしい気持ちに、顔じゅうが熱くなる。冷水に顔をつっこみたいほどだった。
「ま、そのくらいなら叶えてやれる。条件を呑むよ」
安心してため息が漏れる。
「で、正式にスカウトを受けてもらえるってことでいいのかな?」
「ええ。ここにとどまるよりは幾分かマシな気はするしね」
「よし!なら早いとこ移動しよう。俺から見れば、ここは敵地なんでね。あまり長居はしたくない」
「分かった」
銃を握ったままで男に近づく。それでも、一定の距離は保ったまま、移動するなら案内してと、銃口を振って男を促す。
「荷物とかはいいの?持ってくものとか、着替えとか……」
「そんなものがあるならこんな身なりはしてない」
男は頭から足先まで私の姿を見ると、わるかった、と
「じゃ、行こうか。合流地点はさほど遠くないが、ちょっと入り組んでるんだ。見失わないようについてきてくれ」
そういって歩き出す。私も距離を保ったまま、その歩調に合わせて歩き出す。
5年間、一度も出られなかった洞窟からこんな形で出ることになるとは、夢にも思っていなかった。油断はできないけれど、それでも私の心は少なからず躍っていた。
いつも見張りが立っていた、寝床からは離れた場所にある洞窟の出口。出口から差す光を、いつも暗闇の中から遠目に眺めていた。けれど、いつしか眺めることも
その私が、光の下に出る。
倒された見張りの横たわった体を視界の端にとらえながら、男の背中に焦点を当てて出口を出る。
外に出ると、全身が月光の下にさらされる。
「まぶし……」
真夜中でも常人の日中と同じくらいに光をとらえられる月光症の自分。およそ5年振りの完全な屋外。月明りはまぶしく、その周囲にちりばめられた星たちの僅かな無数の光たち。
歩く足が止まる。無意識のうちに私は
ああ、そうだった。長いこと暗闇の中にいて忘れていた。手足だけじゃなく、心まで土砂で汚れて見えなくなっていた。
光は、こんな色をしていたのだった。
そして、こんなにも温かいものだったんだ……―――――――――。
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