3,理想と現実は噛み合わない

今日は土曜だ。

学校はもちろん、珍しい事にバイトもない。

両親は共働きで、家には妹がいる。

妹の名前は海馬 雪華かいま ゆきか

今年で十三歳になる中学一年生だ。

反抗的でかなり生意気だが、ルックスだけは天下一品だ。

(なんかむかつくな。なぜ兄弟間でこうも違うかね)

「「ガチャ!」」

「おにぃー、そろそろ起きてってば!」

「起きてるっての。それとノックくらいしろっていつも言ってる」

「あ、ごめんごめん。忘れてたわ」

「世の中忘れてたじゃ済まないこともあるんだぞ」

「あーはいはい」

「返事をきちんとしろ」

「もーうるさい!おかあじゃないんだから」

「そういや、かあさんはもう行ったのか?」

「まだだよ、今日は昼前出勤だって」

「まだいるのか」

「それより、おかあが朝飯作って待ってるよ。早く降りてきなよ」

「わかったわかった」

「返事はきちんとするんじゃないの?」

「あー、そんなことも言ったっけな」

部屋を出て一階に降りると、母が朝飯(昼も近いが)を出してくれた。

それを食べながらまったりテレビを見ていると。

「「トゥルルルルル……ブー……トゥルル」」

(春道から電話?何の用だ?)

「もしもし、どうした春道」

「いやなんてことはないよ。遊べないかなって思っただけだよ」

「それが、そろそろお誘いが来ると踏んでいたんだなぁー」

「お、さすがだな!」

「何時にどこ集合にする?」

「んー。駅前とかどうだ?」

「そうだな、時間は今から準備して到着までのこと考えて……。正午でどうだ?」

「そうするか!じゃあ十二時に駅前な!」

「りょーかい。じゃあな」

「じゃあなー」

電話を切ると空になった食器を下げて、シャワーを浴びた。

(十一時か。かあさんはもう行ったな……。)

「「きゃあああ!」」

突然の悲鳴に泡を食って飛び出す(裸)。

すると、目の前では、雪華が首を掴まれ持ち上げられていた。

「嘘だろ、おい。こんな時間に強盗なんてありかよ」

犯人は黒尽くめで背が高く、一際架台がいい。

しかも右手にはナイフ、他に持っている武器はないとも言い切れない。

なんせ今はキッチンを盾にしている。包丁を取り出して、とりあえず対抗心を見せるが、膝の震えは止まらない。

「強がるのはやめときな。あんたこいつの兄ちゃんか?こいつは俺を弄んだんだ。殺されても文句はねぇはずだぞ」

「お、お、俺のい、妹が何をし、したっていうんだ」

「ハハッ、声まで震えてんじゃねぇかよ。まあいい、説明してやるよ。こいつは俺と付き合ってたのによォ。突然、俺の脛を蹴って逃げて行きやがったんだよ。なあわかるよなァ。どうなるかくらいよォ」

「たす……けて。おにぃちゃ……ん」

(くそ、くそ、くそぉ!どこまで世話の焼ける妹なんだよ!助けられる確率は低いというかゼロに等しいじゃねぇか)

「と、とりあえず妹を離せよ」

「あ?てめぇ誰に口聞いてんだよ。この状況わかってんのか?」

「離せっての」

「は?離せと言われてはい、そうですかとはならねぇんだよ!」

(ですよねー。百も承知でした。)

「じゃ、じゃあお前を殺して俺も死ぬ!」

「はっ!おもしれぇじゃねぇか。やってみろよ」

(え、まじか。これはやるしかない。雪華だけでも助かればいいか。この世に未練なんて……。)

「「うあああああああ!」」


グサッ!


何かを抉る音と感覚が残った。

(うっ、痛い……。あいつのナイフが刺さったのか。俺の包丁は……。)

「「なっ!」」

あいつは雪華を盾にして、自分を守り、俺を刺したんだ。

ということは俺が自分の手で雪華を……。

うっ、痛い。痛すぎる。

あいつが何か言っている。

「恨むなよ。あんたらが悪い……」

最後まで聞き取れなかった。

視界が霞み、聴覚が失われ、微かな嗅覚が血の匂いを汲み上げる。


死ぬのか……。


その時、閉じた瞼の奥から細々と淡い光が差し込むのを見た。

なんだ、この光……。

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