挿話4

 井上には分かったことがある……彼らは大島の弟子に他ならないと。

「危険だ。彼らを取り込むということは、第二、第三の大島を生み出すのと同じだ……だが、そんなリスクを恐れて手を拱くなど、看板に鬼に勝つと刻んだ我々にとって許されることだろうか? ……許されても良いだろう。あいつら鬼というよりも悪魔だから」

 井上は二十万円を越える領収書にすっかりと心が折られていた。

 当然、こんなのが経費と認められるとは思えず、妻の激怒する顔が脳裏に浮かび身震する。


 櫛木田、田村、伴尾の三人はいい。彼等は井上にとっては確かに中学生としては桁外れに腕も立つが所詮は子供だ。助平で扱いやすいところも、まるで自分の子供の頃がそうであったかのようで共感出来、好感も持てる。


 だが問題は紫村、そして高城の二人だった。

 二人の腕前は、桁外れも桁外れであり異常の二文字が似合うほどで、鬼剋流三段の中に彼らに勝てる者がいるとは思えなかった。


 だがそんな事は良い。腕が立つ若者を門下生として受け入れる事は鬼剋流としても望むところである。

 問題となるのは頭の切れ。共に子供とは思えないレベルであり、鬼剋流の頭脳を自認してきた自分が良いように扱われてしまったことに恐ろしさすら感じる。


 彼らに比べたら自分などは井の中の蛙というか、馬鹿の村の賢人だった井上は自覚する。

 そして性格は、まずは容赦が無い。そして恐ろしいほど狡猾だ。大島さえも利用し自分を挑発して状況をコントロールした高城に、鬼剋流の裏のことまで調べ上げて平然と大人を脅迫した紫村。


「本当に彼等は中学生なのか? 嫌だあんな中学生」

 井上は五十歳を目前にして中学生相手に泣きが入る。

 彼は鬼剋流の幹部としては常識人過ぎた。常識人では非常識人に勝てるはずが無かったのだ。


 後日の幹部会により、井上は中学生に一泡吹かされたと笑い者になっていた。幾ら真面目とはいえそこまで委細漏らさず報告書にまとめるかと、また井上は笑われる。それが井上の罠だとも知らない者達によって。


「ならばあなた達も試しに、彼等と手合わせしてみるが良い」

 口元に挑発的な笑みを浮かべながら話す井上に、脳筋幹部ちゃん達は簡単に釣られる。

「じゃあ、来週は俺が行く!」「いや俺が」と俺が俺がと爆釣に、自分で仕掛けておきながら『この馬鹿ちんどもが』と頭が痛くなる井上。

 空手部では土曜日は焼肉の日となり、先に犠牲となったものは自分の共犯者となり、更なる犠牲者を生み出し続けて全員が犠牲者となるまで連鎖は止まらない。

 そんな未来を思い井上はほくそ笑む。


 一方、井上からの報告書にはない報告を受けた総帥は、彼等の財布が軽くなってしまうだろうという話に、言わんこっちゃ無いと溜息を漏らした。

 だが鬼剋流の将来を考えると本気で頭が痛かった。

「上級と下級の2階建ての組織運営とは……」

 面倒臭さに溜息が漏れる。昔のころの様にひたすら己の求める武のありかたを追い続けるだけの日々が懐かしいのだった。

「昔のように、一人で山に籠もって修行がしたい……」

 老人の悲しい呟きが零れ落ちた。

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