6 しかし一筋縄ではいかないのです。

おもわぬ最強の味方、母を手に入れて心の中でガッツポーズを作る私。



「ジャスティーン! 何を勝手に決めてるんだ。許さんぞ、私は反対だ!」



こちらに傾いた攻勢に水を差すように父が叫んだ。顔はまだ青白いままではあるが、なけなしの勇気を振り絞ったようだ。

父があの母に口答えするとは。父は恐れを知らないのか、いや知っているはずだ。あの母と結婚した父なのだから。そこまでして阻止したいか。


ギリ、と歯噛みする私をちらりと一瞥して母は父に向き直る。

真正面に母を見ることになった父は「ひっ」と小さく身震いして、より一層青冷めた。

巷では「血も涙もない仕事の鬼」とか「冷酷の代名詞」とか呼ばれている宰相様が形無しである。


母を真正面に見据え、ガタガタ震えながらも父は再度言い放つ。



「私は反対だ。第一この家の家長は私だ。全ての決定権は私にある! ジャスティーンがでしゃばるんじゃない!」



一息にそう言い放った。私も兄も思わず絶句する。

なんと恐ろしいことを。母相手にここまで啖呵を切るなんて。父は命が惜しくないのか。


いや、よく見たら顔が「青白い」を通り越して白くなっている。

あれは相当覚悟して放った台詞だということか。

いつもの冷酷な父の威厳の欠けらも無い。狼の前で震える子羊そのものだ。


父の執務室に緊張感が立ち込める。

そんな中、実質のこの家の最高権力者は哀れな震える子羊──もとい父を見て微笑むと、ただ一言。



「あなた。少しお黙りなさい?」

「はい! 生意気言ってすみませんでした!!」



母のひと睨み……いや、ひと微笑みに対し、父は直ぐに土下座した。

見事な玉砕、完敗である。

土下座したまま微動だにしない父を見て満足気な表情を見せる母。


やはりこの家の真の権力者は母だな……とゼノール兄様と頷き合いながら再確認する。

お母様には逆らってはいけない。

それが我が家、ユースティア公爵家における不文律である。


震えながら土下座を続ける父を尻目に、母は再び私の方をむく。何事かと身構える私に対して、頬に手を当てておっとりした声音で母は告げた。



「でもねぇ、シャイリーンちゃん。お父様の言うことも一理あるのよ。今はまだ王子殿下から婚約破棄を一方的に告げられただけでしょう? まだ正式な婚約解消には至っていないのよね? それならまだシャイリーンちゃんは王子の婚約者のままよねぇ? それなら正式に発表されるまではシャイリーンちゃんは出ていくことは許されないわね~」

「うっ……」



痛いところをつかれた。確かに今の段階ではまだ一方的に王子が婚約破棄したいと言い出しただけの段階であり、正式な婚約破棄には至っていない。

その段階で私が家を出れば、公爵家はいわれのない醜聞を背負うことになる。

だから私は穏便に交渉を進め、私が家を出ることを許してくれるように説得しようとしたのだ。



「シャイリーンちゃんが家を出ること自体、私は反対しないわ。自立することはいい事だもの。エクソシストとして活躍してくれれば私も誇らしいわ~。でもそれとこれとは別よね? シャイリーンちゃんは賢い子だもの。私が言ってる事の意味は分かるわねぇ?」

「事を起こした責任を取れと、そう仰っているのですよねお母様」



確認するように問いかければ、お母様は何も言わずにただ艶然と微笑んだ。

やはりそういうことになるのか。母もユースティア公爵家の者。なかなか厳しい条件を出してくるものだ。


今回の騒動、婚約破棄はどう足掻いても公爵家にとっての恥となるだろう。汚点といってもいい。

このような損害程度で揺らぐほどユースティア公爵家は脆弱ではないが、公爵家にしても貴族の矜恃というものがある。


つまり平たくまとめると母は、「きっちりと決着をつけてから家を出ろ」と言っているのだ。

王子と話をつけ正式に婚約破棄をし、そもそもこの婚約を決めた国王を説得しろ。それが母の言い分であろう。

理にかなっているし、納得もできる。


しかし国王の説得となるとかなり難しいかもしれない。

私は自分で言うのもなんだが随分と国王に気に入られていた。最近では会う度に「もうすぐ孫の顔が見れると思うと楽しみじゃのぉ~」とにこやかに言われるくらいだ。

果たしてどう説得に持っていけばいいのやら。


うんうん考え込んで唸る私に母は救いの手を差し伸べた。



「何もあなたに全てを押し付けるわけじゃないわよ~? 今回の件は完全にあちらの都合ですもの。国王の説得と我が家が被る損害に関してはそれを十分補填するくらいにお父様がしっかり搾りあげるはずですもの。ねぇあなた」

「はい。張り切って仕事をさせて頂きます。身に余る光栄。是非お任せ下さい!」



恐怖のあまり、ついに母に向かって敬語を使い始める父。

そろそろ可哀想になってきた。母、いい加減に普通の対応してあげて……。全部丸投げじゃないですか……。

にこにこと微笑む母に対し、ガタガタ震える父。

そんな父を完全に無視して、母は私に条件を出した。



「明日、丁度フィールメイア公爵邸でのパーティにお呼ばれしていたでしょう? そこでアラン王子殿下と話をつけてきっちり婚約破棄すること。いいわね~?」




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