第38話◆謁見


 ――帝都レドナス。

 そこは、王都エルドラドや、エレニアンネ桜国街とは違った雰囲気があった。

 エルドラドの建物は基本的に白い外壁が多く、エレニアンネは完全に木造のツリーハウスのような物が多かったのに対し、レドナスは木や石で出来た建物などが多くを占めていた。

 雰囲気が統一しておらず、視界がうるさいのだが、これが細かいことは比較的気にしないと言われている、獣人族の臣民性なのだろう。


「ソータ! もうすぐ夜だし、宿を取りに行こうよ!」


「そうだな」そう言って、ローナに目をやると、彼女は目をキラキラさせていた。


「どうした?」と声を掛けると、ローナがポツリと「かわいい……」と言っていた。視線の先には、オープンテラスになっている酒場でウサギ耳の女性がワインを飲んでいた。


「獣人を見るのは初めてか?」と聞くと「はい! 皆さん、とってもかわいいんですね!」と元気に返してきた。

 確かに女性には、かわいいと言っても特に問題はないのだが、あれが獣人の男性であれば、かわいいと言われると怒るらしい。

 いずれも屈強な戦士が多いため、見た目や喋り方だけでかわいいと言われると腹を立てるのだ。


 気を取り直して、宿へ向かう。近くを歩いている獣人に声を掛けて教えてもらうことにしたのだが、付いて行った先は中々良い宿のようだった。

 すると、獣人の男性が手を出してきた。

「なんだ?」と聞くと「案内したんだから金を渡すにゃ」と言っていた。そういう国って事か? と思って、銀貨を5枚渡した。日本円で換算するとおよそ500円程度だ。


「おぉ、結構くれるにゃ! ありがとにゃ!」と言って、彼は走り去って行った。

 何ともかわいらしい喋り方だが、彼は男だ。



 ――宿屋。

 黄色い外壁に茶色い木造の扉を開くと、店主と思われる熊耳の男性が両手を開いて話し掛けてきた。

「ようこそ! 冬眠亭へ! だクマー!」

 熊が両手を挙げるのは身体を大きく見せる威嚇のポーズな気がするのだが、気にしないことにした。


「一泊したいんだが、部屋は空いてるか? 三部屋で頼みたい。空いてなければ二部屋でいい」と言うと、三部屋に案内された。


 いつぞやのように、ソータの部屋へ集まるクレリアとローナ。

「明日の朝は早速、お城に行くんだよね?」


「あぁ、そのつもりだが……入れるかどうか。それが心配だ」というと、楽観的なクレリアは「大丈夫!」と言っていた。

 理由を聞くと「アリス女王様から親書を預かったでしょ? それを門番に渡せばいいのよ!」と言っていた。


「おい……何のために親書を各国の首脳陣に渡すよう仰られていたか忘れたか? 門番に渡したところで、親書が皇帝陛下の手元に渡るのには時間が掛かる。それに、俺たちは謁見出来ない可能性がある。だが親書の内容によっては、俺たちの説明が必要になってくるかもしれない。つまり、俺たちが謁見出来なければ、親書の返事が真逆になる可能性もあるわけだ」


「え、そうなの? ……じゃあ、どうすればいいのよ!?」


「それに困っているから、頭を悩ませているんだ」



 ―― 一方、レドナス帝国城。玉座の間。


 紫色のカーペットに片膝を付き、頭を下げる猫耳の兵士。

「皇帝陛下! お耳に入れたいことがございますにゃ。発言の許可を求めるにゃ!」


 奥には大きな玉座とそれより一回り小さい玉座が並んでいる。

 大きな玉座に皇帝が座り、その隣には皇后が座っている。


「……許可しよう。面を上げよ」


「感謝申し上げるにゃ! 商人サム・ヴェラード殿が先ほど帝都へ到着しましたにゃ!」


「それは誠か!? ではワインを持ってくるがよい」


「申し訳ございませんにゃ! その積荷のワインが……街道で襲われ、全てダメになってしまったそうですにゃ!」

 再び頭を下げる兵士。


「なッ……! どこの山賊だ!!」


「山賊ではございませんのにゃ! やったのはグラディエーターですにゃ!」


「エルドラドのグラディエーターだと!? ……何のつもりだ、あのジジイ……!!」皇帝陛下は自身の肉球を握り締める。


「はいですにゃ! サムの話によると、サモン・シールダーというハンターチームのリーダーであるソータ・マキシという男が助けてくれたそうですにゃ!」


「ソータ・マキシ……? あの練成学院の首席合格で首席卒業したというあの天才か……?」

 練成学院のトップは世界中で認識されているが、一国の主である皇帝も知っているようだった。


「ここからは明日、サム・ヴェラード殿本人を、皇帝陛下の御前へ参らせようと考えておりますにゃ! 許可を頂けますでしょうかにゃ?」


「よかろう。明朝、サム・ヴェラードをここへ連れて参れ。事の顛末を話してもらうことにする」


「かしこまりましたにゃ! 早速、連絡を取りに行きますにゃ!」猫耳の兵士が立ち上がり、敬礼をして玉座の間を出て行った。



「アナタ……あのワインがそんなに飲みたいの?」皇后が口を開く。


「うむ……あれがワシの唯一の楽しみなのだ。ワシの楽しみを奪ったのがエルドラドのグラディエーターだと分かればエルドラドとの貿易も考え直さねばなるまい……!!」


「はぁ……」皇后は呆れていた。たかが酒の為に、強大な王国との取引をやめる必要性を感じないからだ。

 ワインはエレニアンネ製で、輸出されているワインの実に半数以上を高額でレドナス帝国が購入。それを更に国内で販売しているのだ。

 サム・ヴェラードが皇帝に認識されていたのは、彼がレドナス帝国へワインを届ける責任者の一人だからだ。レドナスでもかなり重要な人物の一人である。



 ――翌朝。


「うぅ……何も考えが浮かばなかった……」目の下に隈を作ったソータはそう呟きながら、宿の外にある井戸で顔を洗う。


「あ、ソータ! おはよ!」朝っぱらからとても元気なクレリアが宿から出てきて声を掛けてきた。「おはようございます、ソータさん」


「おはよう、二人とも。朝食を摂ったら早速出発するぞ」そう言うと、朝食を摂りに食堂へ向かった。

 すると、食堂にはサムがいた。昨日助けた御者の男性だ。


「おぉ、サモンシールダーの皆様! ここに泊まられていたのですね!」


「あぁ、サムさん……でしたっけ?」


「その通りです! 本日はギルドへ向かわれるのですか?」


「いや、皇帝陛下にお目通りを願いに城まで行こうかと……」と言うと、サムは驚いた様子で言った。

「なんと! 私と同じ目的ですな! 御一緒に如何です?」という返答が返って来た。


「え!? おじさん、城に入れるの?」クレリアも驚いた様子だ。


「ええ。昨日皇帝陛下の使いの者が来まして……昨日の馬車の襲撃事件について詳しく聞かせてほしいと皇帝陛下からの直々の命令でして……」と言いながら困った様子で額の汗をハンカチで拭くサム。


 これはもしやチャンスなのではないだろうか?


「是非、俺達も同行させてくれ。俺たちも皇帝陛下に会わなくてはならないんだ」


「そうですか! それでは、食事を摂り終えましたら、宿の外で待ち合わせましょう。城の使いの者が迎えに来るそうです」そう言ってサムは食べ終わった食器を、そばにあった返却口カウンターへ置いて、食堂を後にした。


「やったぞ! これでレドナス皇帝陛下に御挨拶が出来るかもしれない!」そう言って食事を取りにカウンターへ行くソータ。


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 ・

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 ――宿屋の外。


「お待たせしました」ソータがサムに挨拶する。


「いえいえ! 全員揃ったようですし、早速向かいましょう。お願いします」サムは猫人ねこびとの使いの女性に言うと、彼女は頷いて言った。


「そちらのハンターは護衛かにゃ? まぁ構わないにゃ! さぁ行くにゃ!」


 使いの者に先導され、サムとソータたちはレドナス城へ向かう。


 レドナス帝国もエルドラド王国に負けないほどの広さを誇ってはいるが、皇帝陛下の城以外は、上流、中流、スラムと壁で区分けはされていない。

 そして帝都には王城へ続く大通りが四本伸びており、その大通りを真っ直ぐ都の中央部まで歩いて行けば、数十分で到着する。


「助かりました、サムさん。俺たちは皇帝陛下に重要な頼みごとがありまして……」ソータがそう言うと、サムは首を振って言った。

「何を仰います! ソータさんは私の命の恩人です! そんなソータさんの頼みであれば何でも仰ってください!」


 旅を始めてそれほど長い時間は経っていないが、重要な依頼に繋がる可能性もある人と良い関係が結べたのは、収穫と言うべきだろう。

 そんな話をしながら歩いていると、城壁の前に到着した。

 猫人の使いの女性が振り返って「ここでちょっと待ってろにゃ!」と言って、門番兵に話し掛けに言った。


 少しすると「お~い、こっちに来いにゃ!」と言われたので、四人は彼女の元へ向かう。


「貴方がサム・ヴェラード殿ですワン? お話は伺っておりますワン。ここからは俺が案内しますワン。お仲間さんも御一緒にどうぞだワン!」ここからは犬人の兵士が城内を案内してくれるようだ。



 ――レドナス城。

 大扉を開くと、一階のホールがあった。ホールは黒曜石のように黒く輝く床が広がっており、正面には一部を金で装飾された像が建っていた。

 彼が持つ槍の先から水が出て、噴水になっていた。エルドラドにあった、アガレス像とは違うようだ。


 その像を囲うように、上に上る階段があった。


「こっちだワン!」そう言って彼は階段を上り、そのまま階段は両サイドから合流し、一つの大きな階段をさらにまた上る。

 すると、また大扉があり、そこを開けると長い廊下。相変わらずの床の色だが、紫色のカーペットが敷かれていた。

 そして廊下の壁側には等間隔で両サイドにテーブルと花瓶が置かれていた。


「……!」エルドラド王宮とは真逆の色であるものの、その美しさに思わず息を呑むソータ。


「……この先の大扉に皇帝陛下がいらっしゃるワン。分かってるとは思うけど、失礼のないようにするワン!」


「あぁ、分かっている」



 そして玉座の間へと続く大扉の前へ到着する。そこへ門番兵が声を飛ばす。

「皇帝陛下! 商人のサム・ヴェラード及び、その護衛のハンターを連れて参りましたワン!」


 すると、扉の置くから太い男性の声で「入れ」と聞こえてきた。声だけでかなり強面な雰囲気があった。

 軋む音を立てながら大扉を開けると、玉座の間があり、紫色の綺麗なカーペットは皇帝陛下の玉座まで続いていた。



 ――玉座の間。

 門番兵、サム、そしてソータたちサモンシールダーがそれぞれ片膝を付き、頭を下げる。


「話を始める前に……門番兵よ、ご苦労であった。下がって持ち場に戻れ」皇帝陛下がそう言うと門番兵は「はっ! 失礼致しますワン!」と言って玉座の間から出て行った。


「さて……よくぞ参られた、サム・ヴェラードよ! ……何故ワシに呼ばれたか分かるな?」皇帝陛下が声を出した。


「はっ! 私は此処、レドナス帝国に届けなければならない大切なワインを全て割ってしまいました!! ……大変申し訳ございません!!」


「違う!!」皇帝陛下は怒鳴り声を上げた。ソータにはその怒鳴り声はライオンの咆哮のように聞こえた。

 皇帝陛下は少し声色を落として続ける。「何故なにゆえそうなったか……。つまりサムよ、ワシはお主の言い訳が聞きたいのだ。答えろ!」

 その皇帝の言葉を聞いたソータは、かなり話の分かる皇帝の印象を受けた。

「はっ! 仰せのままに! 私は馬車に積荷のワインと布製品、そして乗客を乗せ、レドナス街道を走っておりました。すると、突然の揺れに襲われ、馬車が横転してしまい私は脚の骨を折る大怪我を負いました」


「む? ……今お主は健康体であるように見えるが……」皇帝陛下はそう言って、ソータを見て言った。

「おい、そこの……人間族の男よ、面を上げよ!」

「……はっ!」

 ソータは顔を上げ、皇帝陛下と目が合った。

 体格の良い人間族の成人男性の横幅を更に倍にし、それに合わせた高身長で、全身が筋肉に覆われ、逞しい身体のライオンのような風貌の男性が玉座に座っていた。

 とはいえ、獣人は人間族をベースに身体の一部が獣に似た身体になっている人種であり、皇帝陛下の顔は人間族のそれと同じだった。茶色い髪の毛と髭がたてがみのようになっており、褐色肌の腕の先は手首から獣の前足のようになっていた。

 もちろん、ライオンのような耳と尻尾も生えている。


「其方は……ハンターだな? 名を申せ」


「はっ! 私はサモンシールダーのリーダー、ソータ・マキシにございます!」そう言って、頭を下げる。


「ソータ・マキシだと!? 其方がか……!?」どうやら皇帝は俺のことを知っているらしい。


「皇帝陛下が私の名を存じ上げていらっしゃるとは、至高の喜びでございます!」


「世辞は良い。……して、其方は本当にあのネオグラディエーターのソータ・マキシなのか?」


「はっ! ネオグラディエーターという肩書きを持つ者は、私の知る限り、私のみでございます」


「そうか……」皇帝はそう言うと、一息ついてから、サムに話を戻した。

「サム・ヴェラードよ。お主は、ソータ・マキシから怪我の治療を受けた……違うか?」


「はっ! 陛下がおぼし召しましたように、私はそちらのソータ・マキシから治療を受けました」


「やはりな……。そして、それだけではあるまい? 詳しく申せ」


「はっ! 馬車の突然の揺れの原因は……グラディエーター、レグ・フェフニートという人物によるものでございます!」ようやくこの話題に切り込めた。

 皇帝とエルドラド国王との関係性によっては、親書を渡せるかどうかもこの後の会話に懸かっている。


「ワシはエルドラド王国とは実に良い取引をしておる……まさか、何の証拠も無しにグラディエーターの名を出したわけではあるまいな?」

 皇帝の声色が一気に変わる。……だが、ここで引かないでくれ。


「はっ! 証拠は、こちらのグラディエーターの勲章にございます!」そう言うと、サムは懐からローブの男が胸に着けていた勲章を取り出した。

 それを近くに居る近衛兵が受け取り、皇帝の元へ行く。


「……どうやら、本物のグラディエーターの勲章のようですワン」


「なるほど……ソータ・マキシよ。このサム・ヴェラードが申したことは、真実で間違いないな?」


「はっ! 我々サモンシールダーの名に懸けて、私ソータ・マキシ、サム・ヴェラード氏の発言に相違がないことを誓います!」

 ハンターにとって、こうしてチームの名を出して発言することは、何にも代え難い責任を背負った発言となる。


「うむ、其方の誓い、確かに受け取った……もう良い、其方たちは下がるが良い」皇帝にそう言われたが、ここで帰るわけにはいかない。


「恐れながら皇帝陛下、もう一つ別件で発言の許可を頂きたく思います」


「ん? ……よかろう、申せ」


「はっ! 私たちサモンシールダーは、エレニアンネ桜国のアリス女王陛下からの直々の依頼にて、レドナス皇帝陛下への親書を預かっております」

 やっと本題に入ることができた……。


「エレニアンネ桜国からの親書……だと?」そう言うと、近衛兵がソータから親書を受け取る。

 封筒には、アリス王女直筆のサインと、エレニアンネ王室の国璽こくじが押印されている。


「……皇帝陛下、こちらは間違いなくエレニアンネ桜国のアリス女王陛下からの親書でございますワン」


「うむ。……ソータ・マキシよ。ワシは一国の主が、ハンターとはいえグラディエーターを使ってまで、この親書を届けさせたということに意味があると思っている。すぐに読むが、今日のところは城の客間に泊まって行ってはくれまいか?」


「はっ! 仰せのままに!」ソータがそう返事をすると、皇帝陛下は玉座の間で微動だにしないウサギ耳のメイド長へ声を掛けた。


「メイド長よ、サモンシールダーを最高客間へ案内しろ」


「仰せのままに、皇帝陛下……ぴょん!」


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