第5話◆試験へ向けて


 練成学院――そこは、ハンターを目指す者、騎士を目指す者、魔導士を目指す者……様々な戦いを志した者たちが集って競い合い、成長していく機関である。

 その学院の運営費は全て国の軍が支払っており、毎年10人しか入学出来ないという極めて狭き門だった。

 しかし、様々な特典がある。入学金や授業料などは一切掛からないのだ。

 そして10人という少ない人数な為、一人一人に教える時間がかなり長く取れるのだそうだ。


 ただし、戦闘で使う武具や授業で使うようなその他の教材は各々の家で準備する必要がある。



「――そんなこと言ってもさぁ……練成学院へ入学させる! じゃなくて、入学させてみせよ! ……でしょ? 倍率何倍だと思ってんの? いくらソータでも無理だよ~!」

 夜、家で食卓を囲みながらそんな話をしていたのは次女のソエラ。


 毎年1万人を軽く超える応募者の中から、極めて強い者、もしくは極めて弱い者……色んな人達を10人合格させるので、判断基準が全く判らないのだ。

 恐らく、極めて弱い者に関しては、将来的に強くなる素質のようなものを見抜かれた可能性はある……であるならば、強い者が採用されたという話は、文字通りの天才クラスの強者だろうか?

 戦闘経験は一切無く、ただ純粋に良いスキルを持っているだけというソータには緊張しかなかった……。

 しかし試験を受けること自体が王命であり、従わざるを得ない。


「陛下の仰ることは絶対だ。ソータ、こうなってしまえば、明日から試験に向けて訓練するしかないぞ! 練成学院の試験は一ヶ月後なんだから」父ゾルダーに言われる。


 あぁ、自由な毎日を送るために頑張りたかったのに……。

 いや、でも待てよ? もし学院へ入学出来て卒業して一人前のハンターになれれば……自由な毎日が送れる!!


 あくまで自由を勝ち取りたかったソータ。その源は、今日訪問したエルドラド王宮を見てから来るものだ。

 あの美しい王宮……世界中にあんな綺麗な建造物があるならば……そしてエルドラド王国のような美しい街があるならば、そこへ行って様々な物を見て回りたい!

 王宮を見た瞬間、彼の冒険心が刺激されたのだった。



 ――翌朝。


「起きなさい、ソータ」いつも通り笑顔で起こしてくれる母リエナ。


「んん……」と声を出しながら目を擦り、部屋の扉の方を見ると父ゾルダーが腕を組んで立っていた。


「え? え?」状況がよく飲み込めないソータ。


「おはよう、ソータ。着替えてご飯を済まして来い。早速訓練するぞ!」父ゾルダーは両腕を組み、表情から「早くしろ」と言っているような顔で待っていた。


 えぇ、本当にやるのかよ……

 別にソータ自身やる気が無かったわけではないが、朝が弱いのでもう少し眠っていたかったのだ。



 ――家の裏―倉庫。


「まずはソータ。お前の武器はナイフだが、それは飽くまで護身用だ。入学試験の時に使ってみたい武器はあるか?」父ゾルダーは聞く。


「う~んと……何が良いのか分かんない」


「多くの場合、最も使う人間が多いのは剣だ。他にも槍や斧……篭手まであるぞ」ゾルダーは倉庫の片隅にある武器置き場を漁りながら次々に武器を見せてくれる。


「篭手か……」ソータは特に何の気無しに呟いてみた。すると……


「そうか! ソータは篭手が良いか!」何が嬉しいのか、笑顔でソータに篭手を渡してきた。サイズが大きくて装着出来ない篭手だ。


「えっと……これ大き過ぎるから付けられないよ?」


「おっと、そうだったな! 篭手は子供用を後で見繕ってもらうとして……もう一つ武器を選んでみてくれ」ゾルダーはそう言った。

 どうしてかと聞いてみると、練成学院では武器を二種類以上扱えるのが最低条件らしいのだ。

 いつ、如何なる場合でも渡された武器で勝ち残れるようにする為に、武器においては学院へ入学した後も様々な武器で戦う事を命じられるそうだ。


 これは、太古の昔にあったコロシアムでグラディエーターと呼ばれる闘術士が毎日違う武器で猛獣や同じ闘術士同士で戦っていた、貴族の間の娯楽から来るものだそうだ。

 ちなみに、グラディエーターは奴隷戦士とも呼ばれ、各地から集められ貴族に買い取られ、その奴隷を持ち駒としてコロシアムに出場させ、優勝賞金を手にするそうだ。

 連勝出来るような凄腕グラディエーターには、本人が求める装備が与えられる事となるが、戦闘経験も浅い買い取られたばかりのグラディエーターはコロシアムの試合前、置いてある武器を適当に渡される為、自分が剣が得意でも、槍を渡されることもザラにあったそうだ。


「でもそのグラディエーターのお話と練成学院に何の関係があるの?」ソータはそのまま気になった事を聞いてみた。


「あぁ、元々コロシアムがあった場所が今の練成学院なんだ。だから、最強のグラディエーターを育て上げる機関とも言われている」


 グラディエーターという言葉自体は元々、奴隷戦士という意味ではあるが、今では過去の勇者たちを祀るという意味からか、グラディエーターという言葉は最強の戦士の称号を意味するものと云われている。

 つまり、自身がグラディエーターを名乗るということは、かなりの強さを秘めた練成学院の卒業生にしか許されていないのだ。


「じゃあ、練成学院に入ってグラディエーターに名乗れるようになるのが、王様から受けた命令ってこと?」


「そういうことになるな」


 無理じゃないのかなぁ。そんな考えが頭に過ぎる……

 ゾルダーはそんなソータの表情を察して、さっきよりも明るい話し方で言った。


「ソータ、そろそろもう一つの武器を選んでしまおう!」ゾルダーは中々明るく元気な話し方をしない父親であったため、不器用そうにそう言っては苦笑していた。

 そんな自分を元気付けてくれる為に頑張って話した父親ゾルダーに少しの敬意を表す微笑みを送ってから、ゾルダーに並んで武器を眺める……。


 ……

 …………これにしよう。

 黒く輝く一本の槍を手に取った瞬間、ゾルダーは目を見開いた。


「そ、それにするのか?」


「え? うん……コレが一番良いと思ったから……」


「そうか……あぁ、そうだよな! あぁ!!」次第に元気になっていく父ゾルダー。


 彼の話によると、ゾルダー本人が子供の頃練成学院に受けるのに、一番最初に選んだ武器だったそうだ。ゴッデススキルは槍術の才能であった為、元々槍にするつもりだったらしいが、子供向けの槍は他にも種類がいくつかあった。しかしソータは見事に昔ゾルダーが使っていた槍を手に取ったのだ。所々ボロボロだが、問題なく扱えそうだ。


「剣とかじゃなくていいのか? 俺は槍と剣と斧が扱えるから、教えられると思うが……」


「うん、僕はこの槍が使いやすいと思ったんだ」


「そうか、そうか! ……もう一つは篭手で良いか? その場の勢いで渡してしまったが」その場の勢いで渡したこと自体は気付いていたのか……


「うん、篭手もカッコイイし、結局全部の武器使うことになりそうだし……」


「そうだな……じゃあ、篭手は今日の夕方に買いに行くとして……早速昼食までは槍の稽古を付けてやるからな!」笑顔で言うゾルダー。


 薄暗い倉庫で、ゾルダーの顔を見上げて笑うソータ。……その笑顔が引きつっていることなど、ゾルダーは気付きもしなかった。



――家の庭。


「――よし、じゃあさっき教えたように構えてみろ」ゾルダーがそう言うと、ソータは槍を右手で下から掬い上げるように持ち、右脇で挟む。


「……じゃあ次、戦闘態勢へ移行する構えだ!」その号令と共に、右足を前に踏み出して、右脇を放し、右手で持つ槍を頭上でクルッと回して左手で槍の後ろを掴む。


 今は、ソータの左側の地面と並行に槍があり、それを右手が前、左手が後ろの状態で持っている状態だ。


「中々素早く構えられるようになったな……素振りの練習をする時も、必ずその構えから始めるように! 良いな?」


「はい!」


 訓練を初めて数十分……。

 既にゾルダーとソータには親子ではなく師弟関係のようなものが築かれようとしていた。

 遠目からその様子を眺め、呟くリエナ。


「あの人のあんなに楽しそうな顔、久しぶりに見たわ……」


 ・

 ・

 ・


「……さて、一旦休憩がてら篭手を買いに行くか!」ゾルダーの提案に元気よく答えるソータ。

「うん!」


 時刻は夕方。家の敷地から出ようとすると、ちょうどそこへ次女のソエラが帰って来た。

「ただいま~っと……二人でどこ行くの?」


「あぁ、ソータの篭手装備を買いに行くところだ」


「へぇ! じゃあ私も行く!」嬉しそうにそう言うとゾルダーは手で制す。


「……宿題はいいのか?」


「明日の分まで全部終わらしちゃったもんね!」

 言い返せないだろ! といったドヤ顔を見せてから家の玄関にカバンを置いてそのまま二人の所へ戻ってくる。


「それなら構わん。では、行くか」ゾルダーはそう言うとソータとソエラを連れて街へ繰り出す。


 ・

 ・

 ・


 ――魔導武具店リヴェールライト

 扉を開けるとベルの音が響いて、店内に客の来店を知らせる。

「いらっしゃいませ!」奥から金髪の少女が出てきた。長女のアルマと同じ歳くらいだろうか?


「いつもお世話になってます。ゾルダー・マキシです」


「あぁ、第三大隊長のゾルダー様ですね、お久しぶりです。今日はどういったご用件で?」


「俺の息子の篭手を探しに来たんです。適当に見繕ってもらえますか? 予算はこれくらいで」

 ゾルダーはカウンターの上にパラパラと硬貨を出す。


「ええと……息子さんを戦争にでも行かせるおつもりですか……?」その金額を見て冗談交じりに聞く店員。


「いやいや、練成学院の入学試験の為に買おうと思いましてね」


「あら! やっぱりソータ君も試験を受けるんですね!」


「えぇまぁ、そうなってしまいまして……」


 ゾルダーの話の邪魔をしてはいけないと、ソータは気になったことをソエラに聞いてみた。

「……ねぇ、どうして篭手探しなのに魔導武具店なの?」


「ん~? こっち来れば分かるよ!」そう言ってソエラはソータの手を引いてテーブルに置かれた動物や魔物の革を見せた。


「革だね」


「うん。ここで革か、そっちのテーブルに置いてある鉱石を選んで、オーダーメイドで装備を造ってもらうんだけど……その装備を造る技術が魔法を用いた魔導生成術っていう技術なの」


「だから、魔導武具店っていうってこと?」


「そういうこと!」


 そこへ話を終えたゾルダーがカウンターのそばから声を掛けて来た。

「ソータ、こっちへ来なさい」


「うん」


「キミがソータ・マキシ君だね? ちょっと手のサイズを測らせてもらうね~」店員のお姉さんはそう言ってテキパキとソータの手のサイズを測った。


「う~ん……このサイズだとお値段が上がるけど、このレッドクリスタルがオススメですね!」そう言って見せてきたのはテーブルに置いてある赤く輝くクリスタルだった。


「値段が上がるって……どのくらいですか?」


「10000コインってとこかしら? でも両手分用意しても最初に提示してくれた予算内には収まりますよ」


「そうですか……では、それでお願いします」


「分かりました! ソータ君、ちょっとこっち来てくれる?」


 そのまま店員に連れられ店の奥へ行くソータ。

 その様子を眺めながらゾルダーの横へ行くソエラ。


「どんな篭手になるのかな?」


「さぁ……? だが、かなり強い武器になってくれるだろう」


「今回こそ本気みたいだね?」


「あぁ……練成学院は、俺も母さんも、アルマもお前も全員受けて落とされている。そもそも普通に考えて受かるような試験ですらないわけだが……ゴッデススキルの話を思い出すとどうしても期待してしまうな」


「そうだねぇ……伝説の英雄様と同じスキルを持ってるなんてね……ソータってば、伝説の英雄様の生まれ変わりだったりしてね!」笑いながら言うソエラ。


「その通りかもしれんな」


 ・

 ・

 ・


 しばらく待つと、店の奥から紙袋を持ったソータとその後ろから店員がやって来た。


「お待たせしました!」


「構いません。見せていただけますか?」ゾルダーが言うと、自信満々な様子で店員が返事を返した。


「もちろんです! ソータ君、篭手を装備してみて?」


「うん」返事をすると、カウンターの上に紙袋を置いて、その中から篭手を二つ取り出して、それぞれ装備した。


「わお! カッコイイ……!」両手を口に当てて篭手の美しさに惹かれるソエラ。


「ガッチリ造ってもらって申し訳ないんですが……ソータは成長期ですよ……?」

 そうゾルダーが言う通り、篭手はかなりしっかりとした出来になっている。


「その点を考慮して、レッドクリスタルにツバメガエルのなめし革を使ったんです! 伸縮性に優れてますから、きっと卒業まで使えるかと! それに、裏側にはしっかりとサイズ調整用の紐が付いてますよ!」

 と、ペラペラとセールストークを話し出す店員さん。

 ちなみに、ツバメガエルとは音速でジャンプして突進してくる、かなり強い魔物だ。そのカエルのなめし革は伸縮性に優れ、耐熱性・耐冷性もあり、それを使った服はどんな季節でも着られるものだそうだ。


「そうか、それはありがたい……それで、いくらですか?」


「ざっと、よん……コホン。これくらいです」子供の前で高額な値段を言うのを躊躇ったのか、明細だけゾルダーに見せた。


「……予算内だが思ってたより掛かりましたね……」


 明細には45000コイン+領地税と書かれていた。

 領地税というのは、この街、エルドラドに住む者に定められている税金のことである。日本で例えると消費税をそのまま領地税と考えられる。

 領地税が課せられているのは上流階級と中流階級、そしてスラム街であり、当然王宮にお金が流れるシステムだ。そして上流階級の領地税が一番高く制定されている。

 スラム街の領地税は3%に対し、上流階級の領地税は20%なのだ。

 ちなみにソータたちが住む中流階級の領地税は10%なので、45000+4500で合計49500コインになる計算だった。

 ゾルダーが最初に提示した予算は50000コインだったので、ギリギリ間に合った。


 支払いを終えて、お釣りの500コインをゾルダーに渡した店員は、説明をする。


「その篭手の名前は、紅蓮ぐれん手甲てっこう。拳全体に魔力を込めると真価を発揮するわ」


「そうなんだ」そう言って拳に魔力を込めようとしてみる……。

 長女のアルマから以前、魔力を込める場合はその込めたい部位を意識してそこに魔力が流れるイメージをすれば出来る。と言われたので試してみた。

 ……のだが、中々上手く出来ず、レッドクリスタルが微かに光を湛えるだけだった。


「最初から魔力の流れを掴んで使いこなせる天才なんて居るわけないって」そう言ってソータの頭を撫でるソエラ。


「……今日も良い買い物をさせてもらいました。ありがとうございます」そう言って、ゾルダーは店を出た。その後を付いていく二人。


「はーい、また来てくださいね〜!」という声が後ろから聞こえてきた。



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