第85話 目標を決めるのは難しいです

 静香がいたから今の俺がある。


 麗華がいたから俺は今を生きていけている。


 優奈がいたからずっと頑張れた。


 美優やお義母さんが俺の欲しい言葉を言ってくれたからこれからもずっと前を向けていけそうな気になった。


 俺は、ずっと支えられてきた。でも、まだ恩返しは出来ない。今、俺がすべきことは恩返しではなく俺自身の目標を決めて進むことだ。

 もう悩むことなんかない。俺の周りにはすごい頼りがいがあるみんながいるんだから。



「目標ですか?」



 俺は、目標を立てることを美優に話してみた。

 ちなみに今は、美優の部屋に通されて2人きりで話している。お義母さんも来たがっていたが美優が2人で話したいからダメと言われお義母さんはとぼとぼと寂しそうに廊下を歩いていった。



「そうなんだ。俺にとって、今1番必要なのはこれから俺が向かって行こうとする目標なんだ。」

「確かに一理ありますね。でも、その目標に向かうことが第1優先事項になり大切なものを見落としてはダメですよ?」

「ああ、それは十分に分かってる。遠回りや寄り道だってしても構わない。そこにたどり着ければいいんだ。」

「それならいいです。それでどういう目標を立てるんですか?」

「それが問題なんだよ。目標を立てるってことは決めたんだけど何を目標にしていいのか分からないんだ。」



 前に進むこと。そのためには目標を立てなければならない。でも、考えてみて思ったんだ。どんな目標を立てたら前へ進めるのかな。それが分からないって。



「記憶を取り戻す……というのはダメだんですか?」

「それも考えてはみたんだ。でも、よくよく考えてみたら今の俺にとってそれは1番大切なものじゃないんだよな。だって、美優は俺がどんな俺だっていいって思ってくれてるんだよな?」

「は、はい。それは当然です。どんなお兄ちゃんだって構いません。今さっきも言った通りです。」

「だったら別にそれを目標にしなくてもいいって思った。それは寄り道ついでに考えればいいことだってな。」

「お兄ちゃん……よく考えているんですね。」

「まぁな。」



 目標を立てることがこんなに難しいなんて思ったことなんてなかったな。よく学校で目標を持って生きてみなさいなんて言われるけどそう簡単に決められるわけがない。



「そう焦ることでもないと思いますよ。」

「え?」

「目標を立てると言うところまでにお兄ちゃんはどれくらいの時間を掛けてたどり着いたんですか?すごい時間をかけたはずです。なので目標を決めることだって時間を掛ければいいんですよ。何もすぐに決める必要は無いんですから。」



 美優は、微笑みながらそう言った。

 美優って本当に10歳だよな?

 そう思ってしまうほどに俺は、何度も美優の言葉に助けられている。

 焦る必要なんて無い。いつか自分の目標となることを見つけれさえすればいい。俺にとって、今1番怖いことは何も見えずにただひたすらそこにとどまっておくことなんだから。



「………美優の言う通りだな。何を焦ってたんだろ、俺は。もっとゆっくりと考えよう。」

「ふふっ、そうですね。それでは一旦この話は置いといて………」



 美優は、そう言って少しの間、黙る。俺もそれにつられて黙ってしまった。



「………お兄ちゃん、これを見てください。」

「ん?」



 美優は、元から用意してあったのかテーブルの下から1枚の紙を取り出して俺に見せるように置いてきた。

 その紙を見みてみるとどうやら美優が通っている小学校のプリントのようだ。そして、そのタイトル名には

『城ヶ崎小学校運動会保護者参加競技について』



「…………………なにこれ?」

「私の小学校の運動会のお手紙です。」

「うん、まぁ、それくらいは見たら分かるけど……これを俺に見せてどうするの?」

「………参加して欲しいなと思っています。」

「……………………………」



 参加?小学校の運動会に?俺が?



「…………無理っ!」



 俺は、はっきりと断った。



「なんでですか!」



 美優は、頬をプクーと膨らませた。

 あ、可愛い。

 って、違う違う。



「そもそも俺は、美優の保護者じゃないんだから。こういうのは自分の親に頼め。」



 俺は、そう言ってプリントを押し返した。



「………………嫌です………」

「え?」



 美優は、小さな声で確かに嫌と言った。



「あ、もしかしてあれか?親とこういうことをするのは恥ずかしいとかか?」

「それは……その………はい………」

「まぁ、確かに美優くらいの年頃はそう思うよな。まぁ、俺も親とこういうことをしろとか言われたら嫌だもんな。」

「……正直に言うと……お母さんもお父さんも運動会には連れていきたくないです。」

「運動会に来るくらいは別に構わないだろ?親だって美優の頑張る姿を見たいだろうに。」

「………だ、だって………だって………あんな恥ずかしことするんだもん………」



 美優は、これまた小さな声でそう呟いた。

 まぁ、でもある程度のことは分かった。確かにお義母さんは、ものすごい親バカだった。お義母さんのことだ。何かと美優の運動会で色々とやらかしたんだろうな。



「で、でもなぁ、俺が一緒に出るのは……」

「うぅ………」

「うっ!」



 美優がすごい目をうるうるとさせて何か訴えてくるように見つめてくる。

 さすがに年下の小さな女の子にそんなことされたら少しのお願いくらい許してしまう。



「はぁ〜、分かったよ。美優の親戚の兄として参加してあげる。でも、その代わりお義母さんたちにも教えてあげてくれ。たぶんすごい楽しみにしてるはずだから。」

「ん〜………お兄ちゃんが来るためなら……うぅ〜……」



 美優は、すごい苦悩している。

 そこまでの事か?

 と思っているほどに。



「……わ、分かりました。お母さんとお父さんに伝えます。」



 美優は、本当に嫌なのか本当に辛そうな表情で了承した。

 美優の親は、何をしたんだか……



「なるべく俺も止める努力するから。」

「ほ、本当に頑張ってくださいね!」

「お、おう……」



 美優から懇願されるが絶対にできる保証はないな。だって、この美優があんなふうになるほどなんだから。



「それでプリントよく見てなかったけどどんな競技をやるんだ?」

「えっと、種目名は『息を合わせろ親子との絆』ですね。」



 …………ナニソレ?

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