雪の残像【BL】

Motoki

第1話



          『僕はね、天使様を見た事があるんだよ』




 メールで、一弥にそう告げたのはいつの事だったろう。


 バカにされると思って、今までは誰にも言えなかった言葉。だけど一弥は、そんな僕の言葉さえも、受け入れてくれたんだ。




 鞄を持って教室から廊下に出ると、僕の彼氏、藤本一弥が廊下で待っていた。


 寒い廊下で壁へと背中を預け、携帯を弄っている。


 伏せられたまつ毛が顔に影を落とし、話しかけるのが躊躇ためらわれる程、沈んだ表情に見えた。




 ――一弥はいつも、こんなにつまらなそうな顔してたっけ?




 心に浮かんだ疑問は、足が前に進むのを止めてしまう。


 しばらく呆然と立ち尽くしていると、携帯の画面を見つめたままの一弥が、フッと笑みを零した。


「……あ……」


 思わず出てしまった声に、一弥が顔を上げる。


「なんだ、終わってたのかよ」


 途端に不機嫌そうな顔をして、携帯をズボンのポケットへと入れた。


 歩き出した一弥を追って、小走りに付いて行く。


「ねぇ」


 誰とメールしてたの、と訊きたくなる。




 ――一弥に笑顔を浮かべさせたのは、誰なの?




「終わってたんなら、声ぐらいかけろよな」


 話しかけた僕の声が聞こえなかったのか、一弥が吐き捨てるように言う。


「うん。……ごめん」


 俯いた僕の先で、一弥が振り返った気配がした。そして、チッと小さく舌打ちの音がする。――だから、僕は顔を上げられなくなった。


 そして耳には、周りのざわめきが木霊する。まるで耳にこびり付いたかのように、それはいつまでも離れてくれない。


「今日、家寄ってくから」


 呟くように吐き出されたその言葉に、僕は小さく「うん」と頷く事しか出来なかった。




 僕と一弥は、高校一年の時に同じクラスになった。


 二年になって別々のクラスになってしまったけれど、一年の時はいつも一緒にいた。


 人見知りの僕に一弥は頻繁に話しかけてくれて、一見すると怖そうな雰囲気を持っているのに、本当はとてもやさしい人だった。


 一緒にいるとすごく楽しくて、父さんの事も、僕を嫌って捨てた母さんの事も、その時は全てを忘れる事が出来た。




 ――周りのざわめきを、気にする事もなかった。




 それなのに最近、一弥との擦れ違いが多くなった気がする。


 それは、クラスが別々になったからかもしれない。


 もうすぐ三年になるから、お互い受験の事で頭がいっぱいなのかもしれない。




 でも、それだけではない事にも気づいていた。




 体を重ねていても、温もりを感じない。




 だって手を伸ばしても、『一弥』には届かない。只孤独の中で、互いの欲望を吐き出すだけの行為となっていた。


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