第30話 砂金が採れる川に行こう
数日後。
グレイフィールのいる塔には、また商人のイエリーが訪れていた。
「いやあ、グレイフィール様のおかげで助かったっスー」
「……? いきなり何の話だ」
「このあいだ納品してもらった新商品、防犯機能が付いた宝飾品のことっスよー。腕輪に指輪に耳輪に首輪。全部女性のお客さんたちから大人気で、二日経たずに完売しちゃったんスよねえ~。でも、そのうちの一つを……へへっ、イブにもプレゼントできたんス。すっごく喜んでもらえて、ますます好きになってもらえたっスよ~。でへへ……」
「ほう……」
鼻の下を指でこすりながら照れくさそうにそう言うイエリーに、グレイフィールは思わず目を細める。
(それは結構なことだな。このあいだの娘とイエリーとの仲がさらに良くなったなら、あの宝飾品を作ったかいがあったというものだ)
しかし、どうも話はそれだけではなさそうだった。
「でも、ひとつ大変なことが起きて。プレゼントをあげたその日の夜……なんとお使いに行ったイブが暴漢に襲われそうになったんスよ……」
「ええっ? そ、それ、大丈夫だったんですか?」
魔草茶を持ってきたジーンが、聞こえてきた話にびっくりして言う。
イエリーはお茶の入ったカップを受け取りながら、続きを話した。
「一応、大丈夫は大丈夫だったっス。魔道具の防犯機能が働いて、すぐに店に転移してきたから無事だったっス。だからほんと『助かった』んスよ~。グレイフィール様、ありがとうございますっス!」
「いや、それは良かった……だが、その後その暴漢はどうした?」
「ええと……それが、相手の顔をよく見る前にイブは転移してしまったんで、街の警備兵にはうまく報告できなかったんス……。それで警備兵もろくに取りあってくれなくって。同様の事件があったとも近所では聞いてなかったし、それっきりっスね。でもしばらくは外出時に自分がついていくことになったっス」
「そうか……」
グレイフィールもジーンからお茶を受け取って口をつける。
しかし少々熱かったのか、すぐにソーサーに戻した。
ジーンは心配げな顔をする。
「なんか、物騒ですね。でも……もう一度そういう事件が起きても、グレイフィール様の防犯機能付き宝飾品が出回れば、襲われる人は減るかもしれませんよ?」
「そう! そーなんス。自分もできたらそうなってほしいんスよ! 街の女の人たちを守りたい! だからまた、たくさん追加注文したいんス。お願いできるっスか? グレイフィール様」
そう頼んでくるイエリーに、グレイフィールは軽く目を閉じながら言った。
「そうだな。だが、お前は店での売り上げを伸ばしたいという思惑もあるだろう?」
「いや~、バレたっスか。まあそういった目的もあるっちゃあるっスけどね?」
「……ふむ。しかしあれは、材料の金をまた集めてこなければ作れない……この間の納品で倉庫に会った素材は全て使ってしまったからな。……おい、鏡」
「はいはーい!」
呼ばれてすぐ、ヴァイオレットは鏡の中にその姿を現した。
彼はしなをつくりながら笑顔で語りかけてくる。
「なあに~? アタシにその金のありかを探せ、ってことぉ~?」
「そうだ。話が早いな」
「うーんそうねえ、みんなの話を聞きながらさっきざっと探してみたけどぉ~、魔界には今ちょっといいところがないみたいなのよねえ。だいたい金のとれる山は魔貴族様たちの領地内だったりするから。あるとしたらここかしら~」
「ん?」
ゆらゆらと鏡の表面が揺らめいたかと思うと、すぐにとある風景が映し出された。
街ではなく、どこかの農村のようだ。何人もの人間たちが広大な畑を耕している。
それを見たジーンはすぐに口からよだれを垂らしはじめた。
「に、ににに人間……! ってことはそこは人間界、ですか?」
「当たり~。この村の中心を流れる川に砂金がいっぱいあるのよ~。でも現地の人間は砂金の粒が小さすぎて採取不可能なの。誰も手をつけてないわー」
「なぜそんなことを『知っている』……?」
風景を見ただけで、瞬時にそこまで見通せるとはとうてい思えない。
グレイフィールは怪訝な目をヴァイオレットに向けた。
「ふふっ。それはね……前世の記憶よ」
「前世の、記憶?」
「そう。わたしは、この鏡の精になる前は人間だったの。各地の特産くらい知ってるわよ~」
「「ええええっ!?」」
「……」
かつては人間だったと知り、ジーンとイエリーが驚きの声をあげる。
グレイフィールも、ヴァイオレットが自分の正体を自ら明かしたのを意外に感じていた。
「自分から正体を話すとはな。いったいどういう風の吹き回しだ?」
「ふふん。別に、言うなとは言われてないじゃない?」
「それは、そうだが……まあいい。さっさと私たちをそこへ転移させろ」
「はいはーい」
そうして、グレイフィールたちは砂金がたくさん採れるという川のある村へと向かったのだった。
現地に到着すると、ジーンは周囲を見渡して言った。
「へー。のどかな、いい村ですねえ。森がいたるところにあって……牧歌的で。あ、あれですかね? 砂金の採れる川っていうのは」
ジーンが指差した先には、ごろごろとした大きな岩がたくさん転がっている河原があった。
川はその岩を避けるようにして流れている。
グレイフィールはさっそくそこに向かって両手を突き出し、己の魔力を拡散させた。
「我が名において……金よ集まれ、グレイフィール・アンダー!!」
すると、川底や大岩の下などから金色の粒がふわふわと飛んで、集まってきた。
見る間にグレイフィールの足元には金色の山ができあがっていく。
「うわー、すごいキラキラ~~~! まだこんなにたくさんあったんですねえ!」
「本当っスね~。これ、このまま売った方が高く売れるんじゃないっスか? いちじゅうひゃくせんまん……ふふふふふ……」
瞳にその金色を映しながら、イエリーがニヤニヤした顔で指折り数えはじめる。
グレイフィールはその姿に呆れた。
「まったく……それでいいのかイエリー。お前が先ほど語っていた話はどうした」
「……あ。そ、そうだったっス! 防犯機能付き宝飾品に加工してくれないと困るんだったっス~」
「金はたしかにそれだけで価値のある素材だが、そのまま売ったのではお前の恋人を襲った者がまた罪を犯すぞ。目先の欲に惑わされるな」
「す、すみませんっス。おっしゃる通りっス……」
「私は、人間たちのために魔道具を作りたい。すまんが、これも私の加工を施させてもらうぞ」
そう言い切ったグレイフィールに、ジーンは拍手をしながら賞賛の言葉を述べる。
「さっすがグレイフィール様! グレイフィール様の素晴らしい魔道具を広めていけば、人間たちはその分救われていきます! そうすれば、次第にグレイフィール様も崇められるようになる……そしてゆくゆくは魔王として君臨しても受け入れられるようになる。そういうことですね!?」
「ジーン、それは飛躍が過ぎる」
「えへへ……でも絶対そうなりますよ~。いいですね~。いい感じですよ? グレイフィール様。」
やはりジーンは、グレイフィールが魔王になることを信じて疑わないようだ。
そういう期待を込められたり、おだてられたりするのはやめてほしいのだが、グレイフィールは言わせたいようにしておくことにした。
と、そこにある人間が乱入してくる。
「おい、お前ら! いったい何をしとるんじゃ!」
「え?」
頭がつるつるの腰の曲がった老人が、グレイフィールたちの後方から、彼の中でのおそらく全速力でもって近づいてきていた。
ジーンはグレイフィールと老人の前に立ちはだかる。
「な、なんですか、あなたは」
「わしゃあこの村の者じゃ。お前たち勝手にこの川から金を取ったな! 祟りじゃ、祟りが起きるぞぉ!」
「は……はい? 祟り、ですか?」
「そうじゃ。今までも何度かこの砂金を採取しに来た者たちがいたが、盗っていった者たちはその都度呪われて死に、この村には水害が起きてきたんじゃ。じゃから採るのはやめろ!」
「呪われて……死ぬ!? そ、そんな……。でもそれと、水害が起きる理由とはいったいどういう関係が……? たまたまじゃないですか?」
「そんなわけがあるか! この川には神様がいると言われておってな。その神様が怒るんじゃよ。ああ、早くこの金を元に戻せ! お前らが勝手に死ぬのは構わんが、わしらが水害に遭うのはまっぴらじゃ!」
そう言うと、老人は持っていた杖を振り回して、ジーンやそのうしろのグレイフィールを遠くへ追いやろうとしはじめた。
あわててイエリーが止めに入る。
「ちょ、ちょっとやめるっス、おじいさん! 危ないっスよ!」
後ろから羽交い絞めにするが、それでも老人は杖を振り回すのをやめない。
「ええい離せ! ここの金を採ってはいかんのじゃ!」
「そ、そんな……そう言われてもこっちだってこの金が必要なんス。と、とりあえず、ちゃ、ちゃんと話しましょ? ね?」
「うるさい! この盗人どもが! もう最近はろくな砂金が採れなくなったからそういう輩たちは来なくなったと思っておったのに……なんじゃ、どうやってそれを集めた!」
老人は、グレイフィールの足元に山と積まれた金を見てさらに吠えた。
グレイフィールは老人の言い分をしばらく静かに聞いていたが、やがて口を開く。
「……わかった。では私がその呪いと、水害を食い止めてみせよう。そうすれば問題はないな?」
「へ?」
「「ぐ、グレイ……様?」」
「何も起こらなければ……良いのだろう? お前たちにはここの砂金を集める手段がない。ならば採れる者が採ってももともとなんの問題もないはずだ。それでその呪いとやらが発動したとしても、それを無効化すればこちらとしても問題はない」
「そ、それは……そうかもしれんが……」
「それに少し興味がある。その謎の呪いと、水害にな。これからどうなるのか、ククッ、さっそく実験してみようではないか」
笑いながらグレイフィールが言った「実験」という言葉に、イエリーはガタガタと体を震わせはじめた。
「じ、じじじ実験、っスか? い……いやああっ! 自分はまだ呪いなんかで死にたくないっス! い、イブーーーッ!」
一方ジーンは割とワクワクしているようだった。
口の端からあふれ出るよだれを見つけて、グレイフィールはあわててこの間の軟膏をジーンの鼻の下に塗りたくる。
「うわっぷ。あ、ありがとうございます、ぐ、グレイ様。うーん、わたしはそんなんで自分が死ねるのかどうか、ちょっと興味ありますね。たぶん死なないと思いますけど。あ、でもグレイ様が死んでしまったら、それは困りますね……」
「おそらく平気だ。絶対になにかカラクリがあるはずだ。それを解き明かせば無効化できる。理論上はそうだ」
「り、理論上は、ですか~?」
その会話を聞いていたイエリーはまたさらなる悲鳴をあげた。
「ひっ、ひぃやぁああーーーっ! 助けてくださいっスーーーっ! イブーーーっ!!!」
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