植林

 夜が訪れた。長い長い一日が、やっと終わった。

 タエたちは戦いをやめた。彼らは太陽光発電で生きる者だから、太陽がなければ飛び続けることはできない。まして、莫大なエネルギーを消費する空戦なら、なおのこと。いくら憎悪を振り撒き、傷つけ合おうとも、日が暮れてしまえば仲良く横になって休むしかないのである。

 その夜が、異常なほどに長い。疲れからくる体感的な時間の長さではないと思えるのは、かろうじて生きている人間たちも戸惑いの声をあげているからだ。

 太陽が昇らない。それだけで、太陽の恩恵を受け生きる動物はいとも容易くパニックに陥る。正体不明の巨大生物や、どこからか現れた戦闘機に町を焦土にされた後ならば尚更だが、そのパニックは表面的には顕れないままだ。――皆体力がないのである。

 タエたちもまた、底知れぬ恐怖を感じながら、ガス欠状態で歯を食い縛り意識を手放すまいと抗う。しかし、エネルギーがもう残っていない以上、一応生命体であるタエたちも睡魔には抗えなかった。

 睡魔は生物が発するSOSであって、これ以上働けば死ぬという警告である。食欲も性欲も睡魔の前では無力であって、町を荒らされたメゾン区の市民らも、糸が切れたように寝息をたて始めた。


 そんななか、睡魔に抗い作業する者たちがいた。彼らが熱心に取り組むのは、忘れ去られた学説の支持者たちであった。

 窓際に追いやられ、愛する森を時に焼き払うよう政府に要求されることもあった彼らは、政府なき今、瘴気で削られた体力を振り絞って、世界の救済にあたる。

 どう考えても無意味に思える作業だったが、人類全体から見ても世界を救う方法はそれしかなかった。

 植林――。学説の支持者たちが政府の弾圧を逃れ秘密裏に所持していた、今は絶滅したとされる様々な植物の苗を、彼らは時は今と土に挿していく。

「いやぁ、この夜はなかなか明けないね」

 世界がついに終わってしまったともとれる暗闇に、彼らだけは明るく快活で、将来に悲観もしていなかった。メゾン区政府や、市民たちにさえ偏見の目で接され差別されてきた彼らの顔が明るい。

「このまま俺たち死ぬんじゃねぇの?」

「死んだっていいわ。このまま私たちの信じたものが陽の目を見ないまま世界が滅んじゃうくらいなら……今私たちがやってることは、無意味じゃないはずよ」

 信仰ともとれるほどの、強い心は、彼らの理性からきている。彼らが双眼鏡で壁の外を見ることができた時代、壁から遠いほど植物は奇形であり、壁にほど近いスラムでは奇形の程度は小さかった。そして、政府の失策により、増える人口の受け皿を確保すべく森が焼き払われた地区が、瘴気に“食われた”という独自資料も彼らは手にしていた。

 政府は失策を隠し、市民を扇動して、しつこく糾弾する彼らに疑惑の目を向けさせた。彼らのいう住宅地造成計画など存在せず、森を焼くことは人類の存続に悪影響は及ぼさないと宣伝した。住宅地を圧迫し人口の増大を妨げる森こそ悪の根元である、と。

 彼らが最後の苗を植えたころを見計らったように、長い長い夜が、地平線から差す久々の光の矢によって終わりを告げた。彼らは今度こそ、体力尽きて倒れこむように眠りについた。

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