救世主の帰還
ふわり。靄から浮き上がるとともに、上昇気流を肌に感じ鳥肌が立つ。戦闘機型の
遠くでなにやら戦争でもあったのだろうか、いや現在も交戦中か。なにやら一方から人々が着の身着のまま逃げてくるようだ。砲撃で消し飛ぶ家屋のようなものが、かすかに見えたような気がする。
「ひぃっ! おかあちゃん上、上見て!」
母親に手を引かれ走る女児が、こちらを見上げて悲鳴をあげた。母親の身体に抱きつくように身を寄せ、走れなくなった母親がしぶしぶといった風に上空の俺を見上げる。
「あれは――」
絶句、そして顔面は蒼白になり、膝の力を失って崩れてしまう。そんな母親を見かねて手を差し伸べた青年も、母親の指先を視線で辿り、やがて俺に気づいた。
「ふ、伏兵!? こちらも安全ではないということか?」
信じたくないものを見たとでもいうように、民衆が恐慌状態に陥った。そんな彼らを見て、他ならぬ俺も混乱していた。
第一に、ここはどこだ? そして、なぜ彼らは俺を恐れる? 俺は仕方なく、戦場となっている方面へと少し滑空し、速度が出た時点でモーターを起動した。
ブーンという音とともに、俺は加速し高度も増す。俺に銃を向ける人間は数えるほどしかおらず、大抵はただ一目散に走り去るだけだった。
応戦しなくていい分都合はよかったが、逃げていく彼らの肌の色を見るとやるせない思いと自嘲が募る。反抗する手立てをもたず、物心がつく前に壁の外に捨てられる人間のことを彼らは知らない。まさか、自分が手放した二人目以降の子どもが、他ならぬ自分たちの見下し、軽蔑し、利用している黒肌の民とは思わないだろう。
俺はメストス階級がどんな教育を受けて育ったのかは知らない。ただ、大方人種が違うのだとでも教えられ、黒肌が戦闘員として命をかけて区の領土を守るために戦うことになんの疑問も持たないのだろう。
自嘲とともに、湧き上がる痛みと怒り。同じ属性の人間が、同じ生活を送れない当然に、こうも直面してしまうと、人間は感情が暴走してしまうらしかった。
俺は、こんなにも、安全で幸せな人間たちを守っていたのか。上等な衣を着て、雨風凌げる家を持って。スラムの子どもは汚物にまみれた冷たい地面に横たわっていたというのに。困惑はやがて、言い知れぬ心の魔物を呼び覚ましてしまったらしい。
ぜんぶ、滅んでしまえ――
誰に宛てた誰のための復讐心ともしらぬ怒りの感情が、身の内を焼いていく。俺は、メシアの名を冠していながら――ついに虐殺に手を染めた。無抵抗な市民に、照準を定めていく。身を守る手段を持たぬ丸腰の人間たちを殺していった。それは禁断の麻薬だった。
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