作戦続行ー非情な命令ー

『CODE306』

 この信号をレジスタンスの指揮本部が受信したのは、作戦の第一フェーズが滞りなく終わろうとしているはずだった・・・・・二日目の早朝だった。本部の認識ではこの段階でメゾン区急襲は完了しており、メストス階級全般の反応を探って第二フェーズへの以降の可否を探る段階にきていた。

「絶対に聞きたくない報告だった……いや、君に不手際があったというわけではない。力に劣る黒肌の民我々故、完璧にはできえまいと思っていたが、まさか第一フェーズで綻ぶとは」

 慌ただしく人が走り回るなか、指揮官が狼狽することはなかった。あるいはその性格ゆえに指揮官になった、とも言える。

「メゾン機からほかの信号はないか」

「は、ありません」

「ならば考えうるのは一つ。大破した機体は放置し、残る機体で作戦を続行せよ」

 それは戦闘不能になった者は敵地のど真ん中に見捨ててしまうという非情な判断だ。しかし、鉄壁の軍事力を誇るメストス階級に楯突けるのは、ハッカー部隊が必死にこじ開けたメゾン区の情報網の綻びが修復されるわずかな間しかなく、それは後にも先にもこの機会しかない。

 誰かが死のうと目的を達せられればいいのである。いざとなれば非情な判断でも下せるよう、本部の人間は同胞そのものである戦闘機をあえて“自律式の機械として”呼び表した。急襲部隊が命通う人間であることを強いて忘れたのである。

「伝令部に伝えます」

 指揮室の戸を叩いたその手で伝令部の戸をノックする。部屋の中に緊張が走るのを、青年は身が裂ける思いで体感した。

「なにか作戦に手違いでも」

 奇襲作戦を悟られないよう、攻撃部隊と作戦本部で通信はしない前提において、伝令部の戸が開くときは凶兆そのもの。手早く事象に対応すべく、伝令部の者は無駄口を叩かない。

「大破機体がイチ、損傷弱機体がイチの信号だ。大破機体を見捨てるよう彼らに伝えよ」

 自立式の機械なのだから「捨て置く」とすべきところを、「見捨てる」としたのはせめてもの哀悼の情だろうか。伝令部もその意味を即座に理解し、一瞬眉を曇らせた。

 メストス階級による肉体改造でテレパシー能力を手に入れた黒肌の民にとって、通信とは思考そのもの。しかし一対一でテレパシーを行使すればメストス階級に簡単に解読されてしまうため、多くの人員を割いて対象者のいない通信を大量に発生させ、バグで周りを靄のように包み伝えたいことを解読の手から守る。情報技術が発達したメストス階級への、せめてもの目眩まし。

「頼んだぞ」

「ああ」

 狙ったところへ、しかも敵地のどんなトラップが仕掛けられているともわからない地へ正確に通信を飛ばすのも、大量のバグを均等に発生させ大事な通信を守るのも、著しく集中力の必要な作業だ。回路がショートするように、脳も活動限界を迎えれば停止する。心臓を持たない機械仕掛けの彼らにとってそれは死でしかなく、通信というのは命がけの作業である。

「命に代えても、伝えます」

 そう言って伝令部長の男はグイと神経活性剤を飲み干した。目はぎらつき、身体の色が夕暮れの色のように真っ赤に染まる。彼らとて、これから死地に向かうのだ。戦争は安全地帯にも存在している。

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