店主の笑みの裏には
西ノ宮 亮
第1話 来店
「いらっしゃいませ」
ふと入った扉の奥にはモダンな店内が広がっていた。ただ広いわけではなく、カウンターが十席ある程度だ
席には、七十代くらいのおじいさんと、二十歳くらいの青年が座っていた。僕も真ん中の席に座り唯一のメニュー、コーヒーを頼んだ。
「かしこまりました」
店主の渋い声と重なり、カップにコーヒーが注がれていく。目の前に出されたコーヒーを啜ると違和感がした。自分の好みの味だった。ガムシロップもミルクも使ったところは見ていないし、どの客も同じコーヒー豆を使っているのにおじいさんも青年も笑顔でコーヒーを飲んでいる。不審に思い、青年のコーヒーを一口飲ませてもらおうと思った。
「お客様。他人の思い出に漬けこんではなりません」
意味がよくわからなかった。
「コーヒーが人の思い出なわけないだろう」
「お客様。貴方が此処に来た理由はお分かりですか」
言われてみればそうだ、気づいたらここにいたわけだ。ここはただの喫茶店じゃないのだろうか
深く考え込んでいると、おじいさんが立ち上がり、
「思い出させてくれてありがとう、また来るよ」
と、お代も払わずカウベルを鳴らして帰っていった。
「またのお越し、お待ちしております。」
店主もまた深くお辞儀をして笑顔で見送った。
「ここのコーヒーは無料なのか?」
「いえ、お代金は頂いております」
どういうことだ。あのおじいさんはお金なんて出す素振りもしなかったじゃないか
「ここは、個々の人生がお代金となっておりますので」
隣の青年もこの喫茶の意味を理解できてないことに驚いていているようで口に含んだコーヒーをこぼしそうになっていた
「一つ聞いていいか」
「なんでしょう」
「ここから出ると、どこにつながる。」
店主は顔色一つ変えず、
「それはご自身が一番よくわかっているのではないでしょうか」
と、呟いた
「どうして詳しく教えてくれない」
「人にとって、知的な人というのはあまりに空虚だと私は思っております。言い換えると、知ったからと言って、何が起こるわけでもないと私は思うのです」
「それは、知的な人を批判しているだけなんじゃないのか」
「まあ、そんな捉え方もありますね。ただ、批判して何が悪い、嫉妬も反逆も使えないまま終わっていいのかと思う日はありませんか
気に食わないこと、苛立ちを抱えたこと、それを表に出さないで生きていられる人なんていないと思うんです」
当たり前で綺麗事ですねと店主はカップを拭きながら笑った
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