006霧に隠された海域
やはり不審者の手土産は効いたようで、港町ベルンにまだ着いて一日と経たない内に客船を商う者に渡りをつけてもらった。
非常に順調な滑り出しではあったものの、交渉までそうとないかなかった。
「金は払う。何とか都合してくれ」
「これは金額の問題ではありません」
請うのはもちろん勇者ルシル。
対する何隻か客船を保有する商人はその申し出に困っていた。
「近くを通る船も無いのか?」
「望まれている海域はところどころ浅くなっています。向かえば沈むとされていて、残念ながら今では近寄る船はありません」
「水深でいうところのどれくらいだ?」
「簡単に座礁する海域なので、一メートル未満の場所もあるはずです」
「それだけ浅いなら島はありそうだな」
「……霧が濃すぎて何も見えませんよ?」
確かに最寄の港はベルンだが、水深が浅くて霧まで出る。
しかもその霧は海域全体を覆うほどに広くて濃く、島を見るどころか海面すらも難しいという。
ルシルは『なんつー面倒な場所寄越したんだ!』と頭を抱える。
「わかった……妥協して近くまで『遊覧船』を出してもらえるか?」
「……そちらに向かう船はないので、特別航路の貸切料金になりますが?」
「あぁ、構わない。すぐに手配を頼めるかな」
「金額も聞かずに大丈夫ですか?」
「え? うん。これだけあれば足りるかな?」
どちゃ、っとコインが詰め込まれた袋をテーブルに載せる。
数えるまでも無く、過大な報酬だった。
「……確認しても?」
「もちろん。それと君を信用して言うが、余った分は次回分に取っておいて欲しい」
「つまり預かれと?」
「お互い面倒だろ? 一年俺が顔を出さなきゃそのまま引き取ってくれて構わないから」
困惑の表情を浮かべる商人に、無茶を承知のルシルはにこやかに交渉を終えた。
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メルヴィ諸島近海まで丸一日。
少し長い海の遊覧は、嵐や雨もなく晴天と風に恵まれ順調だ。
何処までも続く水平線を眺めながら、出発前に市場で購入した釣竿をぼんやり垂らして過ごす。
時折遠方で魚が跳ねて顔を出したり、そのすぐ後に巨大な水棲生物が捕食する姿を見たりと実に平和な時間を過ごしていた。
「あと一時間ほどでお客さんが望む海域です。
既に説明していますが、座礁のリスクから余り近づけませんし、霧の中には絶対に入りません」
「りょーかい、ありがと。その辺りって碇を下ろせたりする?」
「海底が浅いので可能です。近辺で停泊予定ですか?」
「少しくらい様子見たいからね。航海は一週間で組んでくれてるだろ?」
「船は航行速度にムラがあるので期間丸々は使えません。ただここまで随分と順調でしたので、二日間の停泊はできるかと」
「そうか。俺もこれ以上の無茶は言わないよ。いろいろ確認できたら次のチャンスを待つさ」
「承知しました」
ルシルは釣竿を引き上げ、ゆっくりと近付いてくる白く濁る水平線を睨む。
ちなみに針にはエサは無く、指先の感覚のみで引っ掛けるつもりで垂らしていた。
不思議そうな船員の目の前で大物を二匹ほど釣り上げており、尊敬の眼差しを向けられていたりする。
遠目に確認する霧の範囲は随分と広く、奥を見通せるほど薄くは無い。
「そういえば聞いてなかったんだけど、あの霧の発生理由って分かる?」
「それが不明でして。気温も水温も関係ないのにあの海域だけ霧が……」
「地形の関係……なわけないか。周囲全部海だし」
「えぇ、本当に。お客さんが話すように、島があれば理由も分かるかもしれませんね」
「それなら座礁した船員は島で暮らしてるかもしれないな」
「それもおかしな話なんですよ」
「どういうこと?」
「何かしらのトラブルで航行不能になっても、船乗りなら応急処置できます。大きな船なら船大工も抱えているはずですしね。
だから島があれば、木も食料もあるでしょうし、持ち込んだ道具も揃っています。その環境で船が一隻も帰ってこれないとなれば、何か恐ろしい理由があるんだと思います」
「そうか。複数の船が戻ってきてないなら、道具や材料が足りなくてもいずれ揃うもんな」
「はい、廃船から奪えば十分です。だからこの海域に来るのは、ゲンを担ぐ船乗りならホントは遠慮したいんですよね」
「あははっ、
「ありがとうございます。あ、もちろん停泊を短くするのは歓迎ですからね?」
「言った傍から正直だな?!」
船員との気兼ねないやり取りにルシルは笑顔が絶えない。
そうしている内にメルヴィの海域に近付き、船員が「これ以上はだめです」とアンカーを下ろした。
水深は二十メートルほど……ここから先に向かうには、中型船以上では危険すぎるとのこと。
「うーむ……結界かと思ったけど魔力は感じられないな。というかこれだけの範囲を長期間覆えるわけないか」
ルシルは視界の端から端まで立ち込める霧を眺めてつぶやく。
船乗りから帰還不可能と聞いているので、オーランドはルシルをここに
忌々しいと思いつつも、別段やることは変わらない。
様子を見て問題なれば上陸し、帰還するのが最低限。
もしくは上陸して生活基盤を整えるのが先かもしれない。
どちらも島がある前提の話ではあるが。
「さぁって、一発ド派手にいきますか」
にやりと勇者は獰猛に笑い、扇を一本取り出した。
船員たちが何をやるのかと見守る中、ルシルは「船体にしっかり掴まって居ろよ」と声をかけ扇を開く。
――ピッ
横になぎ払うと一瞬遅れて前方へ向けて暴風が吹き荒れた。
ルシルは扇を閉じて肩をトントン叩いて様子見を決め込むが、船員は突然の異常気象に言葉を失う。
「なななっ!?」
「あぁ、これ? ちょっとした道具でね。コツは必要だけど風の加護を受けた扇なんだよ」
「霧が!!」「晴れていく?!」
「そ。どれだけ広範囲に濃く渡ってても所詮ただの『濃霧』でしょ。それらな風を起こせば一発ってわけ」
「す、すごい……やはりこの海域は遠浅だったのですね……」
船員が感心するもルシルは難色を示す。
砂地や岩肌が海面下に見えることから浅さは確認はできた。
ついでに奥に黒い影が見えているので島らしきものがあるのも確定的だ。
確かに霧は晴れたが、吹き散らかせるだけの風を送ってなお、白くにごって視界を遮る。
「あの風でも奥まで見通せないってすごい霧の量だな。少し近付けるかい?」
「い、いえ……これ以上は勘弁してください。
それとこの海域も無風ではありません。それでも霧が濃く出ると言うことは……」
「あぁ。発生源を潰さないことにはその場しのぎってことだな」
せめて完全に吹き飛ばせれば船員に頷いてもらえたかもしれないが仕方ないが、上手くはいかないものである。
ルシルは扇を改めてパンと開き、周囲に視線を送って注意を促す。
「そら、もう一回だ!」
再度風の加護を強く受ける扇がなぎ払われた。
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