本気だ、って伝えたくて。
踊り場での話しをその日の夜にサキに話すと、サキは怒った。
しかし、その怒りは感情的なものでは全くなく、冷静な怒りだった。
内容は、家元――吉川浩介くんというらしい――の行動に対してだった。
だがそれも2、3言だけで、あとはフォローの方が長かった気がする。
普段であれば、よほどのことが無い限り怒りを表に出すような人ではないらしい。
だからこそ、サキは私の話に心底驚いていた。
悪くもないサキに謝られるのは心苦しかった。
元を辿れば、私の身勝手な考えが原因だったのだから。
□
だから私は、翌日、吉川くんを昨日と同じ屋上へと続く踊り場に呼び出した。
今回はサキにお願いせず自分で。
サキは吉川くんを呼び出すと言ったことに驚いていたし、心配して同行しようかと言ってくれたけど、断った。
だって人任せにしたら、私が真剣に考えていないと思われる。
案の定、吉川くんはバツの悪そうな顔をしていたし、ここへ来るのも少し渋った。
本当ならもう会わないくらいが良かったのかもしれない。
でもダメ元で、もう一度、話してみるしかなかった。
「あの、昨日はゴメン!」
「昨日は、申し訳なかった!!」
ほぼ同時に、互いに頭を下げた。
「えっ? なんで……?」
謝るべきは私なのに、なぜ吉川くんまで頭を下げるのか分からなかった。
「昨日のこと、家に帰って思い返したら、俺、スゲー嫌な奴になってた。腹が立ったのは確かだけど、それなら笑って受け流すくらいできたのに、それができなかった」
頭をポリポリと搔きながら、視線を下に向けて申し訳なさそうに話す吉川くん。
昨日と様子が違いすぎて、謝られた私の方が逆に申し訳ない気持ちになってしまう。
「違う! あれは私が勝手なことを言ったせいで! あの、だから今回は『私は真剣なんだ!』ってのを認めて貰いたくて――」
「これ!」と、吉川くんに封筒を差し出した。吉川くんはこの封筒を見て、いぶかしげな表情になる。
「ここに1万円入ってる。1回、5000円だったよね? 吉川くんの言う通り、途中でダメになるかもしれないから、まずは2回、習いたいの」
伝えたいことを言葉にするだけなのに、それが難しい。
|初≪しょっ≫っぱなから失敗して、情けないことに挫折することも込み込みで月謝も2回分しか払えない。
昨日、真剣に考えた結果がこれだけど、考え直してみたら私、今めっちゃ馬鹿なことをしているのかもしれない。
「また怒らせてしまうだろうか」と怖くて吉川くんの顔が見られない。でも、相手の顔を見ないのは失礼だ。
そんな考えをグルグル頭を巡らせながら、チラリと伺うように吉川くんの顔を見た。
しかし、吉川くんの表情は予想に反して困ったような顔になっていた。
「いや、ごめん。昨日、あんなことを言った奴に習うの……?」
何か気を悪くした様子はなく、吉川くんから逆に問われてしまった。
「あっ、あれは私が馬鹿だっただけで、吉川くんは悪くないし……。それに、昨日の怒っていたあの話しは、真剣にやっているからこそ出てきたものだから。そんな、すごく真剣にやっている人に教えてもらえたら、上手くなるのも早いかなぁーって……」
馬鹿だ。私は底抜けの馬鹿だった。
途中で馬鹿なことを言っていることに気づいて、最後は尻すぼみになってしまった。
こんなことでは、また吉川くんを怒らせてしまう。
今度こそ、「申し訳ない」と言った吉川くんを激怒させた、と思い顔を見るのも怖かった。
でもそれも少しのことだった。
「上手い人に習っても、本人のやる気が無けりゃ下手のままだぞ」
「あっ、アハハハ……。そうだよね! 私、なに言ってんだろ」
「まぁでも、俺で良かったら教えるよ」
あれだけ失礼な言葉を連発していたというのに、吉川くんからの返事は予想に反するものだった。
時が止まる。そう錯覚してしまうような、静寂に包まれた時が過ぎる。
「えっ? いいの?」
「そっちが良かったらね」
断られると思っていた手前、なぜだか素直に喜べず、恐る恐る聞き返して見るも返答は変わらなかった。
「ならば」と、吉川くんの気が変わる前に月謝の1万円が入った封筒を渡そうとすると、丁寧に断られてしまった。
「金の話しをすれば2度と話しかけてこないと思ったからだし、次の日にはちゃんとお金を用意してきた上で、もう1度、習いたいって言ったのはあんたが初めてだし」
「だから、タダで見てやるよ」と、吉川くんは笑顔で言った。
そこには、昨日の憤怒や何かを我慢するような表情は無かった。
これが本当の吉川くんなんだろう。サキが昨日の様子を聞いて驚くわけだ。
だからこそ、昨日のことが気になったが、それはもう少し仲よくなってからの方が良いのかもしれない。
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