家元

昼休憩中に、朝の会話で出た隣のクラスに居るという、三味線の家元の男子を見に行く。


「……………………」


 隣のクラスは完全にアウェイ。


 教室を覗いている私たちに対する、このクラスの生徒たちの視線が痛い。


 「そもそも、別の所で食べている可能性もあるのに」と考えている私の耳に、サキの「居た! 居たよ!」という言葉が届いた。


「どこ?」


 サキが指をさす先に、一人の男子生徒が居た。


 その男子生徒は食事をすでに済ませたのか、イヤホンをして窓の外を見て物思いにふけっているようだった。


 三味線の家元というのだからもっと儚げな存在をイメージしていたけど、その男子生徒の体格は細身ながら良く、髪も艶があり健康優良児であることは間違いなかった。


「ちょっと声かけてくる」


「まっ、待って!」


 善は急げ、と言わんばかりに隣のクラスに乗り込もうとするサキの腕を引き、自分の教室へ戻った。


「どーした、どーした?」


「どうしたって、そんな急に話しかけても恥ずかしいし、何話していいのか分かんないよ」


「別に今から告ろうって訳じゃないんだから、『三味線教えてください~』って言えば良いだけじゃん」


 サキに言われ、顔から火が出そうなくらい赤くなったのが分かった。


 その通りだ。


 私の目的は三味線を教えて貰いたいだけで、別に告白しようとは全く思っていない。気負う必要は全くなく、普通にそう言えば良いだけだった。


 「じゃあ、もう一回、行こうか」と、なぜかここで思い切りの良さを発揮するサキに、変な考えで失敗した手前もう一度、行くのが恥ずかしくなってしまった。


 戸惑う私を見て、サキは小さくため息を吐くと「それじゃあ、放課後にしようか」と良案を出してくれた。


 それくらいの時間になれば、今の動悸も落ち着き、何とか話せる――と思う。

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