光の中で 幼馴染サイド

「行こうか、玲奈」


 彼女と二人、手を繋いで観覧車に乗る圭を、やや離れた木陰から見送った。


 不思議と、驚きも、焦りもなかった。


 任務を放棄して、とびっきりのお洒落をして、地道にバスを乗り継いで、この遊園地まで来た。


 しまい込んでいた女の子っぽい服を、あーでもないこーでもないと見比べて、悩みに悩んで結局そこまで派手でもない「女の子」になった。


 圭は、どんな服が好きかなんて、考えても考えても分からなかった。

 私は、圭のことを知っているようで、結局何も知らなかったのかな。


 好きなものも、嫌いなものも、知ってるつもりだった。けど、いくら悩んでも答えが出ないのはそう言うことなんだろうか。


 そうして結局悩む時間だけが無駄に過ぎて、遊園地に着いた頃にはこんなことになっているのだから、意味がない。


 手遅れで、無意味だった。


 何故かわからないけど、涙は出てこなかった。

 神妙な雰囲気のまま観覧車に乗りこむ二人を見送って。空を見上げた。夕方の空。

 遊園地の外にそのまま視線を移せば、「光」が迫ってきているのが見えた。


 髪をかき上げた。


 ああ、この世界が、終わるんだなと思った。


 結局、秘めた思いもきちんと伝えられず、本気で彼を振り向かせることが出来なかった。幼馴染の枠を超えて、この世界の私を塗り替えて、心の底から、彼に言葉を伝えられなかった。


 悲しいはずなのに、どこか虚しかった。


「ねえお姉ちゃん、何してるの?」


 随分と幼い声がして、その方向に顔を向けた。


「あのお兄ちゃんとお姉ちゃんばっかみて、どうしたの?」


 赤いワンピースをきた少女は、一人だった。風船を持って、立っていた。


「え・・・いや、え?」


 変に干渉に浸っていたせいで、言葉に詰まる。少女も妙に落ち着いていたものだから。


「お姉ちゃんもあの二人に助けてもらったの?」


 少女は、私の目をずっと見つめている。その瞳に真っすぐな光を宿していた。


「え、ええ。そんなとこかもね」


 質問の意図など理解せず、少女が納得するように肯定した。助けて、もらったの?か。


「あの二人、良い人だよね」


「・・・そ、そうね。いい人、二人とも。」


 徐々に言葉を咀嚼することが出来て、その意味を理解する。


「いい人だから、幸せになってほしいと、私は思うの」


 少女は観覧車に乗った二人がゆっくりと円の中で上昇していくのを見ながら、そう言った。


 違和感が拭えないのに、不思議と嫌な心地ではなかった。

 そのまま少女の言葉に耳を傾ける。


「運命に抗って、合理的に、非合理なことをする。彼らのような人間を嫌う者もいるけれど、私は彼らに幸せになってほしいな」


「あなた・・・」


 この子はただの少女ではない。そう確信した。すぐに身構える必要があった。けれど、敵意は感じなかった。私の気力がなかっただけかもしれないけれど。


「でもね、私はお姉ちゃんにも幸せになってほしいの」


「・・・え?」


「彼もきっとそれを望んでる。何かを選ぶことは、確かに何かを選ばないことだけど、それは何かを捨ててしまうこととは一線を画すはずなの」


 圭のことを、知っている。この少女の目は確かに圭を見据えていて、彼を知っている。そう確信した。


「だってお姉ちゃんもあの人のこと好きなんでしょ?」


 言って、突然子供っぽく無邪気に微笑んだ。生えたての歯が可愛らしく並んでいる。


 何故だか分からないけど、心が温まる気がした。二人を見て止まっていた鼓動が、動き出したような気がした。


 よく分からない不思議な少女の笑顔で、私の心は私の元に還ってくる。


 けれど、けれど。


「・・・好き、なのかな」


「好きじゃないの?」


「好きだったら、こんなとこでウジウジしてないで、彼に思いを伝えてないと、おかしいんじゃないかな・・・それに、彼の好きな服も分かんなくて、どんな風に接したらいいかも、分かんなくて・・・」


 言いながら、私はなぜこんなことを見ず知らずの少女に話しているのだろうと思う。

 分かってる。分かってる。これも、意味のないこと。時間の無駄。

 分かってもらおうとすら思っていない無意味な吐露。


 けれど少女は、私の言葉に茶々を入れるでもなく、静かにその瞳をこちらに向けていた。憐れむでもなく、悲しむでもなく、楽しむでもなく、ただ、向けていた。


 なんだか、懐かしい心地がする。温まる心と共に、何かが蘇る。こみ上げてくる感情に、何かを、思い出す。


「迷って、悩むことは悪いことじゃないよ。だって、」


――だって、


――それだけあの人のことが好きだって証拠じゃん、それ。


 さも当たり前のように、学校で習ってきたことのように、そう言い切って、また無邪気に笑った。


「悩むぐらい好きって相当だよ、お姉ちゃん。ホントに好きなんだね、あの人の事」


 一気に、心の中でほつれていた感情が解けていく。感情が元の世界とリンクしてしまったが故に生まれた感情の渋滞が、解消されていく。


 あの日、世界が変わってしまったあの瞬間、あの踏切で、


 私は圭にキスをしたのだ。そしてそれ故に、世界は橿原玲奈の「能力」によって変革した。

 この世界の私は圭を嫌っていた。デフォルトで嫌悪がセットされていた。2つの世界の感情がリンクしたからと言って、その嫌悪が一気にゼロになるわけじゃない。好きと嫌いが混ざり合って、私を悩ませた。彼へ積極的なアプローチをとったのは、あくまでその解消のための「極端」な行動だった。結局、そんなことをしても私の中に残る「嫌悪」は完璧には消えなかったのだが。


 だが、その理由がようやくわかった。

 これは、私自身への嫌悪だ。自分を偽る私への怒りだったのだ。

 たった7日で彼のことを好きになるなんてありえない。嫌悪感が消えるなんてありえない。そう思っていた。


 だから、嫌悪を嫌悪として認めていた。仕方ないと諦めていた。


 そうじゃなかった。機関の私も幼馴染の私も、元の世界の私も関係ない。

 感情がリンクしたからなんて、そんな理由じゃない。

 

 彼の生き方を知って、彼と話して、彼を知れば、私はいつだってそこに至るのだ。


 どれだけ嫌っていても、寧ろそれさえも反転させて、私はそこにたどり着く。


 ああ、そうか、わかった。


 私は彼に、閑谷圭に、好きだと伝えたかったのではない。


 どの世界の私も、あなたのことを好きになるのだと、伝えたかったのだ。


 ようやく、私の中でずっと揺らいでいた2つの私が一つになった気がした。自分を受け入れて、理解して、一つになる。


「・・・・・・好き」


 私は観覧車に向かって、呟く。

 言葉は多分、届かない。思いも。


 でも、それで構わない。私はもう知っている。自分のことを知っている。


「・・・・・・大好き、圭」


 届かない言葉を、吐き出した。最早自分自身に言っているような言葉を、何とか絞り出す。


「どんな世界でも、私は、アンタが・・・好き、好きなの」


 少女は、もう何も言わなかった。


 頬を、熱い涙が伝っているのが分かった。


 ああ、私はこんなにも、圭のことが好きだったんだ。


 この世界で圭に思いを伝えられなかったことは悲しい。

 けれど、それ以上に私は嬉しかった。

 圭のことが本当に、心の底から、好きだと分かったから。

 もうこの気持ちに、迷いなどないと知ったから。


 だから私は笑ってやった。

 一歩、大きく前へ踏み出す。

 あいつの幼馴染として、元気よく涙をボロボロ流しながら、大声で叫んだ。


「ずーーーーーーーーーーーっと好きなんだよ!!バカァアアアアアア!」


 どれだけ叫んでも、圭に届くことはないけれど、それでも私の心は随分と晴れやかだった。涙の泉は乾かないけれど、悲しみに暮れる必要は、ないのだから。


 大きく深呼吸した。澄んだ空気で体内を満たす。


 ああ、変な姿を見せちゃったな、よくわかんない少女だったけど、お礼言っとかなきゃ。

 そう思って振り向いた。


「ねえ、あなたは、――って、あれ?」


 振り返った先に少女の姿はなかった。誰も居無くなった木陰には涼しい風が吹いていた。


 髪をまたかきあげて、首を傾げる。


 なんだったのだろう、今のは。


 なんて、とぼけてみる。分かっている気がしているからこそ、とぼけてみた。

 

 その時、ポケットに入れていた電子端末が揺れた。マナーモードと言えど、緊急時には連絡が入るようにしておいた機関の電子端末だった。


『機関本部より伝達。


 特異点とその鍵の動向、未知。世界修復に甚大な損失を及ぼす恐れあり。


 即時特異点とその鍵に接触することを要請する。』


 電子端末を勢いよく握りつぶして、二人のいる観覧車を見上げた。


 なんだか、体中から力が湧いてくる。怒りではなく、満たされた心からあふれ出る何か。


 なんだか、少し厄介なことになってるじゃん、圭。


 いいよ、私が手伝ったげる。


 この世界が終わるのは分かってたし、圭とイチャイチャするのは今回は玲奈さんに譲ったげる。


 けど、今回だけだからね。

 私は、もう立ち止まらないから。迷ってなんかあげないから。

 次の世界がどうなったって、圭だけ見続けて、圭にも私を見てもらうから。

 幼馴染としてじゃなく、異性として意識させるから。

 だから・・・覚悟してなさいよね、圭。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 即座に駆けつける警備部隊を、ブラウスとガウチョでなぎ倒す女。

 佐藤結奈。


 世界の終わりまで、彼女は二人の乗った観覧車を見つめていた。


 届かぬ世界に、思いをはせて。決意を胸に秘めたまま。



 


 







 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る