第59話

『彼女』との馴れ初めってやつは大抵、幼い頃約束を交わしたり命を救ったりっていうのが定番なんだろうが、どうやら俺と橿原の出会いはそういうロマンチックじみた馴れ初めではなかったようだった。残念ながら。


「たまたまクラスが一緒で家も近くだったから一緒に帰るようになったって言ってたじゃん。」

馬鹿じゃないのと言わんばかりの顔である


「あー、そういう系・・・?」


「なに?そういう系って。電車?」


「いやそんなマニアックなボケかまさねえよ。」


「にいには存在がマニアック。」


「人を近寄りがたい限定品みたいに言うな!」


というかよくよく考えたら全人類限定品だろ。


「でも、なんでそんなこと聞いたの?忘れてたにしても、思い出す必要もなさそうな情報だけど・・・」


まあたしかに、馴れ初めなんて大層なものでは無く、ただの偶然な成り行きを妹から聞いたところで得るものは何も無いように思えた。


「うーん、いやそういうとこに橿原が俺を好きになる理由があるかなと思ったんだが。」

「え、にいにナルシストみたいじゃんキモイよ。」

「お前が言ったんだろ!」

「時に残酷なことでも心を鬼にして言わなければならないことがあるのです・・・」

「普段から嬉々として俺を罵倒してそうだな!」

涙を拭うフリとかもうわざとだろ怒られたいんだろ!という感じである。

もしかすると相談相手を間違えてしまったかもしれないなと思った。ほんとに。


俺は収穫がこれ以上ないと悟って立ち上がった。


「まあいいや、あとは自分で考えるわ。ありがとな。」

「え、何か褒美とかないの?」

「褒美どころかチョップ食らわしたろうか・・・?」

「今日の晩御飯はポークチョップ!?あらやだとっても好物だわ~」

「またでたなどこぞの主婦・・・」


というかポークチョップとか作ったことねえよ。何料理だよ・・・

そんなふざけた妹に結局何の褒美も懲罰も与えず俺は自室に戻った。今思えばこの世界では橿原とその周りの人間と関わる時間が長すぎて妹とふざけ合う時間が確保できていなかったので、そういう意味ではいい気分転換だった。

良い妹で、面白い妹だ。娘みたいに見てしまう時もある。


端から見れば気持ち悪いような感傷に浸りながら、階段を上がる。階段の幅が短い癖して高さだけはあるから、一段一段の足場が劇的に狭い。絶対にビフォーアフターした方が良いと思わせる階段を、慣れた足取りでポンポンと上がっていった。


俺と橿原の過去に何もない。ということはあり得ないと思っていた。

橿原は俺に救われたといっていたし、過去に約束したような口ぶりでもあった。何もないはずが、ない。


しかしそうはいっても俺の記憶は頼りにならないのだからどうしようもない。困ったものだ。


案外、こういう時こそ俺は気を引き締めねばならなかった。前日の黒服騒動でそれまでの心配事全てを脳の片隅の方まで追いやっていたせいで、大事なことを俺は忘れていた。


階段に目を向けた時、それはやってきた。


―――尋常ではない、頭が引き裂かれるような感覚。

―――――――あの日と同じ、頭痛なんて生易しいものではない痛みが頭を襲う。


「―――――ァッ」


声にならない声を絞り出しながら俺は頭を抱えた。何も考えられない。目の前に映っていた階段がぐるぐると回転しているように見える。


俺はその瞬間、自分の体が足場のない空中に踏み込んでしまったことを悟った。つまり、上りかけの階段から後ろ向きに跳ぶということである。いや勿論無意識で。


痛みに顔を歪ませながら、ヒヤリを通り越した確信を持った。


――あ、これヤバいやつか


俺は目を瞑った。

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