第37話

「先輩、実はよく喋るんですね。」


「案外とはなんだ案外とは。こう見えて会話は好きな方だぞ。」


俺とシオンはすっかり日が暮れて、等間隔に立っている電灯のチカチカした光を頼りにしながら通学路を歩いていた。立ち並ぶ民家と道路を区切るコンクリートブロックが車一台分程の道幅の両端に続いている。


「休み時間に一人で読書してる先輩を見てたので、無口な方なのかと。」

「いや、それ話す相手が居ないだけだから。」

「お友達が居ない・・・つまりボッチですか?」

「どうしようもない真理突くのやめてくれ。」

「えー、友達たくさん居そうなのにー。」

「おい一番腹立つ言い方やめんかい。」


彼女いない人に向かって「えー彼女居そうなのにー。」っていうのと同じだからねそれ。いないっつってんだろ!!!ってなるから。又は「外見」ではなく「人格」に問題があるのでは?って言ってるのと同義。


「私なら、先輩とお友達になりたいと思いますけどね。」


「お、おう、それはありがとう。」


「なんですか、急にオドオドして。」


「あんまりそういうこと言われないからな普段・・・」


「どれだけ友達居ないんですか・・・なんだか少し先輩が可哀そうに思えてきました・・・」


「・・・」


おい哀れむな、俺は荒々しくボッチを貫くぞ。シオンは俺を死者でも見るかのような顔で悲哀に満ちた表情を浮かべている。どんな煽り方よこれ。


「なあ、俺で遊んでないか?」

「先輩の想像にお任せします。」

「答え言ってるようなもんだぞそれ・・・」

「ふふっ、どうでしょう。」


シオンはニヤリと小悪魔のような笑顔を見せた。妹くらいの身長しかない―つまり150センチ程度の背丈なのに、これでもかと言わんばかりの余裕を俺に見せつけてくる。


河川敷での和解(?)以来、彼女は吹っ切れたかのように俺のボッチを弄ってくる。そして俺は彼女のポンコツ具合を揶揄う。こういう会話は別に嫌いじゃない。


暗がりの中、に差し掛かった。電車の通過を予告する音が響き渡る。その時だった。


「――――ッ!」


「?」


隣に立っていたシオンから、あからさまに異常な雰囲気を感じ取った。「電車」を見るのは初めてなんだろうか、と俺は思った。


そのくらいに、だった。


「どした?シオン。」


「―――――――――す。」


「え?なに?」


踏切の警報機の音がうるさすぎて聞き取れない。ここの警報機は絶対に壊れてる、うるさすぎる。俺は顔をしかめながらシオンに聞き返す。


「――――く――――う。」


「なんだってぇ?」


少し強めの風が吹き荒れ、そのせいもあってか俺はシオンの言葉をほとんど理解することが出来ず、シオンと向き合っていた。しかし、シオンはそんな俺を見て更に慌てるような素振りを見せる。


一体何を伝えようとしているんだ?


そう思いながら可愛らしい後輩を眺めていると、電車を俺たちの前を騒然と通過していった。


警報機の音が赤い光と共にまだ残っていた。


シオンは体をやや低くして向こう側、つまり反対側の踏切の方を凝視していた。俺に伝えようとしていたことと関係あるのだろうか。てかなんでそんな臨戦態勢なのさ。


俺もシオンの見ている方向に振り向く。


「―――――ん?」


まだ、警報機の音は流れていた。赤い光の点滅も。一瞬だけ世界がスローになった気がした。


そこにはが立っていた。

誰かは分からない。全身を黒いコートのような衣服で覆い、頭には深々とフードを被っている。この時期とこの場所には余りにも似つかわしくない風貌だった。


「先輩ッ!!!」

「おわっ!?」


突然、俺は踏切の前から横の歩道に押し出された。体全体を物体に押し出された。


ズザザザザ


コンクリートの道路に転がる俺。驚きながらも顔を上げると、そこには険しい顔つきのシオンが目の前にいた。どうやら俺を押し出した物体は彼女だったらしい。


「先輩、大丈夫ですかッ!?」

「え、なに、大丈夫だと思うけど・・・」


あなたに突き飛ばされなければ完璧に大丈夫なんだが・・・てかなんで突き飛ばした!


「先輩、良いですか、立ち上がったらすぐに走ってください。方向はどちらでも構いません。きっと助けがきます。」


「・・・は?」


助け?何を言っているんだこの子は。というかさっきから電車が通過しただけだというのにこんな険しい顔つきになる人いるのか?


警報機の音が止んだ。赤い光の点滅が止まったのが道路の反射で分かる。


足音が、聞こえる。の足音だ。


心の底が大きくざわついているのを感じた。


「私が、時間を稼ぎます。どれだけもつか分かりませんが、先輩を逃がすくらいなら・・・」


深刻な表情のまま呟くシオンを俺は呆然と見ていた。事態が全く読み込めない。どうして彼女がこんなに怯えているのかも、なぜ彼女が俺を吹き飛ばしたのかも、俺の心がざわつく理由も、皆目見当がつかなかった。


「――ッ。」


シオンが俺から目を離し、素早く立ち上がって後ろを振り向いた。つまり踏切の方。俺たちが立っていたところで、が立っていた向かいの方。


俺は倒れた状態のまま、上半身だけを起こして、目を凝らす。灯りが乏しいこの場所では黒い衣服を纏うその人物の形相が一切伺えない。笑っているのか、怒っているのか、はたまた泣いているのか。分からない。不安が、不明が、恐怖を加速させる。


シオンはまたも姿勢を低くし、臨戦態勢を整えた。え、なに、戦うの?誰と?


そしてシオンに目をとられている間に、俺は重大な瞬間を見落としていた。


黒い人物に再度目を向けた。


ソイツは両の手に、闇夜に光る細長の何かを如何にも「剣」のようにして、シオンと対峙していた。


え・・・え・・・・・・・・・???





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