6 懐かしい花の名前
「私はずっと、どこまでもアリスちゃんについていく。あなたの目的のために、そしてあなたを守るために、私は戦う。何が相手でも」
氷室さんはそう言って、私の手を握る力を強めた。
その力強よさや、瞳から向けられる揺るがない視線。それに何より、それを改めて口にした決意の言葉。
それらから感じられるのは、レイくんへの対抗心のようなものだった。
相変わらずのポーカーフェイスは、一見何にも思っていないように見えるけれど。
氷室さんは氷室さんで、私のことをとても大事に思ってくれていて、そして好きでいてくれているから。
レイくんの色を感じさせる言動に、あまりいい気をしていないんだろう。
氷室さんが案外嫉妬しやすいことは、最近少しわかってきたし。
「うん、氷室さんのことは頼りにしてるよ。いつまでも、ずっと一緒に。お願いね」
そんな氷室さんの好意に応えるべく、何より安心させるべく、私は笑顔を向けて改めて言った。
それに対して静かに首肯してくれた氷室さんは、どことなく満足そうだった。
口元がほんの少しだけ緩んで、僅かに笑みを浮かべている。
「あ、でも、王都に向かうとなると、魔女の氷室さんに一緒に行ってもらうのはまずいかな……」
機嫌よさそうに手をにぎにぎとしてくる氷室さんに応えながら、私はふと気が付いたことを口にした。
『まほうつかいの国』の中心地であり、魔女狩りの本拠地がある王都に、魔女が乗り込むなんてことは自殺行為に等しい気がする。
昨日ワルプルギスが襲撃をして、普段よりも警戒を増しているだろうし、自ら死地に赴くようなものだ。
「だめ」
私の言葉に、氷室さんは空かさず声をあげた。
彼女には珍しく、とてもスピーディーな反応で、私は思わずビクリと体を震わせてしまった。
「あなたを一人で魔法使いの元へなんて、行かせることはできない。私は、絶対にアリスちゃんと一緒に、行くから」
「う、うん。私もできることならそうしたいけど、でも氷室さんだからダメっていうか、魔女が行くのがまずいのかなって思って。だって、魔女を目の敵にしている人たちの只中に飛びことになるから」
「そんなことは関係ない。私の危険より、アリスちゃんが一人の危険の方が問題」
ググッと身を寄せて、強い威圧感で意見を口にする氷室さん。
いつになく強気なその態度は、私の身を案じているからこそ、だと思うのだけれど。
でも、自分が敵の只中に飛び込んでいく危険性も、もう少し考慮に入れて欲しいんだけどなぁ。
でもそれは、氷室さんに言わせれば逆だって、そういうことなんだろうけれど。
「まぁ落ち着きなよ。アリスちゃんの言うことももっともだ」
変わらぬポーカーフェイスなのに、スカイブルーの瞳が強い意志を主張している氷室さん。
その圧力にどう返答したものかと迷っていると、レイくんが助け舟を出してくれた。
「王都にはロードを始め、強力な魔法使いがわんさかいる。そんな所に、姫君に引っ付いた魔女がいれば、それは格好の的どころが激しい抹殺の対象になるだろう。君の気持ちはわかるけれど、アリスちゃんの危惧は正しい」
「けれど、だからと言って────」
「まぁまぁまぁ。僕だってわかっているよ。君の言い分だって正しい。アリスちゃんを一人になんてさせられないさ」
飽くまで冷静なトーンで、しかし素早く食ってかかった氷室さん。
そんな彼女をふんわりといなして、レイくんはクールに微笑んだ。
「アリスちゃんに同行者は不可欠だ。けれどその同行者は、自らが犯す危険性を十分すぎるほどに把握していなければならない、ということさ。アリスちゃんを守ることだけ考えて、自分のことが疎かになっているようじゃ、共闘者としては些か問題ありだ」
「………………」
レイくんの言葉は柔らかく、けれど的確に問題点を指摘していた。
氷室さんは反論しようと僅かに唇を動かして、しかしすぐにキュッと絞った。
氷室さんが私のことを案じてくれるように、私だって氷室さんの身の安全を心配してる。
だからこそ、私のことを守りたいと思ってくれているのと同じくらい、自分のことも大切にして欲しいんだ。
もちろん、一緒に行動する以上、私だってみんなのこと絶対に守る覚悟だけれど。
それでも自分に降りかかる危険のことを、もっと気にして欲しいから。
氷室さんも、そのことはちゃんとわかるだろう。
少し冷静になれたのか、私に迫る勢いは無くなった。
「まぁ、アリスちゃんを守りたいって意思はよくわかるし、それは必要なことだ。だからアリスちゃん、例え敵の只中に飛び込むとしても、僕らはそれを厭わずに君と一緒に戦うよ。魔女だからといって、同行を躊躇わせなんかしない。覚悟なんて、とっくにできているんだからね」
「う、うん。そうだよね、ありがとう」
氷室さんの顔を窺ってから、レイくんは私に向けてやや強めにそう言った。
それは氷室さんのフォローのようでもあり、私に対する圧力のようでもあった。
まかり間違っても、自分一人で飛び込もうとするんじゃない。そう言いたげな雰囲気だった。
確かに、今更危険を気にして魔女の人たちの同行を躊躇っている場合じゃない。
封印が解けて力完全に使えるようになったとはいえ、私自身が未熟だということには変わりないし。
まだまだ友達の助力やフォローがなければ、できないことは沢山ある。
今は友達の想いと覚悟に感謝して、一緒に前に進むべき時だ。
私が頷くとレイくんは満足そうに微笑んで、氷室さんも安心そうに体の力を抜いた。
「だからまぁ、現時点で王都に乗り込むメンバーとしては、僕ら三人というのが妥当だろう。状況によっては、ワルプルギスのメンバーを投入した方がいいこともあるだろうけれど。まずは穏便に迅速に、とするならこれがベストじゃないかな」
「そうだね。レイくんも一緒に来てくれるんなら、それはとっても頼もしいよ。でも、レイくんはワルプルギスの人たちの側を離れちゃって大丈夫?」
「それは心配ご無用さ。まとめ役になってくれそうな子はいるし、それにこの森には魔法使いを阻む結界があるから安全だ」
レイくんはカラッと微笑んで、少し得意げにそう言った。
言われてみれば、確かこの森は魔女の避難場所の役割があると、そんな話を昔聞いた気がする。
「そういえばそうだったね。その結界はレイくんが張ったものなの? 実際魔法使いはずっと入ってこられてないみたいだし、強力なものみたいだけど」
「いいや。それは僕ではなくて、ミス・フラワーが展開してるものだよ」
「え、ミス・フラワーが……!?」
思い掛けない名前が飛び出して、私は思わず大きめの声を上げてしまった。
七年前に私が初めてこっちの世界に来た時に出会った、巨大な喋るユリの花。それがミス・フラワーだ。
とても不思議な存在だとは思っていたけれど、魔女たちを守る役割を果たしていただなんて。
思いっきり驚く私に、レイくんはカラカラと笑った。
「僕も細かいことは知らないんだけれど、彼女はドルミーレに通ずる存在なんだ。だからドルミーレの派生である、今の魔女を守ることに協力してくれているのさ」
「そういうことだったんだ……。私が封印を受ける時も何か知っている風だったし、只者ではないと思ってたんだけど。ミス・フラワー、懐かしいなぁ。元気かな」
「僕も久しく顔を合わせていないし、後で挨拶していこう。その方がアリスちゃんも色々と安心だろう」
レイくんの提案に、私は大きく頷いた。
久しぶりに彼女に会いたいのはもちろんのこと、私からも魔女たちのことを改めてお願いしたいし。
いつも陽気に微笑んで、歌うように語らうミス・フラワーを思い出すと、なんだか心がほっこりした。
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