80 親愛なる友
「それは……気持ちよくは賛成できないなぁ」
翌日。
私の小屋にやってきたホーリーとイヴに、ファウストと登城する話をすると、イヴは渋い顔でそう唸った。
客観的な意見としてはそれは尤もで、話しておきながら私自身、彼女の反応に頷いてしまった。
「君の、君たちの気持ちはよくわかる。でもさ、それはリスクが大きように思うよ。というか危険だ」
「そうよね。ただ、これ以上うやむやにはできない、ということなのよ」
「それほど君たちの気持ちが本気だと、そういうことなんだろうね。ただ、私は友人として心配なのさ」
イヴは決して、私たちの意思に否定的というわけではないようだった。
しかし冷静な意見として、現実的なことを言っているだけだ。
私の気持ち、そして私たちの気持ちがどれほどのものなのかは、友人である彼女はよくわかってくれている。
「私は、上手くいけば素敵だと思うよ。ファウストとドルミーレがちゃんと認めて貰えれば、もう誰もドルミーレのことを魔女だなんて言わないだろうしね!」
難しい顔をするイヴの横で、ホーリーは明るくそう言った。
いつでもその朗らかさを失わない彼女は、前向きな意見を述べて頬を緩める。
「それに、そうなればドルミーレは王子様のお妃様でしょ? みんなの憧れの的になるよ! ドルミーレは綺麗だし、もうこれはすごいことになるんじゃない!?」
「何もかも、全てが嘘のように上手くいけば、だけれど。でも、そこまでは望んでいないわ。私は彼との関係が邪魔されなければ、それで満足だから」
目を輝かせるホーリーに苦笑いを返すと、彼女はつまらなさそうに口を尖らせた。
ファウストが王子だったということは、それが明らかになった後、彼と会ったことのある二人にも話していた。
その事実を知った後も、彼女たちはファウストに対して今まで通りに接したし、それは彼自身が望んだこと。
しかしそれでも、王族というものから連想される煌びやかさは、一定の羨望を抱かせるようだった。
でも、私は別に王族の仲間入りをしたいとは思わない。
私という存在を許してもらい、汚名を濯ぎ、そして彼と名実共に結ばれ、更には王族という光の中に入るなんて。
そんな何もかもを、私は望まない。むしろ過ぎた輝きは、私には不釣り合いだとすら思ってしまう。
私が日のあたる場所で脚光を浴びるなんて、想像しただけでムズムズしてしまう。
それは、私というものの在り方と真逆のことだから。
「そうだよホーリー。確かにそうなれば素敵だけれど、そう上手くはいかないだろう。むしろ、全て上手くいかない可能性の方が、高いとすら私は思うね」
「私が言うのも何だけれど、同感よイヴ」
イヴの指摘にブーイングをするホーリーを横目に、私は正直な言葉を口にした。
理想と希望はあるけれど、それが実現する可能性は低いと私自身思っている。
それはきっと、ファウストも同様のはずだ。
私は過去に二度、その過ちを経験している。
人の前に出て、理解を求め、共存しようとした。
けれど私という、人間とは異なる存在の在り方、そして大いなる神秘の力は、決して受け入れられなかった。
運が悪かったからかもしれない。けれど、尽く裏目に出続けてきたことは事実だ。
そもそも、私というヒトが、他人と交流することにあまりに向いていない。
それでも、神秘を知る他の種族のヒトたちは、私の力に興味を示して、まだマシな関わりができたけれど。
神秘を持たず渇望し、持たない自らを卑下している人間には、私という存在はあまりにも対照的すぎる。
ファウストには、私がこれまで歩んできた日々のことや、私自身のことを全て話した。
だから彼はその全てを理解した上で、それでもこうすることが二人のためになると考えた。
なら私は、その決断についていくしかない。
「彼はもちろん、希望と覚悟を持って、そうしようと決断したんだと思う。でもきっと心のどこかで、上手くいかなくてもいいと、そう思っているのかもしれないわ」
「それはつまり、上手くいかずに王様から突き放されたら、国を飛び出して君と自由に生きればいいとか、そういう考えをしているってことかな」
「ハッキリとはわからないけれど。でも、そういう選択肢も彼の中にはあるかもしれないわ。それはある意味、しがらみから解放されるということだし」
「まぁその気持ちも、わからないではないけどね。ただそれもある意味、上手くいったらの話だ」
イヴはそう、少し濁した言い方をした。
その失敗したパターンは、決して最悪のケースではないと、そう言いたいように。
なにもかもが上手くいかなかったその先、不幸に転じるパターンだってあるのだと。
確かにそれはそうだ。
物事に絶対はなく、どっちに転んでも大丈夫なんて、そんなことはありはしない。
ただ私には、最悪なケースにはならないだろうという自信があって。
だって私には、何者にも負けることのない絶大な力がある。
この魔法があれば、最悪なケースを免れることくらいは、造作もないことのはずだから。
「もう、そんな悪い事ばっかり考えてないでさ。二人で考えて、それで決めたんでしょ? だったら、上手くいくようにすることを考えないと」
どうしてもどんよりしてしまう空気の中、ホーリーは笑顔でそう言った。
確かに、失敗が確定しているわけではない。
かなり難しい問題だとしても、切り抜けられる可能性が全くないわけではないのだから。
「確かに今までは失敗しちゃったけどさ。でも今回はファウストがいるわけだし、今までとは違うでしょ。王子様って立場もそうだけど、ドルミーレをとっても大切に思ってくれてる人なんだから。あ、でも、私たちだってあの人に負けないくらい、ドルミーレのこと大事に思ってるからね!?」
張り合うように慌てて付け加えたホーリーは、少し甘えるような瞳を向けてきた。
その優しい思いに、思わず口元が緩んでしまう。
確かに彼女の言う通り、今までとは状況が違う。
今までだって、私のことをとても大切にしてくれる彼女たちがそばにいてくれた。
それはとても心強かったし、だからこそ私は自分だけでは踏み出せなかった一歩を進んできた。
そこにファウストの存在が加わることで、私の支えが更に強まっている。
それは、見た目よりも大きな差のはずだ。
「確かに、今ここでうだうだ言っていても仕方ない。今君たちが置かれている状況を打破するのに、他に得策があるわけでもないしね。それに、いつかはぶつかる壁、というのも確かだ」
やれやれと肩を竦め、イヴは言った。
未だシビアな面持ちを残しつつ、しかし少し緩んだ雰囲気を滲ませる。
「ドルミーレがファウストと関係を続けていく以上、遅かれ早かれ、大なり小なり、直面する問題だ。いつかはそうせざるを得ないのなら、それが今でもってところか」
「そうね。私があなたたち以外のヒトを関わりを持った時点で、いつかはもう一度、挑戦しなければならなかったのよ」
「ま、そうだね。それを良いこととするか、悪いこととするかってところだけど。それを私たちがあまりとやかくは言えないなぁ」
イヴはきっと、二度にわたって自分たちが町に誘ったことを言っている。
私がヒトと交流をすることは彼女たちの望むところだけれど、二度とも彼女たちの提案は失敗したから。
だから、私たちが犯そうとしているリスクを強く指摘することができないんだ。
そんなこと、気にする必要なんてないのに。
「だから私は、快く賛成はできないけれど止めはしないし、それに応援はするよ。君は私の大切な友人だ。君が誰もに認められることを、この世界の誰よりも望んでる」
「そうだよ! だって私たち、ずっとずっと友達だからね! 私たちはどんな時だって味方。ドルミーレが頑張ろうとするなら、誰よりも応援するよ!」
二人はそう言って、優しく笑ってくれた。
不安はあるだろうけれど、それでも私のこれからを信じて。
そして何より、誰よりも私の幸せを願って。
「ただ、一つだけ条件がある」
二人の信頼と想いに感謝の言葉を述べると、イヴは空かさず言った。
少しだけ言葉は固いけれど、口元は緩んでいる。
「君が王都に行く時、私たちも連れていくこと」
「あなたたちも、一緒に?」
「流石に私たちのようなただの田舎者を、お城に入れてくれるようなことはないだろうけれど。でも、可能な限り君の近くにいてあげたいんだ」
「それいいね、名案! それが条件!」
イヴの言葉に大きく賛同したホーリーが、ニコニコと顔を綻ばせた。
条件という言い方をしているけれど、それは私を案じてのことに他ならない。
それに、二人がギリギリまで側にいてくれることは、正直願っていもいなことだ。
「わかったわ。一緒に行きましょう。あなたたちがいてくれれば、私はもう何も怖くない」
良い友を持ったと、素直にそう思った。
この親愛なる二人を、何がなんでも手放さないと、私は心に誓った。
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