48 これから
ミス・フラワーと話し終えた私は、気が付けばかつて過ごした小屋にやって来ていた。
この森に戻ってきたのは彼女と話すためで、この国に再びを腰を落ち着けるつもりはなかったのに。
それでも当たり前のようにこの場所にやって来てしまったのは、単純に体が覚えてしまっていたのか。はたまた私の無意識の意思か。
それを突き詰める気には、到底なれなかった。
けれどわざわざ小屋を遠ざける意味もなくて、一休みの場所として再び利用することにした。
小屋は、私の魔法によって巨大化した森の只中で五年間も放置されていたとは思えないほど、劣化もしていなければ汚れてもいなかった。
全てが以前のまま。ここを離れたのがつい昨日の話なのかと思ってしまうほどに、小屋はいつも通りだった。
巨大化した植物に自然のままに浸食されることもなく、まるで聖域か何かのように不可侵の装いで佇んでいる。
私が魔法で作り出したものだから、普通の物とは異なるのかもしれない。
特別そういった特性を付与した覚えはないけれど、それでも耐久力や持続力の面においては特筆した物になっているんだろう。
つくづく、私の魔法というものは世界のルールから逸脱している。
そんなことを考えながら小屋の中に入ってみると、屋内は流石に空気がこもり、淀んでいた。
けれどやはり埃が積もっている様子はなく、内部も清潔さが保たれている。
私は久しぶりの住まいにほんの少しだけ懐かしさを覚えながら、窓を開けて椅子に腰を下ろした。
この国にもこの森にも、そしてこの小屋にも。思い入れなんて何一つありはしないと、そう思っていたけれど。
でもこうして久方振りに訪れてみると、僅かに感傷的な気分になる自分がいる。
私はこの国の人間に、ヒトというものに絶望して飛び出したというのに。
それでもほのかに心に温かみが差すのは、この小屋に、少なからず悪くない思い出があるからかもしれない。
「………………」
五年間放置していた茶器を取り出し、お茶を入れて一息つく。
ミス・フラワーとの会話と、そしてこれまでに得てきたことを思い出し、一人細やかに唸った。
五年間の旅の果て、私は凡そ自分の目的を果たした。
自らが何者であり、この神秘が何であり、そして何のために生まれてきたのか。その疑問に、概ね答えを得ることができた。
そうすることで私は、私という存在を理解し、そして自らを認知できるようになってきた。
ただ、私が持つこの力と役割をどのように使うのか。それがどうも定まらない。
結局のところ、ミス・フラワーは私が役割を全うすることを望んでいるようだったし、神秘を極めしヒトビトもきっとそうなんだろう。
私はヒトビトの神秘を深め、世界との繋がりを強固なものにすることを望まれている。
でも私には、それがどれくらい素晴らしいことなのか、いまいちわからない。
もちろん今までの経験の中で、ヒトにとって神秘がとても大切なもので、大いなる世界が崇高であるという、その考え方はわかったけれど。
私自身の体感として、神秘を深めて未知を探求することや大いなる世界への理解を深めることに、意味や興味を見出せない。
様々な神秘や価値観を見知ったことで、私は自らの神秘をかなり使いこなせるようになったはず。
でも、各国の神秘を極めたヒトたちのように、『世界に通じて声を聞く』ということはできない。
それを竜王は、私が既にその先に行ってしまっているからだと言っていたけれど。
私の神秘が世界に干渉することで、この力が世界と同調しているのだから、聞こえないのはおかしいと思う。
きっと、私が世界の声を聞くつもりがないから聞こえないんだろう。なんとなく、そんな気がする。
他のヒトたちのように神秘や幻想、世界への探究心がないから、繋がりはあれど声が聞こえてこないんだ。
でも、私は世界の真理に通じているという────。
「………………」
溜息をつき、空になったカップをテーブルに置く。
私はこれからどうするべきなのだろう。これから先のことが全く決まっていない。
世界が望む通り、ヒトとして神秘を追求していくべきなのか。
私に与えられた役目を全うし、世界中のヒトビトをより深い神秘へと誘なうべきなのか。
でも、『にんぎょの国』の海王は言っていた。役割は人生を縛るものではなく、私は私の意思で生きればいいと。
でも、別にやりたくないわけでない。
やりたいわけでも、やりたくないわけでない。
興味がないからどっちでもよくて、だから困ってしまう。
そもそも私には、生きるための目標のようものがなかった。
生まれたから生きていた私は、元来何か目的や強い意思を持ったことがなかった。
だから、自分の意思で生きていいと言われても、その意思が定まらない。
もちろん、誰かの言いなりになって生きるつもりもないけれど。
私は今、自らに対する疑問にある程度決着ついて、割と満足してしまっている。
存在している以上死ぬのは嫌だから生きるけれど、それ以上の意味は特になくて。
だからといって他のヒトビトのように、未知と真理を探求することに興味も持てない。
「思えば、私は生きていることに喜びを覚えたことなんて……」
そう独言て、ふと昔の記憶が
私の人生は、常に無と共にあった。
生まれてからの意味のない十数年間。旅していた孤高の五年間。
でも、その間のほんの僅かなひと時だけは、違っていた、ような気がする。
ほんの僅かで、私の十七年間の日々の中では本当に一瞬のこと。
でも、それでも、無に満ちた私の人生の中で、何故だかそこだけが鮮やかだったように思える。
それこそ、幻想のようなひと時ではあったけれど。
でも、それは当時だから感じられたものだろう。
無知で無垢だったからこそ、私はまやかしを感受できた。
ヒトというものにほとほと呆れている今、あの時を取り戻すことなんて……。
「何を考えているんだか。同じ誤ちを繰り返すだけなのに」
そう。わかっている。誤ちが繰り返されるだけ。苦しむだけ。
それでも私の脳が、心が、あの時の思い出を再生する。
私のことを友達と呼んだ、彼女たちの日々を。
「っ…………」
馬鹿らしいと頭を振って、私は気持ちを切り替えるためにポットに新しい湯を注いだ。
黄昏て、変に感傷的になっているから、余計なことを考えてしまうんだろう。
もう一服したらこの森を離れて、また旅を再開した方がいいかもしれない。
そう思って、カップにお茶を注ごうとした、その時────
「アイリス!!!」
バン、と。乱暴に小屋の戸が押し開かれて。
見覚えのある二人の女が飛び込んできた。
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