33 世界の子

 長老たちが描く円の一部になって、改めて部屋を見渡す。

 空中に浮かんでいるようなこの部屋は、まるで違う世界に迷い込んだかのように透き通って輝かしい。

 そこに鎮座している賢老たちは、皆一様に静かに緩やかに、しかし厳かに私を眺めている。


 今まで見かけてきたこの国の住人たちとは、やはりどこか一味も二味も違うように思えた。

 それは長い年行きだけではなく、彼らの在り方、存在の形が違う。

 長老たちは、ただヒトとしての文化を手に入れた動物、というだけに止まらないのかもしれない。


 その風体、雰囲気を目の当たりにすれば、この長老と呼ばれているヒトたちがただならぬ存在であることはハッキリとわかった。

 この国の行く末を導く、賢者という役割に違わぬ知識を持っているのだろうと、そう思わされる。

 私が知りたいことを、このヒトたちならば知っているかもしれない。


「私は『にんげんの国』で生まれた。けれど親はなく、私は最初から一人だった。だから私は、自分が何者かを知るために旅をしているの。私はどうやら、人間ではないみたいだから」

「姿形は人間そのものようだが……ふーむ。確かにその並々なる力は人間とは思えんなぁ」


 私が切り出すと、奥の方に座っていた亀がのっそりと口を開いた。


「限りなく人間に近いが、しかし人間とはまた異なる存在。君のような少女がドルミーレだとは」

「あなたたちは私のことを知っているのでしょう。あなたたちの知る私について教えて欲しい」

「……私たちは君のことは知らんよ。最後の神秘を得たドルミーレという少女がいる。知っているのはそれだけだ」


 亀はシワがれた声で首を横に振った。

 その動作はあまりにも緩やかで、声音にも強さがない。

 しかし言葉には明確な力が込められていた。


「最後の神秘、第七の神秘。それは一体? 何故、あなたたちは私がそれを持っていると知っているの?」

「世界が僕らに告げたからさ。七つ目の神秘を持つ者が目覚めたと。その少女の名はドルミーレであるとね」


 そう答えたのはカメレオン。

 透明な壁の先にある青い空に同化し、流れる雲の風景まで再現している。

 背景に擬態して姿が曖昧だけれど、そのギョロリとした目が私を見ているのはわかった。


「この世界、この星には複数の神秘があるけれど、根っこの部分は繋がっている。世界より賜った人智を超えたもの。それを内包し、そして極めたものには世界の声が聞こえるのさ。世界の意思のようなものがね」

「世界にも、意思があると……?」

「飽くまでヒトがそう解釈しているに過ぎないから、厳密には違うだろうけど。それでも神秘に深く通ずる者は世界に通じていて、感覚のようなものを共有している」


 カメレオンの言ってることは、私には漠然としすぎているように思えた。

 神秘を持つものは世界と通じている。それはわかっているけれど、世界そのもの意思を聞いているなんて。

 言葉の意味を理解することはできても、その概念を理解することはできなかった。


「慌てることはありません。あなたも神秘を内包しているのであれば、自ずとわかるでしょう」


 眉をひそめた私に、白馬が優しい声色でそう言った。

 雪のように白い毛並みを日の光に輝かせ、薄く微笑む。


「自分が何者か知りたいと、あなたはそう言いましたね。しかしその答えは自分にしか見つけられないもの。私たちが答えられるのは、飽くまでその外側のことに過ぎません」

「それでも構わない。私は、自分がどうしてこんな形で存在してるのか、その意味を知りたいから」


 私が知りたいのは観念的なことではなくて、私という存在の意味だから。

 人間の形をしながら人間ではなく、他に例のない力を持っている私の存在理由。

 私は、何の為にどこから生まれてきたのか。それが知りたい。


「世界の真理に通ずる少女、ドルミーレよ」


 私が身を乗り出して声を上げると、鹿が重くも静かな声を出した。

 身の丈程ある大きな角が、まるで覆いかぶさってくるかのように広く伸びている。


「我らの神秘が告げている。お前は、世界が望むべくして生まれた子だ。お前は確かにヒトではあるが、ヒトから生まれたものではない。強いていうのであれば、お前は世界の子なのだ」

「世界の、子……? 意味が全くわからないわ。その根拠は、一体……」

「我ら『どうぶつの国』に根差す神秘は、生命に通ずるもの。生きとし生けるものの命の在り方と変遷に関わる力。民草はその力をヒトとして生きることにのみ使っているが、悠久の時を歩む我らは、生命の形を捉えることができる」


 鹿はどっしりとした言葉で淡々と、しかしはっきりとそう言い切った。

 揺らぐことのない明確な真実であると、迷うことなく。


「私たちはそれを、そのまま『命の力』と呼んでいる。私たち『どうぶつの国』に生きる者にとっては、それが全ての源なんだよ」


 戸惑いを浮かべた私にふくろうが言葉を続けた。


「私たちの神秘である『命の力』は、獣でしかなかった私たちをヒトへと押し上げた。進化を促す溢れる生命の力であり、この世界に生きるあらゆる命の在り方を解き、理解を得る力でもある。それを持ってして君を見れば、その特性がよくわかるんだよ」

「なら、世界の子とは一体何? 私はどうして、世界によって産み落とされたの?」

「その理由まではわからない。私たちにわかるのは、君の由来と在り方。世界が自ら生み出した命であるということだけだよ」


 与えられた情報は、私の頭をただただ混乱させるだけだった。

 私が普通ではないことなんて初めからわかっていはいたけれど。

 世界そのものから生まれたなんて、そんな曖昧で漠然としたものだったなんて。


 けれどそこまで途方もなければ、私が人間とかけ離れた存在であることは納得ができた。

 でもならば尚更、私はどうして人間と同じ形をしているのだろう。


「焦ることはない。お前が生まれた意味は必ずある」


 疑問が増えるばかりの私に、牛が言った。


「お前が持つ神秘は、世界の真理に通ずる最後の力。その力はお前とこの世界にとって、必要となる時が必ずくる」

「世界の真理とは何? この力の意味も、あなたたちは知っているの?」

「その意味を見出すのはお前自身だ。それは他の誰にも答えられはしない。意味がわかれば真理の形も見えてくる。お前はそれを、自らの力で切り開いていかねばならないのだろう」


 わざとわかりにくく、回りくどく言っているのではないか。

 そう思ってしまうほどに、長老たちの言葉は難解で要領を得ない。

 しかしその中でもうっすらと理解できたのは、とにかく私は、この力を何かのために正しく使う必要があるということだ。


 星の妖精は、神秘には役割があると言っていた。

 私がこの力を持って世界に産み落とされたのならば、そこには絶対に明確な理由が存在する。

 ただ生きるだけではなく、きっと私は何かをしなければいけないんだ。


 けれど、その答えはどうやったら得られるのだろう。


「真実を知りたければ、世の中の多くに目を向けることだね」


 鼠が小さい声を精一杯張り上げた。

 誰よりも低い位置から飛ぶ言葉は、けれど静かな空間によく響く。


「そうすればきっと気付く。真実とは、幻想の中にあるということを」

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