18 会いに行こう

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 アイリスが町から逃げ去った後、ホーリーとイヴニングは町の大人たちに洗いざらいを聞き出された。

 まだ十二才の子供である彼女たちに、血相を変えた大人たちの詰問をかわすことなどできるはずもなく。

 二人は、アイリスに関しての知る限りを話さざるを得なかった。


 国外れの森の奥底で、彼女と出会ったこと。

 親はなく、ずっと一人で暮らしているということ。

 摩訶不思議な神秘の力を持っていること。

 そんな彼女と、約半年の間毎日のように会っていたこと。


 ただでさえ町が損壊したことでヒステリックになっていた大人たちは、二人の話に激しく憤った。

 近づくことを許されていない森に踏み入り、その上怪しい子供と関わって、挙げ句の果てに町に災をもたらした。

 子供のしたこととはいえ、あまりに度が過ぎると叱責の嵐を受けた二人。

 普段笑顔を絶やさないホーリーは終始泣き続け、子供ながらに飄々としているイヴニングもひたすら俯くことしかできなかった。


 しかし同時に、彼女たちを嘆きいたわる声もあった。

 悪魔に誑かされ、唆された可哀想な子供たちだと言う人たちもいたのだ。

 怪しい力を持つ悪魔の子供に、幼気な少女たちが惑わされたのだと。

 そんな声もあり、二人は最終的には厳重に注意を受けただけで、それ以上の咎めは負わなかった。


 しかしそれは町単位の話であり、元来厳しい父親を持つホーリーは後に更なる叱りを受け、しばらく外出を許されなかった。

 イヴニングの両親は普段放任主義であるが、町を巻き込んだ騒動の引き金となってしまったことには流石に怒りを示し、彼女もまた数年ぶりに両親からの厳しい叱りを受けた。

 しかしホーリーと違い外出の制限を受けなかった彼女は、せめてもの償いとして町の復旧作業に積極的に参加するようになった。


 町の損壊は、中心に聳え立つ巨木を取り囲む家屋の焼失と倒壊が十数棟。

 巨木自体は大きな被害を免れたが、周囲の木々は家屋に巻き込まれる形で多くが焼け、倒れてしまっていた。

 町全体から見ると三分の一ほどが何らかの被害を被っており、また一番往来が多い場所ということもあって、町全体が暗いムードに包まれている。


 火災から一週間経った今も、中心地の無残な姿はなかなか改善されなかった。

 林と隣接している土地柄ということもあり、新しい建築をするための資材には困らないが、火災によって家や財産を失った人もいる状況では、復興は思うようには進まない。

 イヴニングは、町人総出の撤去作業や掃除を手伝いながら、先日走り去っていったアイリスに想いを馳せていた。


 彼女を悪魔だと恐れ、嫌悪を向けた町の人たち。

 災を呼ぶ存在だと捕らえようとし、けれど取り逃した結果、森へと乗り込むという案もあった。

 町に大きな被害をもたらした悪魔を野放しにすれば、これからもよくないことがあるかもしれないと、皆そう思ったからだ。


 しかし結果として、それは見送りになった。

 逃げ去った悪魔を追うことよりも、町の復興が優先されたからだ。

 その決定を聞いた時、イヴニングは胸を大きくなで下ろした。


 しかしそれでも、イヴニングはアイリスを案じて止まなかった。

 町の人たちに拒絶され、功績を認められず、剰え全ての責任を負わされた彼女の心中を察すると、胸が張り裂けそうだった。

 アイリスは今どうしているだろうか。一人寂しく泣いてはいないだろうか。

 イヴニングは一週間、そればっかりを考えていた。


 その想いに拍車をかけるのが、森の変化だった。

 国外れの森は彼女たちの町から窺い見ることはできない。できなかった。

 しかし火災の翌日に南の方角に目を向けてみると、天まで届きそうな巨大な木々の姿が眺められるようになっていたのだ。


 遠目でも巨大だとわかる、怪物のような巨木の群れ。

 町の人々は悪魔の仕業だと更に恐怖を示し、森への干渉を避けた。

 しかしイヴニングは、その超常的な現象により一層アイリスの心を案じた。

 森の急激な成長、変化は、きっと彼女の激しい感情によるものだろうと、そう思ったからだ。


 アイリスは深く傷つき、悲しんでいる。

 それを表すかのように濃く大きく成長した森を見て、イヴニングは自責の念に駆られるのだった。

 アイリスが責め立てられている時、そして逃げ出した後も、自分の声はなんの役にも立たなかったと。

 どんなに彼女の潔白を説いても、誰の耳には届かない。

 いくら知識をため込んで知恵を回したところで、自分はあまりにも無力だと痛感するばかりだった。


 しかしそれではダメだと、イヴニングは自分を奮い立たせた。

 弱い自分のまま、大人に流され押さえつけられて、友達を守れないようではダメだと。

 そう考えた彼女は、アイリスに会いに行くことにした。


 火災から一週間が経ち、復興は進んでいないが人々は少しずつ余裕を取り戻しつつあった。

 緩やかに戻ってきた冷静さでこれからの道筋を立てることに意識が向き、激情はだんだんと落ち着き始めている。

 その様子を見計らって、イヴニングは復興作業から抜け出し、こっそりとホーリーの家へと向かった。


 敷地内の畑で仕事をしている父親と違い、ホーリーの母親は家にの中にいた。

 出迎えた母親に、「ホーリーに手伝ってほしい仕事があるんです」と言うと、彼女は快く娘の外出を許した。

 父親ほど厳しくない母親は、そろそろ友達と顔を合わせてやりたかったのだろう。


 母親に促されてションボリと家から出てきたホーリーはイヴニングの顔を見ると、くしゃっと泣きそうな表情を浮かべた。

 そんな彼女を宥めながら、イヴニングは平然を装って家から連れ出し、中心地へ行くふりをしてからこっそりと町外れへと足を進めた。


「ねぇイブ。何かお手伝いをしにいくんじゃないの?」

「そんなの嘘だよ。ホーリーを家から連れ出す方便さ」


 おかしな方向へ先導するイヴニングに、純粋な疑問を浮かべるホーリー。

 そんな彼女に、イヴニングは足早に歩を進めながら淡々と答えた。


「わたしはもう我慢できないよ。これ以上放ってなんておけない」

「も、もしかして……」


 真剣な面持ちのイヴニングに、ホーリーはその意図を察して息を飲んだ。

 イヴニングはそんな彼女に目を向けて、静かに頷いた。


「町のみんながあの子を悪魔だと呼ぶのなら、味方はわたしたちしかいない。アイリスに会いに行こう。あの子が心配だ」

「……うん!」


 ホーリーは涙をこぼしながら力強く頷き、イヴニングの手をしっかりと握った。

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