113 偽善
『貴女様のそれはただのエゴ。身勝手な偽善でございます』
ホワイトは吐き捨てるようにそう言うと、躊躇いなくその髪の蛇を差し向けてきた。
意志を持った槍のようにグングンと突っ込んでくるいくつもの蛇の頭。
私は歯を食いしばってもう一度空へと逃れた。
「偽善!? 自分たちの為に他人を踏みにじって、それを正義と謳うあなたの方が、よっぽどそうなんじゃないんですか!?」
『貴女様は本当に何もわかっておられない。産まれたばかりの赤子のようでございますね』
「なにが、言いたいんですか!」
カラカラと私を嘲笑いながら、無数の蛇の頭が私を追い回す。
迫りくる頭を切り落とし、蛇となった髪の束を切り裂きながら、私は噛み付いた。
『貴女様は始祖様を受け継がれているにも関わらず、物事の本質を何も理解されていない。それが愚かだと、そう申し上げているのです』
覆い被さるようにホワイトの髪が広がり、数えきれない蛇が私へと頭をもたげる。
その全てが弾丸のように私目掛けて飛び込んできて、暗黒に染まる牙を剥いた。
『魔女こそが、本来の魔道の探究者。魔女こそが、世界を統べる資格を持つのです。であれば、『始まりの魔女』より生まれた我らが、あるべき姿を目指すことは道理!』
「その理屈が、私にはわからない……!」
私は光の魔法をまとって、雨のように降りかかる蛇の頭たちを光速で掻い潜った。
ギリギリスレスレですり抜け、『真理の
「例えそれが元々そうあるべきものだったとしても、今は違う。今築かれているものを壊して自分のいいようにしようだなんて、それこそ身勝手だ!」
『誤りは正すものなのです。歪んだ成り立ちによって生まれたものも、また同じ。魔法使いという忌むべき人種、そして彼らが積み上げてきたものは、消し去らなければならない!』
髪の蛇の連撃をなんとかかわしながら飛び続ける私の接近を、ホワイトは許してくれなかった。
私がいくら光速で身を翻そうと、彼女のその獰猛な瞳は私の動きを正確にとらえ、次々と蛇を差し向けてくる。
このままでは埒が明かない。けれど体勢を立て直している暇もない。
ホワイトの髪から成る蛇は、視界を埋め尽くすほどに多く蠢き、それらが絶え間なく次々と襲いかかってくるからだ。
彼女に近づくには逃げ回ってばかりではなく、反撃が必要だった。
今の自分にどこまでできるかわからないけれど、やらなければ先には進めない。
私は覚悟を決めて、蛇が襲い掛かってくる中心に向けて飛び込んだ。
そんな私に、恰好の餌食だと蛇が一斉に食らい付いてくる。
その接近をギリギリまで引きつけ、数多の牙が私に降りかかりそうになったその寸前。
私は周囲を瞬間的に凍結させ、迫りくる蛇の悉くを氷漬けにした。
瞬間的に出来上がった氷結の世界。私に飛びかかってきた蛇のほとんどは氷の彫像のように固まり、時間が停止したかのようだった。
「ホワイト! やっぱりあなたのそれは、横暴だ!」
氷のアーチのようになった蛇たちの中を潜って、私は本体であるホワイトの元へ飛び込んだ。
「人に、他人の運命を踏みにじる資格なんてない! 本当に魔女こそが正しかったとしても、今を生きる人たちを否定する権利なんて、あるはずがない!」
『だから貴女様は何もわかっていないと、そう申し上げているのです!』
接近する私に向けて、ホワイトは大きく吠えてその手を伸ばしてきた。
白い蛇の鱗がびっしりと敷き詰められた、ワニのような鉤爪の生えた爬虫類の手だ。
私が魔力を込めて振り下ろした『真理の
蛇の鱗は鋼のように頑丈で、剣の刃が通る気配もない。
まるで鉄の壁を叩いたかのような衝撃が全身に走って、反動で剣が跳ね返る。
それでもと空中で踏ん張って、私はホワイトに向かって氷結の魔法を放った。
純白の手はパチパチと氷に覆われたけれど、しかしそれはいとも簡単に振り払われた。
魔法の実力、そして出力が違いすぎて全く通用していない。
『誤った過程によって生まれた誤った世界など、誰の為にもなりはしない。わたくしは、それを正そうとしているのです!』
魔法が通じなかったことに思わず怯んでしまった私に、ホワイトは閃光による衝撃波を放った。
咄嗟に『真理の
「誤った世界…………それは、夢から創り出されたから、ですか?」
遠くに吹き飛ばされながらも、なんとか空中で立て直す。
髪の凍結もまた振り払い、蛇を蠢かせているホワイトに向けて尋ねると、彼女は静かに頷いた。
『本来存在し得なかった、幻想によって生まれた世界。始まりから正当でないものなど、無価値に等しい。わたくしはそこから人々を救済し、そして理想の世界へと誘なう。それが、わたくしの目指す正義の果てなのです!』
「あなたのそれは救済なんかじゃない! それで助かる人がいたとしても、虐げられる人だって沢山いるんだから!」
『どんなに望んでも、全てを救うことは叶わない。ならば、清く正しいものから救う他ないのです。そして救うべき者たちを救う為には、過ちによって生まれた悪しきこの世界の在り方を正さなければならない。これは、必要なことなのです!』
「わからない……わからないよ!」
私は『真理の
魔力が剣の斬撃に乗り、衝撃の波動となって白い極光が瞬く。
しかしそれはホワイトの蛇の尾の殴打に正面から相殺された。
魔法であればあらゆるものを掻き消す攻撃も、強大な質量には押し負ける。
力の巡りが悪くパワーが出せないことも相まって、あまりにも無力だった。
そんな私を嘲笑うように、ホワイトはトグロを巻きながら私に鋭い瞳を向ける。
『人は生まれながらに正しさを求めるもの。正統であること、真実であることを求めるもの。そんな人々が、自らの世界は偽りだと、幻想だと知ることの残酷たるや。貴女様は想像できますか?』
「それはわかる。わかるけど……! 幻想から始まったものでも、それでも今ここにあるものは幻じゃなくて本物だから。現実と何にも変わらないって、私はそう思う!」
『それは素晴らしいお考え。しかし、儚く消えゆくかもしれない幻想の世界を、わたくしは真実とは思えなのです。故にわたくしは、そこから人々を救済するべきとしたのです』
ホワイトは眉間にシワを寄せ、重い溜息をついた。
『しかしそれでも、残るもう一方の世界もまた、在り方に誤りがある。それでは救済が意味をなさない。それ故にわたくしは、世界の全てを正すのです。全ては多くの人を救う為。不当な現実を取り払い、二つの世界を真実の姿に変える為。これが正義ではなくなんだというのでしょう……!!!』
蛇のように裂けた口を大きく広げ、ホワイトはそう高らかに叫んだ。
自分は人々を救っていると。不当を正し、真実を追い求めていると。そう豪語して。
確かに彼女の言い分は間違っていないかもしれない。
私だって世界の真実に気づいた時は、胸が張り裂けそうだった。
それに昔から不当な扱いを受けてきた魔女にとっては、魔法使いは受け入れ難い存在だということも、頭ではわかる。
それでも、彼女の語る正義の中には他人を慮るものがない。
彼女が助けると言っている人たち、そして彼女が憎んでいる人たち。そこにいる人たちのことを何も考えていない。
それはただの、正しさの押し付けだ。
「あなたのそれは、正義じゃない。正義を語るのなら、まず何より人の心を考えるべきです!」
『……だから貴女様は偽善だと、わたくしは申し上げているのですよ』
首を横に振って叫ぶと、ホワイトは乾いた笑い声を上げた。
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