111 理想を目指す

 支えてくれていたレイくんが離れてしまったことでフラつく体を、剣を杖にすることでなんとか支える。

 未だに続く虚脱感と、血が凍るようなおぞましさで頭の整理が追いつかない。


 私の心の奥底で眠っていたドルミーレが、ホワイトの体に映し出されて。

 でもそれは完全ではなくて、ドルミーレの再現までは至らなかった。

 それに怒り狂ったホワイトは、レイくんと仲間割れをして。


 そして、ドルミーレの全てを手に入れようと、今まさに私に迫っている。


「いきなり、こんなのめちゃくちゃだよ……」


 ワルプルギスがドルミーレの力を欲していたのは知っていたれど、まさかこんな手段を使ってくるなんて。

 彼女たちの思い通りにさせない為には、私が力を貸さなければ済むと、そう思っていた。

 レイくんは飽くまでも私に助力を願ってきていたから。


 ただ、昨日のホワイトを見ていれば確かにそうだった。

 彼女が見ているのははじめから私の中のドルミーレだけで、私自身のことなんて眼中になかった。

 ホワイトにしてみれば、ドルミーレの力が手に入れば何でもよかったんだ。


 だからこそ、レイくんの言う通りに私が手を貸さないことに業を煮やして、こんな手段にでたんだ。

 いや、さっきの口振りからすれば、ドルミーレを信奉する彼女としては、これこそが本来の願いだったのかもしれない。

 ワルプルギスにとって始祖ドルミーレが神のような存在であるのならば、その為に自らの体を掛け渡すのは本望なのかも。


 こういう力技を想定していなかったのは、私の甘さだ。

 レイくんと一緒なら大丈夫だと、気を抜いていた自分がいた。

 相手は自身の正義のためなら何でもできる人だというのに。


「私が、止めなきゃ……」


 震えによって掠れる声で、自分を鼓舞する。

 不完全とはいえ、ドルミーレの力を得たホワイトを野放しになんてできない。

 この状況を引き起こしてしまった者として、ドルミーレを心に眠らせる者として、私が止めないといけない。


 幸い、私の中からドルミーレが抜き取られて奪い取られたわけではないから、力が使えなくなったわけじゃないみたい。

 けれど彼女から来る力の流れのほとんどはホワイトに流れてしまているようで、決して万全とはいえない。

 それでも『真理のつるぎ』は未だこの手にあるし、魔力だって体を流れてる。

 戦う手段がなくなったわけじゃないんだ。


『この状況でわたくしに抗うおつもりですか』


 フラつく足で地面に踏ん張って剣を構える私に、ホワイトは蔑むような目を向けてくる。

 視界を埋め尽くすような巨体を広げ、波打つ髪の蛇の頭をもたげながら、高圧的に。


 その睨み殺すような瞳を向けられると、まさに蛇に睨まれた蛙のように縮み上がってしまいそうになる。

 けれどその恐怖を懸命に抑えて、私は顔を上げた。


「もちろんです。私は、もう諦めないと決めた。どんな状況だって、私は友達を守る為に戦い続けます」

『それは殊勝なこと。しかし、今の貴女様に何ができましょうか』


 鋭い目を細め、ホワイトは私を嘲笑う。


『始祖様のお力の大半は、今やわたくしの手の内。そもそもこの力をコントロールできていなかった貴女様が、わたくしに打ち勝つなど夢物語でしょう』

「そんなこと、関係ない。私はいつだって、その時出せる力で必死で戦ってきたんだ。繋がりに支えられながら、友達に守ってもらいながら、手を取り合いながら、いつも必死でしがみついてきた。だから、力が及ばないことは、諦める理由にはならない!」

『…………左様ですか』


 目の前のホワイトは、今まで私が直面したきた何よりも力強く恐ろしい。それは認める。

 その怪物のような姿はもちろんのこと、ドルミーレの力をまとっている彼女から伝わってくる気配は、あらゆる物を虐げる圧力を持っている。

 さっきの術でフラフラな今の私じゃなくても、目の前で立っているのはやっとだろう。


 でも、それでも。相手が何者であろうと、私は大切なもののために彼女を止めないといけない。

 寧ろ彼女がドルミーレの力を手に入れてしまったからこそ、逃げるわけにはいかないんだ。

 その力の恐ろしさを誰よりも知っている私が、責任を持って止めないといけないから。


『……まぁ、よろしいでしょう。貴女様がどうなさろうと、わたくしのすることは変わりません。貴女様を打ち倒し、そのお力の全てを頂く。そして今度こそわたくしの肉を介し、この世界に始祖様を再臨させるのです!』

「ダメだ! やめろホワイト! そんなことしたって何も……!」


 ホワイトが制定した領域の外からレイくんが吠えている。

 神殿前の広場という限定空間は、彼女の力によって絶対的な制限が敷かれ、外部からの侵入を許さない。

 白く輝く光の幕がドーム状に一帯を包んでいて、まるでバリアの中に閉じ込められているようだった。


 レイくんは、そんな光の壁を拳で殴りつけながら、必死の形相で叫んでいる。

 けれどホワイトはそれに見向きもせず、獲物を見定めたように私から目を逸らさない。


『ご理解くださいね、姫殿下。これは正義の行いなのです。あまねく魔女を救う為、世界をあるべき姿に正す為なのです。その為に始祖様の力が必要でなのです。それを邪魔する者は排除せねばなりません。全ては、正義なのです』

「何かを救うためでも、何かを正すためでも、それが誰かの犠牲の上にしか成り立たないのなら、そんなもの、私は正義だとは思わない……!」


 ホワイトの目的が、全て間違っているとは思わない。

 魔女を救いたいという気持ちは私も同じだし、魔女が虐げられる現状は間違っていると思う。

 その結果、相反する魔法使いを憎んでしまうというのもわからなくはない。


 けれど、だからと相手を滅ぼす選択は間違っているんだ。

 そこにいる人たちを否定して、今の全てを否定して作り替えてしまおうなだなんて、それは間違ってる。

 自分が虐げられたからといって、他人を虐げていいわけはないんだ。


 だから私は、ホワイトの正義を受け入れることができない。


「魔法使いも魔女も、元を正せば同じ人間なんだから。立場が違っても、在り方が違っても、わかり合える道が必ずあるはず。私はそれ見つけたい。それこそが、みんなが幸せになれる方法だって、信じてるから!」

『そんなものはただの綺麗事です。あるはずもない世迷言。その道筋は、正しくもなければ正義とは程遠い。貴女様のそれは、ただの空虚な理想に過ぎません』


 今にも高笑いしそうな面持ちで、嘲笑うように鋭い口角を吊り上げるホワイト。

 子供の妄言を笑うかのように、その目には冷ややかなものが浮かんでいる。

 けれど私は、自分が間違っているなんて思わなかった。


「綺麗事だよ、理想だよ。でもそれでいいでしょ? だって、自分が望む一番いい形が、一番綺麗なものが理想なんだから! それを目指して、何が悪い!」


 多くを望むことに罪なんてない。

 全てを欲することが欲張りなわけがない。

 追い求めなければ届かない、諦めたら辿りつかない。


 確かに合理的じゃないかもしれないし、道筋は険しいかもしれない。

 傷を負い、業を背負った方が楽なのかもしれない。

 けれど、それでも私は自らの理想から目を背けたくはないから。


「私は、自分の気に食わないものを排除して、作り替えてしまおうとするあなたの正義には賛同できない。だから私は、ここであなたを止めてみせる!」


 ホワイトが、冷ややかな目で私を見下ろした。

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