81 人質
「え!? ど、どういうことですか!?」
予想だにしていなかった言葉に、私は飛びながらネネさんに詰め寄ってしまった。
D4とD8。それはアリアとレオの魔女狩りとしてのコードネームだ。
二人が、ロード・デュークスの襲撃を受けた……?
「お、落ち着いてよアリス様。ちゃんと、話すから」
「ご、ごめんなさい……」
ネネさんは若干オロオロしながら、グイッと身を寄せた私に言った。
やんわりと体を押されて、私は二人の中間に戻る。
突然のことで焦ってしまったけれど、まずは落ち着いて話を聞かないと……。
「お二人は、アリアとレオのこと────D4とD8のこと、ご存知なんですね?」
「うん。あの二人がロード・デュークスから離反してからは、私たちの所に匿ってたからね。同じアリス様を守りたいもの同士ってことで」
「そ、そうだったんですか……!」
先日取り敢えずの和解をした後の二人が心配だった。
ロード・デュークスにかけられていた呪いを解いて、命令を無視して私を殺さずに帰って。
それは完全な裏切り行為のようなものだし、何されるかわかったものじゃなかった。
でも二人は、シオンさんたちに助けてもらえていたんだ。
その事実にはホッとしたけれど、でもじゃあどうして今になって……。
「申し訳ありません。私たちも油断をしていたのです。ロード・デュークスはこの数日、あの二人を処罰するような動きを見せなかった。彼による襲撃の可能性を、度外視してしまっていました……」
シオンさんは悔いるように目を伏せながら言った。
「本来、アリス様の元には四人で来る予定でした。しかしその道中に、ロード・デュークスが待ち受けていたのです」
「二人は、無事なんですか!? まさか、ロード・デュークスに……」
「恐らく、命までは取られていないかと。ロード・デュークスは、『迎えに来た』と言っていました。離反した部下を断罪するためというよりは、何か意図があるような様子でしたので」
「レオ……アリア……」
二人の身が、心配でならない。
ずっとずっと私を待ち続けてくれた二人。
私を助ける為に沢山頑張ってくれた二人。
私の大好きな、大切な親友。
二人の身に何かあったら、私……。
「四人掛りで戦えば何とかなるかなって思ったけど、相手は
「そんな、ことが……」
レオとアリアが危ない。
その事実が頭の中で暴れまわって、心を埋め尽くした。
一刻も早く助けに行きたい。でも、それはつまり魔女狩りの本拠地に乗り込むことになる。
もし私が今そんなことをしたら、魔女との戦いの攻勢をひっくり返してしまうかもしれない。
いても立ってもいられないし、心配で気がどうにかなりそうだ。
それでも、逸る気持ちで行動を急いたら、とんでもないことになってしまうかもしれない。
「アリス様。お気持ちはわかりますが、この件に関しては冷静に対処すべきかと。これは、ロード・デュークスの罠かもしれません」
「罠……?」
苦渋の想いに拳を握り締めていると、シオンさんがそっと私の手を取りながら言った。
とても落ち着いた、柔らかく心地の良い声で。
「ロード・デュークスは、恐らく未だあなたの抹殺を諦めてはいないでしょう。あの二人があなたの友であると知っている彼は、あなたをおびき寄せる為の人質として利用しようとしているかもしれません」
「人質って……」
「その意図がなくとも、しかし二人の身柄があなたに与える影響は心得ているでしょう。無闇に飛び込むことは、あまりお勧めできません」
「そう、ですね……」
ロード・デュークスが言ったという『迎えに来た』という言葉の意味がどういうことなのかはわからないけれど。
全く言葉の通り、ということはないだろう。
二人が酷いことをされていなければ良いけれど、それは楽観が過ぎるかな。
でも、今ロード・デュークスの元に飛び込んでいくのが得策とは思えない。
二人のことは心配でたまらないけれど。
でも今はこの争いを止めて、ワルプルギスの蛮行を止めないと、ロード・デュークスと戦う暇がない。
私が私情を優先して魔法使いに戦いを挑めば、この国の存亡に関わってしまうかもしれないから。
この心に繋がる二人の心は、まだちゃんと感じられる。
大丈夫。まだちゃんと二人は生きている。
すぐに助けに行けないのは本当に申し訳ないけど、でも必ず助けに行くから。
心の中でそう誓って、私は心を固めた。
今度は私が二人を迎えに行く番だ。
その為にしなきゃいけないことを、まずは終わらせないと。
「王都に急ぎましょう……!」
不安や心配も心を奮い立たせる燃料にして、私はしっかり前を向いた。
私には守りたいものが沢山ある。そのどれも諦めるつもりなんてない。
一つだって取りこぼさない為には、くよくよしている暇なんてないんだ。
私が力強く言うと、両脇を飛ぶシオンさんとネネさんは優しく笑って頷いてくれた。
とても頼もしく、心強いお姉さんな二人。
私の気持ちを、決断を受け入れて力を貸してくれる。
だからこそ私は、そうやって寄り添ってくれる人たちの心も汲んで、強く問題に立ち向かっていかなきゃいけないんだ。
私はいつだって、一人では生きていないんだから。
気持ちを固め、私たちは更にスピードを上げて大空を飛んだ。
自然豊かな国の上を戦闘機のように駆け抜けて、そしてようやく視界に大きな街並みが見えてくる。
『まほうつかいの国』の王都は、他の街々と違って街作りが人の生活に重点を置いている。
中央にそびえる豪華絢爛なお城。そしてその城下には石造りや煉瓦造り、木造など、様々な様式の建物が軒を連ねている。
そしてその中を縫うように、街中に薔薇の木が沢山植えられている。
そんな、私の記憶と相違ない王都の姿がようやく見えてきた。
街中のことまではまだ見えないけど、上がる戦火の煙はこれまで通り過ぎてきた街と同じ。いやそれ以上。
苛烈な戦いが起きているであろうことは容易に想像できた。
急がなくちゃ。
問題が目の前に来たことで、気持ちが逸る。
私が更にスピードを上げようとした、そんな時だった。
私たちの進行方向、王都からいくつかの影が飛び出してきた。
「アリス様、お下がりください!」
咄嗟にシオンさんがそう叫び、ネネさんと共に私より前に乗り出す。
王都から飛び出した影は四つ。それは黒い衣装に身を包んだ魔法使いのものだとすぐにわかった。
私たちと同じように大空に飛び上がった魔法使いたちが、一直線にこちらへ向かって飛んでくる。
お姫様である私を和やかに迎えにきた人たち、という風には見えない。
「ロード・ケインの配下の者たちです。迎え撃ちます! ネネ!」
「ホイきたー!」
ビシッと張りのある声を上げたシオンさん。
その呼び掛けに応えたネネさんは、ニィッと口角を上げて臨戦態勢をとった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます