50 ピロートーク

 肌と肌を重ね、その温もりを確かめ合う。

 例えそこに噛み合う愛がなくとも、この瞬間求め合う気持ちが両者を交わらせる。

 求める者がおり、またそこに与える者がいるのであれば、それが刹那のまやかしだとしても、蜜のように甘いひと時は成立する。


「ねぇ、ホワイト」


 幾度とない交わりの果て、共にベッドで横になりながら、レイは自らの腕の中に収まる少女に静かに語り掛けた。

 レイの腕にいだかれながらその肩に頭を収めるホワイトは、熱を帯びた吐息を整えながら上目遣いで声の主に目を向けた。


 はだけた衣はその肩を覗かせ、線の細い鎖骨を露わにしている。

 雪のような白い肌に浮かんだそれは、彫刻のような滑らかな流線と凹凸を描き、滲んだ汗で艶を放っていた。

 大きく開かれた襟はそのなだらかな胸元の境を晒し、柔肉による二つの膨らみと肋骨による浅瀬を浮かび上がらせていた。


 そんなあられも無い姿を恥じることなく、ホワイトは僅かに赤らめた頬でレイにその身を預けている。

 そんな彼女の細い体を包み込み、艶やかな黒髪の頭を梳くように撫でながら、レイは囁くように言葉を続けた。


「僕らはこの五年で、多くの同胞を得た。魔法使いに仇を成し、魔女の世界を目指す為に。全ての子たちがその志を同じにしているわけでは無いけれど、それでも僕らは同じ魔女として仲間だ。そんな彼女たちを、無謀な戦いに向かわせるのはどうなんだろう」


 愛の言葉を囁く代わりとしては、あまりにも相応しくない話題選び。

 しかし可能な限り甘く、普段よりも優しく、しかして意気を感じさせる芯のこもった声は、耳心地良いものがある。

 故にホワイトは機嫌を損ねることなく、その身を更に寄せながら小さく頷いた。


「それは、わたくしも同じ気持ちでございます。魔女の犠牲者を、悪戯に増やすつもりはございません。しかし、戦いは避けられぬのです。憎き魔法使いが、混沌の魔物を用いようとしているのであれば、我らとて指を咥えているわけにはいられません」


 体を傾け、レイに抱きつくように自らの前面を押し付けるホワイト。

 レイの胸元に手を重ね、その首元にまで顔を寄せて、憂いの瞳を静かに伏せる。


「ジャバウォックは、我らが始祖様の怨敵。その顕現を許せば、我らはその混沌の元、滅びるでしょう」

「確かに、ジャバウォックはドルミーレに対する『抑止の獣カウンター・ビースト』だ。その存在は、彼女の派生である僕らにも危機となる。けれど、今の戦力で戦いを挑むのは無謀だとは思わないかい?」

「勿論、無謀でしょう。ですのでわたくしには、考えがございます」


 それでも戦う必要があると、そう我を通されるかと思っていたレイは、意外な返答に内心で目を剥いた。

 優位性で完全に劣る戦いを敢行しようとしているホワイトに、それを崩す考えがあったとは。


 少し感心しながら続く言葉を待つレイに、ホワイトはその首筋を指でなぞりながら視線を向けた。


「姫殿下の死守、そして『ジャバウォック計画』なるものの阻害。その為には、我らは戦わなければなりません。しかし仰る通り、真っ向からの戦いだけでは敗れるが必定。故に、その裏で始祖様をお迎えし、そのお力で速やかに戦いを収束させるのです。戦いは避けられぬものですが、その被害と犠牲を最小限に抑えることができるかと」

「……そういうことか、ホワイト」


 ようやくホワイトの意図を理解したレイは、溜息がこぼれそうになるのを堪えながら彼女の頭を撫でた。

 そうならそうと、はじめから言えばいいものを。そんな思いを同時に飲み込んで。

 ホワイトがその考えを曝け出さなかったのには、自分の管理ミスだということを、レイにはもうわかっていたからだ。


「けれどホワイト。それならアリスちゃんを迎えてから、本来の計画に注力するべきなんじゃないのかい? アリスちゃんが魔法使いの手に渡るのは阻まないといけないけれど、それ以上の戦いをする必要はあるのかな」

「勿論、それができれば良いでしょう。少しばかり時間を要するとしても、姫殿下がお越しになるのであれば、耐え忍ぶことにも意味がございます。しかし、あの方は恐らく、それを望まぬでしょう」

「…………」


 それを否定しきれない自分に、レイは歯噛みしてホワイトから視線を外した。

 魔女を救いたいという願いは同じでも、アリスは魔法使いの殲滅を望まない。

 そこが噛み合わなければ、姫君の力を頼ることはできないのだから。


「……そうかも、しれない。けれど、それなら君はどうしようと考えているんだい? アリスちゃんが僕らに手を貸してくれない状況で、どうやってドルミーレを迎えるつもりなのかな?」

「そう難しいことではございません。当初の予定通りに進めれば良いのです。姫殿下に頼るのではなく、そのお力のみを拝借し、始祖様を顕現させる我ら本来の計画を。故にわたくしは先程、強引と理解した上で姫殿下に屈服頂こうとしていたのです」

「…………そうか。君には、その覚悟があるんだね」

「はい。全ては正義を成すためであれば」


 レイに身を預け、静かに肯くホワイト。

 その瞳には力強い信念の火が灯っており、揺らぐことのない色が輝いていた。


「それが恐らく、今できる最善。速かにことが進めば、それだけ犠牲者も減りましょう。レイさんも、姫殿下のことを想われるのであれば、無理強いをなさるよりも良いのではないでしょうか」

「…………そうなのかな」


 ホワイトの頭を撫でながら、レイは言葉だけの相槌を打った。

 アリスの意思を介さず、その力だけを利用するという手段。

 確かにそれは、レイが一番最初に考えた方法であり、ホワイトであればそれを成すことが可能だ。

 しかし、それが本当にアリスの為になるのかといえば、その判断は難しい。


 できればそれを避けたかったからこそ、レイはアリスの意思を尊重するべきだと再三促してきたのだから。

 しかしここまで事が拗れてしまった以上、ワルプルギスとしてはその方針には進めない。

 姫君をせめて敵の手に渡らない様にする為。怨敵ジャバウォックの再現を阻止する為。無謀な戦いに出なければならないというホワイトの考えは、間違っていない。


 なら、この状況で取るべき最善の策とは。

 遥か昔に抱いた宿願を遂げる為に、するべきことは。

 苦渋の決断を迫られたレイは、無意識にホワイトを抱く力を強めていた。


「ご安心ください、レイさん。わたくしに万事お任せを。必ずや、わたくしが全てを救って見せましょう。この偽りの世界を正し、あるべき姿へと誘う。この『純白の巫女』たるわたくしが、始祖様の手となり足となり、悪を断罪いたします」


 慈しむ様にその首に腕を絡め、自らの体をすり寄せるホワイト。

 そんな彼女の体温を感じながら、レイは遠くの少女に想いを馳せた。




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